頼みがある【21】
俺とセディスは街を見て回り、計画を立てていった。
黒騎士が来た時の逃げ場や退去方法。そしてどうすれば綾原を黒騎士から奪還できるか。
俺はセディスのやり方に素直に感心した。
おっちゃんよりもこの国の事情を何でも教えてくれるし、それに次に何をすればいいのかもきちんと説明してくれる。
「当日はこのルートで行きましょう。このルートで逃げれば黒騎士があなたを見失うのは確実です。その最終地点に私は帰還魔法陣をご用意し、待機しておきます。それでよろしいですか?」
わかった。それでいい。
セディスは一通り説明を終えて微笑を浮かべた。
俺も笑みを返す。
「他に、何か私に聞いておきたいことはないですか?」
問われ、俺は周囲を見回す。
……特に無いかな。
「そうですか」
あ。でも一つだけいいか?
セディスが首を傾げる。
「なんでしょう?」
俺は近くにあった一軒の魔法道具屋を指で示した。
あの店に行ってみたいんだけど、いいかな?
「よろしいですけど……。あの店には魔術に必要な道具しか置いてありませんよ?」
それでもいいんだ。魔法は使えないけど、どんなのがあるのか見てみたいんだ。
セディスは微笑する。
「わかりました。お付き合いします」
※
俺とセディスは店のドアを開けた。
涼しげな乾いた音色が店内に響く。
エスニック雑貨屋のような雰囲気の漂う、不思議な店だった。
俺は珍しげに見回しながらセディスとともに店の中に入る。
……あれ?
店主の声がしない。
薄暗い室内奥を目で探すも誰の姿も声すら聞こえてこなかった。
俺はセディスに尋ねた。
留守なのかな?
その瞬間、俺の耳元で。
「いらっしゃいませ」
聞こえてきた不気味で暗い声に俺は悲鳴を上げてその場に腰を抜かした。
褐色の外套衣に身を包んだ店主と思わしき人物が、俺を見下ろすようにしてぼそぼそと何かを言ってくる。
「何かお探しでしょうか?」
怖ぇーよ!
セディスが俺の代わりに店主に告げる。
「いえ、品を見ているだけです」
店主が俺から離れていく。
「そうですか。では何かあればお声掛けください」
言い残して、店の奥へと歩いていった。
俺はセディスの手を借りて立ち上がる。
全く気配を感じなかったんだが。どこの店もあんな感じなのか?
「どこか変でしたか?」
いや、それが普通ならそれでいいよ。
「私は少し傍を離れます。あなたはここで品を見ていてください」
え? セディスはどこに行くんだ?
「私は二階にある魔術素材を見てきます。何か欲しいものがあれば遠慮なく言ってください」
わかった。
「それでは」
セディスはそう言って二階へと歩いていった。
一階に一人残された俺。
仕方なくぶらぶらと店内を見て回ることにした。
そんな時だった。
俺の頭の中で懐かしい声が聞こえてきた。
『なぁーにが懐かしいだ、久しいだろうが』
何の用だ?
『何の用だと? お前、セディスって奴が本当に元の世界に戻すと思っているのか?』
おっちゃんより信用できる人だよ。これから何をするのかもちゃんと説明してくれるし、何よりあの綾原が信用する人だ。約束を破るとは到底思えない。
『──お前に頼みがある』
な、なんだよ、いきなり。
『ちょっと、俺が今から指示する場所まで来てくれないか?』
行って百メートルまでだ。
『五十もない』
近いな、オイ。
俺は周囲を見回した。
『店の奥に古びたドアがあるだろ?』
入りたくないドアならある。
『入れ』
うげっ、マジかよ。
『マジだ。いいから急げ』
……わかった。
俺はもう一度周囲を見回し、店主が居ないことを確認すると、おっちゃんに言われた通りに店の奥へと歩いていった。
絶対に開けたくない古びたドアをそっと押し開く。
ドアは軋む音を立てながらゆっくりと開いていった。
って、オイおっちゃん。中が真っ暗だぞ。
『いいから入ってドアを閉めろ。明かりの付け方は以前教えてやっただろうが』
あー、あのやり方か。
俺は中へと入ると、静かにドアを閉めていった。




