奥の部屋
段落の最初を「お」で揃えて見ました。ある意味がありますがそれぞれの想像におまかせします。
お母さんがしんけんな顔をしている。おこっている言うか、かなしそうな顔にも見える。いつもはやさしい笑顔をわたしたちに見せてくれているひとだった。けれど三日前におばあさんから手紙がとどいていらいずっとこわい顔をしているのだ。
おばあさんの家に行く途中の電車やバスの中でずっとそんな顔をしているので妹たちもつまらなそうな顔をしてだまり込んでいる。
おばあさんの家へ行くのは久しぶりだった。私が5才の頃だから7年前だ。
お父さんは悲しそうな顔をして私たちを見送ってくれた。どうしてだろう。
おばあさんの家は山奥の人気のない湖のほとりに建てられている。誰かの別荘を買い取ったものらしい。
おじいさんは三年前に死んでしまった。てんじゅをまっとうしたのだ、ということだとおとうさんが教えてくれた。
おばあさんはそれいらい少し心がこわれてしまったらしい。
おとうさんはひとこと「しかたないね」と言った。何がしかたないのだろう。
おもいで話をいま見てきたようにかいごの人に話しているらしい。自分を十代の子供だと思っているようだ。
おばあさんはしかしここをはなれて子供たちと同居をするつもりはないと言うそうだ。なぜかそういう事をいうときはしょうきを取り戻すらしい。
おじさんがぽつり「まさかみずうみのれいに…」と言ったときにはしんせき一同こおりついたそうだ。
おばあさんお住んでいる家のそばのみずうみには伝説がある。百年以上前の話しらしい。
おりんという、まずしさゆえに親に売られた少女が目的地へいどう途中のこのみずうみで水死したらしい。
おりんがみずから飛び込んだのかだれにもわからないが、それいらい旅の人間がみずうみのほとりで少女のれいを見かけるようになったという。
おばあさんは本当にその少女のれいに取りつかれてしまったんだろうか。
「ちょっと話があるの」
お母さんがわたしたちをよんで話しだした。
「今から行くおばあさんの家でろうかのおくにある部屋にだけは入ってはいけませんよ」
「どうして?」じじょがたずねると、おかあさんはなにかをいいかけたが口を閉ざしてさとすためにもう一度口を開いた。
「こわいものがいるからよ。とてもこわいもの」
「こわいものってなに?」今度はさんじょがたずねた。
「おばあさんのおばあさんのおばあさんはね、まじょだったの。かのじょはあるやくそくをしたの」おかあさんは変な答え方をしてきた。
おばあさんがまじょだったなんてはじめて聞いた。けれどそれと今のしつもんとは答えがちがうのだけれど、答えられない何かがあるのかな。
「おくのへやにはまじょが住んでいるのよ。だから入ってはダメ」
おかあさんの本当だろうか?そんな話し始めて聞いた。
「おばあさんはおりん。わたしはおとこ。二番目のお姉ちゃんがおみこ。一番下がおとめ…」
お母さん、わたしは?そういえば名前のあたまが「お」じゃない。
お母さんにいくら聞いてももう何も答えてはくれなかった。
おばあさんの家は「お」のつくみずうみの南のバス停でおりると近い。歩いてほんの十分ていどだった。
おおきな声を上げながら、さんじょは地面に降りるなりに家をめがけて走りだした。
お母さんが叫ぶ。けれどそれが聞こえているようすはなかった。
オトメはおばあさんの家の中へ消えていった。
お母さんはあわてて家へと急いだ。
お母さんに続いてわたしたちもあしばやに家へと向かっていった。
お母さんはしかしげんかん先で立ち止まった。
「おかあさん?」
お母さんがつぶやいた。わたしはよく知らないがおばあさんの若いころのすがたに似た少女だったのだ。
おばあさんに似た少女は何かをいいかけたが消えてしまった。本当にいっしゅんで消えてしまったのだ。
お母さんはひるむことなく家の中へと入っていった。
お母さんはくつを振りはらうようにげんかんで脱ぎすてるとおばあさんのいる居間へ向かって行った。
おくれて私たちがやってきた。家の中ではお母さんの大きな声がひびいていた。
「まだ早いわよ、おかあさん!」
「…」
おばあさんは何も答えない。おばあさんには聞こえていないようだった。ただしあわせそうな顔をして窓際に座り込んでいる。眠り込んでいるみたいだった。
お母さんはらちがあかないと知ると奥の部屋に向かおうとした。がさっきの少女が現れてみちをふさいだのだ。
「魔女よ。私の娘たちを差し出すつもりはないわ」
「無理。約束は破れない」
お母さんは部屋からでていけなさそうだったので、わたしとじじょが奥の部屋に向かった。
「行ってはだめ!音子はだめ!」しかしその声は次女にとどかなかった。
おとこが先にへやに入った。すぐにわたしも入ったのだが。
おとこはすでにいなかった。と言うよりここはおくではなくうらへ続くへやだった。
おくのへやのとびらの向こう側にみずうみのみなもがみえた。
オトコが湖に消えた。
おいついたお母さんはおとこがいないことを知るとひざをくずし床につけてぼうぜんとした。
「遅かった。私があの時行かなかったから、二人も行ってしまった…」
「お母さん…」
その時私の方を叩く者がいた。さっきの少女だ。
「あなたは残るのよ。次はあなただから」
「え?」
あれから十年経った。お婆さんは天寿を全うした。お母さんは婆さんがいた窓際で座って一日中湖を眺めていた。彼女の役割は終わったのだ。そして彼女が湖の家の住人となった。
そして今度は私の番である。
作者を失念してしまったのですが同じようなシチュエーションの小説を意識したのですが、思うほどには不条理なリドルストーリーにならなかったのが残念です。