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見知らぬ他人の家で介抱されて、その上見知らぬ他人に茶を出されて優しくされたからと言って、それを百パーセント善意だと勘違いしたとしても俺はそれでいいと思う。【17】


 ふと、部屋の扉が開いた。

 俺はおっちゃんとの会話を止め、扉へと目を向ける。

 その扉の向こうからストレートの金髪を腰まで伸ばした長身の優男がポットとカップを載せたトレーを手に、入ってきた。


 誰だ?


 この世界で初めて会う種族だった。服装からして魔法使いなのだろうか。耳部分はエルフに似ているが、顔は人間に近い。

 男は俺ににこりと微笑み、温厚そうな声音で話しかけてくる。


「目が覚めたようですね」


 俺はベッドから警戒気味に身を引いて尋ねる。


 お前、黒騎士か?


 男は口端を優しく広げてクスと笑った。

「私が黒騎士? とんでもない。私なんかの力で黒騎士になれるのならこの世の誰もが黒騎士になってしまいますね」


 じゃぁお前は誰だ?


 男は片手を胸に当て、俺に挨拶してきた。


「初めまして、K。私の名はセディス。あちらの世界の綾原奈々という住人に語りかけていた者です」


 綾原に語りかけていただと?


 おっちゃんが何かに気付いたように呟く。

『セディス? ……いや、まさかな』


 俺はおっちゃんに尋ねた。

 おっちゃんの知り合いか?


『教えない』


 じゃぁ聞かない。


 男──セディスは俺の横へと歩み寄り、ベッド横にあった小さなテーブルの上にトレーを置いた。


「ずいぶん長いこと穏やかに眠っていらっしゃいましたね」


 そ、そうなのか?


「もしやあちらの世界では魔物に襲われるが為にぐっすりと眠る習慣がないのでは?」


 いや、あっちの世界に魔物という生き物は存在しない。眠ろうと思えば普通に安心して眠れる。ただ昨日はベッドで寝ていなかったからあまりよく眠れてなかったんだ。


「そうですか。ならばきっと体が疲れていたのでしょう。子供もベッドでぐっすり休むことができない世界とは、あちらの世界は私が想像する以上に過酷な環境なのでしょうね」


 いや、なんというか昨日は約束をしていたから寝られなかったんだ。夜十時に。夜十時に。夜十時に。


『三回も繰り返すな。一瞬何のバグかと思っただろうが』


 セディスがポットをちょいと掲げて俺に言ってくる。

「喉が渇いたでしょう。お飲み物をご用意しました」


 俺は無言でこくりと頷いた。


 セディスがカップに紅茶を注ぎながら言葉を続けてくる。


「驚いたでしょう?」


 え?


「何のご説明も無しにこのような手段であなたをこの世界に引き込んでしまったことです」


 お前の仕業だったのか?


 セディスは平然と頷いて答える。

「意識がある状態だと、この世界に来た時に騒がれるんじゃないかと思いましてね。面倒だから先に殴り倒しておきました」


 オイ。


「ご安心ください。全てが済めばあなたをちゃんと元の世界に返して差し上げますよ」


 本当か? それ。


「ただその前に、私に手を貸してほしいのです」


 手を貸す?


「実は彼女が黒騎士に捕まってしまい困っていたところでした。それなのに私は情けないことに彼女を助けられるほどの力がありません。だからあなたをこの世界に引き込んだのです」


 というよりも俺、元から綾原を助けるつもりでいたんだが。


「黒騎士の狙いはあなたです。あなたならきっと彼女を黒騎士から救い出してくれることでしょう」


 なぁ聞いてるか? 俺の話。


「そこで一つ、作戦を思いついたのです」


 俺は怪訝に顔をしかめた。

 作戦?


「黒騎士と取引をするのです。あなたを差し出す代わりに彼女を解放してほしいと。でも誤解しないでください。あなたを差し出すのは作戦です。あなたには頼もしい守護者がついていますから」


 守護者? 俺に?


「えぇ。今あなたの頭の中で語りかけている御方のことです。その御方はかつて世界中に様々な伝説を築き上げ、その名を轟かせ恐れられていた男です」


 様々な伝説? 例えばどんな?


 セディスはフフと笑って、

「それは言えません」


 言わねぇのかよ。


「ですから、たとえあなたが黒騎士に捕まったとしても、あの御方ならきっと命を懸けてあなたを救い出してくれることでしょう」

 セディスはにこりと笑って俺に紅茶を差し出してくる。

「どうぞ」


 受け取って、俺はそのままカップを口へと運んで一口飲んだ。

 紅茶は人肌の熱さにされており、飲みやすいストレートだった。


『おい』


 なんだよ。


『お前、まさか飲んだんじゃないだろうな?』


 飲まないと失礼だろ。


『馬鹿かお前。馬鹿なのか? だからお前……』


 あれ? おっちゃん?

 急に頭の中でおっちゃんの声が遠く聞こえなくなっていく。

 俺は紅茶へと視線を落とした。


 もしかしてやられたのか? 俺。


 じっと紅茶を見つめる俺に、セディスは言ってくる。

「私がその飲み物に毒を仕込んでいるとお思いですか?」


 ……。


 黙っていると、セディスが俺の飲みかけの紅茶を手に取り、そのまま一口だけ紅茶を飲んだ。

 無害であることを証明するようにカップを軽く持ち上げて見せ、カップを俺に返してくる。

 

「あの御方をあまり信用なさらない方がいいですよ。本当のことを言う時もありますが、たまにあなたを利用したりもしていますからね」


 前回騙されたこともあり、俺は妙にセディスの話に納得してしまった。

 俺はセディスに尋ねる。


 おっちゃんのこと──いや、俺の頭に話しかけてくる奴のこと、何か知っているのか?


 セディスはフフとまた笑った。人差し指を口元に当て、

「それは言えません。言ってはいけないのです」



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