仕掛けられた罠【13】
飯を食い終わって、二階の自室へ戻ろうとしていた時だった。
ふと、電話のベルが鳴る。
俺は足を止めた。
そして思い出す。
やべ。昨日の夜、朝倉に電話するの忘れてた。
慌てて電話へと向かう。
受話器を取ろうとして、頭の中でおっちゃんが声をかけてきた。
『取るなよ』
え?
『罠だ』
罠?
鳴り続ける電話。
取らずにいたせいか、母さんがやってきた。
「どうしてここまで来て電話取らないの?」
い、いや、なんとなく。
母さんが不思議そうに首を傾げて俺の代わりに電話を取る。
「あら、朝倉君。えぇ、居るわよ。ちょっと待ってね」
母さんが俺に受話器を渡してくる。
俺は受話器を取って恐る恐る答えた。
も、もしもし……?
電話先の朝倉の声は確かに暗く思いつめたような声をしていた。
「あのさ。急で悪いんだけど、今から学校に出てこないか?」
『切れ』
え?
『今すぐ切れと言っているんだ!』
おっちゃんに怒鳴られ、俺は思わず反射的に電話を切ってしまった。
母さんが怪訝に尋ねてくる。
「どうしたの? 朝倉君と喧嘩でもしたの?」
い、いやそんなんじゃない。けど、なんとなく。
「なんとなく?」
すぐに電話が鳴る。
『例の彼女からだ。取っていい』
言われるがままに、俺は受話器を取る。
もしもし?
電話先の声は結衣だった。
結衣の声は恐怖に震えていた。
「……ねぇK。変なこと聞くけどさ、さっき電話した? あたしの頭の中の人がね、それはKじゃないから切りなさいって言うから不安になって」
一息置いて、俺は答える。
切って正解だ。俺は電話していない。
結衣が安堵の息をつく。
「そう、良かった。それならいいの。ありがと」
あぁ。
電話を切って。
俺はすぐに朝倉に電話をかけた。
もしもし。俺だ。
「あー? なんだお前かよ。今日は部活ねぇぞ」
知ってる。お前さ、昨日と今日で俺に電話をかけてきたか?
「いや、してねぇよ。なんで?」
さっきも電話があったんだ、お前から。
朝倉が笑う。
「それ誰かと間違ったんじゃね?」
声は間違いなくお前だったし、母さんにも朝倉だと名乗っていた。
「は? 電話なんてかけてねぇし。何の冗談だよ、気持ち悪ぃー」
……。
「……マジか?」
マジだ。
「なにそれ都市伝説か? スゲー体験だな、お前。なんかオレ鳥肌立ってきた」
じゃぁお前は本当に電話していないんだな?
「マジでしてねぇって。なぁその話、もっと詳しく聞か」
用はそれだけだ。じゃぁな。
俺は話半分で電話を切った。
母さんが心配そうに尋ねてくる。
「朝倉君、電話してないって?」
きっと誰かのイタズラだ。気にしなくていいよ。
俺は心配かけまいとそう答えた。
母さんが両腕を擦りながら言ってくる。
「イタズラにしてもなんだか気味が悪いわね。今度またそんな電話がかかってきたら教えてちょうだい。警察に行って相談してみるから」
わかった。
俺がそう頷くと、母さんは安心してキッチンへと戻っていった。
頭の中でおっちゃんが声をかけてくる。
『意外と優しいんだな、お前』
うるせぇよ。
いつになく真剣な声でおっちゃんが俺に尋ねてくる。
『突然だがお前に一つ質問がある』
質問?
『あぁそうだ。正直に答えろ』
なんだよ。
『お前、まさかそっちの世界でセガールに見つかったわけじゃないよな?』
え。
『なんだ、その図星な返答は』
いや、なんつーかその……。
『なぜすぐ俺に知らせなかった?』
知らせるほどのことでもないと思ったんだ。あれから何もなかったし、会ってもいない。
『いや、もういい。手遅れだ。セガールにこのことがバレたんなら隠すまでもない』
隠す? このことって何のことだ?
『こっちの都合だ。気にするな』
オイ。そろそろ言えよ、本当のこと。
『やーだね。俺が言わなくてもいつかはお前にバレることだからな』
じゃぁもういいよ。理由も聞かないし、教えてくれなくてもいい。その代わり、今すぐこの力を他の誰かに転送しろ。
『誰がいるか、そんな呪われた力。俺もいらないっつーの』
オイ、今なんっつった?
『まぁそんなことよりだ。今日は迂闊に動いたりするな。とりあえず家でじっとしていろ。俺がセガールの動きを探るまではな』
どのくらいかかる?
『丸一日外出禁止令だ』
ふざけんな。出るからな、俺は。
『じゃぁ勝手にしろ。その代わりセガールに捕まって拉致られても俺は知らんからな』
……。本当に、ここに居れば安全なんだろうな?
『さぁな。それはわからん。お前がこっちの世界に来れば何とか守ってやれるが、そっちの世界だと俺は一切手出しできん。
調査するにはしばらくお前との交信を絶たなければならなくなる。その間お前は無防備だ。セガールが接触してくる可能性も充分考えられるから、まぁ拉致られない程度に気をつけろよ』
その言葉、もっと早めに言っとくべきだろ。




