12
ツヴァイは服屋から立ち去らなかった。
用事があったのだ。大事な大事な用事が。
腕時計を見る。
そろそろ来るはずだが……。
そう思っていると、開かれた入り口から一人の女性が服屋の中を見ていた。
遠くからでもわかる。ツヴァイは女性に駆け寄った。
「フォトアさん、こんにちは」
「あ、先に着かれていたのですね……いけないわ、お待たせしてしまって……」
「いえ、構いません。少し、情報を得ることが出来ましたからね」
「情報、ですか……?」
フォトアが首を傾げた。
「はい。しかし、あなたは知らなくてもいいことです。そう、あなたは何も気にしなくていい」
「は、はい……ところで、このお店、かなりお値段が高い服を売っているのでは……?」
「そうですね……国の中でも、この服屋はかなり腕利きです」
「私、とてもそんな高い服は……舞踏会は、楽しみですけれど……」
「私が出します。せっかくの舞踏会です。あなたに着られるなら、服も職人も幸せでしょう」
「しかし……!」
フォトアは食い下がる。
彼女はあまり服や装飾品にお金をかけない。
常々節約する癖が身についている。
そんなフォトアの様子がツヴァイには微笑ましかった。
ツヴァイも国一の貴族とはいえ節約はする方だったが、目の前のフォトアに比べたら甘いものだった。
「たまには、良いのではありませんか?いや、たまには、では無いかもしれない。一生に一度かもしれません」
ツヴァイは微笑んだ。
その言葉はフォトアの心に響いた。
一生に一度。
綺麗になる夢を見てもいいのではないか。
夢を……。
「……わかりました。よろしくお願いします。本当にありがとうございます」
フォトアは深く頭を下げた。ツヴァイはやれやれといった様子で笑った。
「まずはフォトアさんの服を選びましょう。そしたら次は、私の服です」
ツヴァイは大量に掛けられた服と服の間を進み始めた。本当に凄い量の服だ。
フォトアはきょろきょろとしている。
「好きな色は?」
「えっと……緑が好きです」
「あちらですね」
ツヴァイが慣れた様子で歩く。慣れているのだろう。青、紫、黄の服の側を通り抜け緑色をした服の待つ場所へと向かった。
そして緑色の服たちがフォトア達を迎え入れた。
その中に立てかけられていた服。
緑色の、派手さはない服。
周りの服に埋もれてしまいそうなほど存在感のないその服がフォトアの視線を釘付けにした。棒立ちになって服を見つめるフォトア。
「どうしました?」
フォトアの方を向くツヴァイ。
「ええと……あの服が……」
指をさすフォトア。ツヴァイは指の先を見た。ツヴァイはその服は周りに埋もれていてよく見ていなかった。よく観察すれば非常に丁寧、いや、職人技で縫われた布。主張しない緑。まるでフォトアを服にしたようだとツヴァイは思った。
二人で服に近づいた。近づいてみると確かに地味だ。
だがフォトアはこの服が素敵だと思った。抱きしめたくなるような綺麗な緑の服だった。
「この服が好きです……しかし……」
フォトアは口籠った。何故かと言うと値札が貼られていないのだ。他の服には値札が貼ってある物が多いのに。近くに値段を表示している看板もない。完全に孤立している服。
「私もこの服に賛成ですが、確かに、値段がわかりませんね」
ツヴァイは首を傾げている。
そこに店員、あるいは職人らしき老人が現れた。
「その服を買うのかい?」
老人には気配がなかったためフォトアとツヴァイは驚いた。
「是非この服を買いたいのですが、お値段はおいくらなのでしょうか?」
尋ねるツヴァイ。
老人はフォトアの姿を見つめている。
「そうか、そうか……この服を選びますか……そちらの、お嬢さんかな……」
頷く老人。皺だらけの顔は笑顔だった。
「値段は金貨百枚といったところですな」
フォトアは死ぬほど驚いた。ツヴァイですら驚いた。金貨百枚といえば一生暮らしていけるような額を遥かに超えている。ありえない値段。
「ほっほっほ。服の値段ではありませんよ。その服は、銀貨七枚。金貨百枚以上というのは、そのお嬢さんの値打ちですぞ。大事になされよ」
老人はツヴァイの肩をぽんと叩いた。
「その服は私が最後に作った服でしてね。もう服作りはしない。お嬢さんにお似合いでしょう。大事にしてください」
「きっと似合うと私も思います。ありがとうございます、職人殿」
ツヴァイは銀貨を肩にかけた鞄から取り出し、老人に渡した。
フォトアは呆然としていた。
その様子を見て老人は笑っていた。




