魔法使いの住む街【19】
石畳の街路を歩きながら、俺はセディスからこの街のことを聞いた。
ふーん。じゃぁここの住民はみんな魔法が使える種族ってわけか。
「魔法が使えるといってもそれほど大きな魔法が使えるわけではありません。我々の祖先が人間との混血種ですので、森に住む純血種と違ってそれほど大きな魔法は扱えません」
純血種?
「先祖の血を濃く遺す種族のことです。姿も能力も代々正統に受け継がれている者たちのことです」
それを純血種っていうのか。
「えぇ。聞いたことございませんか?」
いや、初めてだ。
「そうですか。ではこの国だけなのかもしれませんね。長年この国を出たことありませんので、よその国がどういう呼び方をし合っているのか気になっているところではありました」
国を出たことないのか?
「えぇ。出る必要がありませんでしたから」
ふーん。ずいぶんと閉鎖的な国なんだな。
「外の世界は穢れに満ちています。そのような場所から入ってくる者など穢れ以外の何者でもありません。よって神殿で処分されるか、住民に袋叩きにされるかの二つに一つとなります」
あの、今すぐ元の世界に帰りたいんですけど。
セディスがクスと笑う。
「今は私が守って差し上げます。ご安心ください」
本当に大丈夫なんだろうな?
「えぇ。ですので、なるべく今はその外套衣で身を隠し、けして私のそばから離れないでください」
だからこの格好なのか?
「たしかに身を隠すことにも役立ちますし、なによりそれは魔よけの外套衣です。この街では外套衣に魔よけの刺繍をあしらい、さらに貴金属を組み込んだ装飾護符の帯を身につけることを当然としています。人によっては成人一人を背負うくらいの重量ある装飾護符を身につけられている方もいらっしゃいますよ」
そ、それは大変だな。
「身を守る為には大切なことですからね。全ての魔物が目に見えているとは限りません。いつ何時どんな魔物がこの身に襲い掛かってくるかもわかりません。
まぁそこまで護身せずとも、この街全体に結界は張り巡らされていますので外よりは安全です。ただ、人によっては念には念を重ねるといった感じでしょうか」
結界……。
呟き、俺は北の砦で起こしたあのことを思い出して足を止めた。
セディスも足を止めて振り返り、不思議そうに首を傾げてくる。
「どうかされましたか?」
そう、だよな。
「え?」
俺は静かに拳を握り締めていく。
この世界では、結界は身を守る大切なものなんだよな。
セディスが穏やかに笑って頷く。
「えぇ、そうですね」
俺はセディスの穏やかな笑みを見て改めて決心する。
もう二度と同じ過ちは繰り返さない。あの時のように……。
気分を紛らわそうとしてか、セディスがふいに空を見上げて話題を変えてくる。
「そろそろ昼食の時間でしょうか?」
え?
俺は空を見上げた。
たしかに陽が高くなっている。
セディスが俺を見てにこりと笑う。
「お腹すいていませんか?」
言われて俺は腹に手を当てた。
そういえば、あっちの世界で昼飯食ってなかった気がするな。
「あちらに食事処があります。行ってみませんか?」
※
店に入り、席に座ってメニュー表を見せてもらうも、何が書かれているのかさっぱりわからなかった。
俺はメニュー表を静かに閉じてテーブルにうつ伏せる。
セディスが言ってくる。
「ではメニューは私と同じものでよろしいですか?」
そうしてくれ。
注文し、運ばれてきた食事は緑緑しい野菜と毒々しいドリンクのみだった。
俺は再びテーブルにうつ伏せる。
セディスって、いつもこんなんばっか食っているのか?
セディスは毒々しいドリンクを一口飲み、答える。
「お口に合わないですか? 奈々はいつも私と同じものを口にしていたので、てっきり……」
なぁ。肉系のモノ、なんかないか?
「わかりました。頼んでみます」
セディスは給仕の男性を呼び、注文を告げた。
すると給仕の男性が申し上げにくそうに謝ってくる。
「申し訳ございません。祭りが近いこともあり検問も厳しく交易の品は入手困難で、どこの店も肉料理は全てメニューから外させてもらっています」
俺はテーブルから顔を上げて呟いた。
祭り?
――速攻、セディスがメニュー表で俺の頭を殴ってテーブルに沈める。
俺の反応に給仕の男性が不審に顔を歪め、セディスに尋ねる。
「あの……こちらの方は?」
セディスは平然と答える。
「昨夜この者を魔術の実験に使ったのですが、失敗してこのような残念な結果になってしまいました」
「そうですか。それはお気の毒に」
給仕の男性は同情の眼差しを俺に向けた後、静かにその場を立ち去った。




