後編
続きです。
第四章:上善如水The highest good is like water.
串崎家の会話より数時間前。八神家の縁側は柔らかな秋の日差しに満たされていた。庭には紅葉の枝が風に揺れている。祐樹は縁側に座り、じっと膝を抱えて紅葉を見つめている。
そこへ正樹がやってきた。
「ほい、紅茶」
カップを差し出し、隣に腰を下ろす。正樹は何も言わない。ただ隣にいるだけだ。
「ねえ、おじいちゃん」
祐樹はもう涙ぐんでいる。
「おじいちゃん。僕、晶と釣り合わないよ」
それだけ言うと、祐樹はもう泣き出してしまった。デパートで迷子になっていた僕を助けてくれた優しさ。バスケットボールでコートを縦横に駆け回る速さ。朗読の時、野次を飛ばした男子をしかりつけた気の強さ。溌溂とした笑顔や、僕を引っ張ってくれる強引さ、ちょっとエッチなところも含めて、晶の全てが好き。
それに引き替え、僕はどうだろう。引っ込み思案でいつも他人に脅え、晶の背中に隠れて安心している。性別変化の秘密も、親に見捨てられてここにいることも、何も話せずにいる。
「晶はいつも僕を守ってくれる。でも僕、晶に愛される資格、ない気がする。このままじゃいつか嫌われちゃう……」
未来に絶望し、声が震える。
「僕、弱すぎて自分が嫌になるよ。どうして晶みたいに強くなれないんだろう」
涙が溢れ、紅茶の表面が揺れた。
正樹は何も言わず、ただ孫の肩を抱き寄せてその言葉に耳を傾けていた。そして祐樹の言葉が途切れると静かに微笑んだ。
「祐樹は自分を弱いと思うか。ふむ、いい話だ」
「え? いい話?」
祐樹には祖父の言葉の意味を理解できなかった。
「どれ、ちょっと待っといで」
正樹は書斎に引っ込むと、革の装丁の古い本を持って来た。熱心に読まれたのであろう、表紙には手あかが染みつき、ところどころ革が擦り切れている。古めかしい書体で大きく「老子」と箔押しがなされていた。
正樹がページをめくり、中ほどの一節を祐樹に示した。
「なあ祐樹、老子という昔の賢人がこう言ってる。『天下の至柔は天下の至堅を馳騁す』
つまり、世の中で最も柔らかで弱いものが、最も堅く強いものを思い通りに走らせる、超えるってことだ」
祐樹が目を丸くした。
「弱いものが……強いものを?」
「そうだ。あれを見てごらん」
正樹は庭の小さな池を指差した。水が八分ほど溜まり、紅葉の葉が浮いている。
「『天下水より柔弱なるは莫し、而も堅強を攻むる者これに能く勝る莫し』
この世の中で何が弱い柔らかいと言って、水より弱く柔らかいものは無いだろう。水は方円の器に従い、すべての命を潤しながら自らは低いところへと降って行く。
だがそんな水もな、ひと度荒れ狂えば、山を削り巨大な岩塊をも押し流す。何故弱い水がそんなに強くなれると思う?」
正樹の瞳は爛々と輝き、普段の好々爺とは全く違う、挑むような眼で問うて来た。
「それはな、水が弱さに徹しているからだよ。
『上善は水の如し』
水のように生きるのが一番いいんだ。
祐樹、お前は自分を弱いと認識している。それが重要なんだ。
弱さに徹するんだ、祐樹。弱いものが強さを真似れば必ず粗暴になる。それで良いことは何もないよ。祐樹が思う弱さは、いつか必ず強さに変わる。じいちゃんはそう信じとるよ」
祐樹は無言で視線を落とした。初めて触れる概念だった。
「荘子にはこうあるな。『良木先ず伐られ、甘井先ず竭く』
真っ直ぐ育った大木は使い勝手がいいから真っ先に伐採されてしまうし、旨い水が出る井戸は皆が汲みに来るから直ぐに尽きてしまう。役立たずでいた方がマシってことだな。老子も同じこと言ってるわ。
『曲なれば則ち全し』
曲がりくねって役に立たない樹は伐られることなく終わりを全うできるとな」
「でも僕は、晶の強さが羨ましい」
「そうだな。じいちゃんもそう思う」
祐樹は祖父の意外な発言に驚いてその顔を見つめた。おじいちゃんも晶が羨ましいの?
「晶くんは頼りになる、とっても真っ直ぐで強い子だ。だがじいちゃんの見るところ、あの子はかなり無理をしているな。いつかポッキリ折れてしまうんじゃないかと不安になる」
ああ、そうか。おじいちゃんは晶をそんな風に見ていたんだ。あの強い晶が折れてしまうなんて、そんな事あるんだろうか。
「もしも将来、晶くんの心が折れてしまうようなことがあったら、その時は祐樹が支える番だ。それができるのは祐樹だけだよ」
僕が晶を支えるだって。そんな日が来るとは思えないなあ。
正樹は祐樹の肩に手を置いた。
「祐樹、老子は『道は常にして名無し』とも言った。道は名前に縛られず、ただそこにあるだけだ。なあ祐樹、お前は祐樹だ。過去がどうあれ、今の心が本物なら晶くんはきっと分かってくれる。」
今の心? 本物? バスケの授業の時の、晶の「必死で食い下がる祐樹は最高にかっこ良かった」の声が響く。晶は僕のこと、ちゃんと見てくれてる。じゃあ僕は晶のことをどれくらい見ている?
「弱さこそが強さの種だ。祐樹、お前の傷も、悩みも、全部がいつか大きな力になる。晶くんと一緒に、ゆっくり育てなさい。」
祖父の声は穏やかで深い。祐樹の心が軽くなった。僕の弱さが強さに変わる? 晶となら、それができる?
「おじいちゃん、ありがとう……。僕、晶にいつか話す。ちゃんと強くなるよ」
縁側に風が吹き抜け、紅葉の枝が揺れる。
「そうか。祐樹はいい子だね」
正樹が笑った。祐樹が含羞む。晶、僕、もっと強くなりたい。そばにいられるように。待ってて。僕、いつかはちゃんと話すから。
スズメが飛び立ち、夕日が祐樹の髪をきらきらと照らす。
「もう一杯飲むか?」
正樹がポットを差し出した。
「うん、おじいちゃん」
祐樹が笑顔で頷いた。弱さの奥に、強さの種が芽吹くようだった。
第五章:意気投合Hit it off with them.
さて、学生生活に欠かして欲しいのに欠かして貰えないのが試験というものである。二学期の中間試験が近づいてきた十月上旬。先生は次第に緊張感を高め、生徒たちは余裕を失っていく。
祐樹は勉強が得意ではない。親からは勉強しろとがみがみ言われ続けてきたが、何をどうしていいのか、何から手を付ければいいのか、それさえ分からない。学習机の前でただ無為の時間を過ごすしかなかった。
小学生の頃からそうだったが、先生の話はまるで呪文かお経のようだし、教科書を読んでも分かるところは分かるが分からないところは全く分からない。学習塾にも通わされたが、学校での苦痛をさらに追加延長するだけだった。
テストは五十点がいいところ。ごく稀に、偶然「わかる」ところが出題されて良い点が取れることがある(このことから、地頭は決して悪くないと思われる)
一度だけ九十八点を取ったことがあった。喜び勇んで母に見せたら、一問間違えていると言われていつもより怒られ、その日は晩ご飯を食べさせてもらえなかった。
一学期(前の学校の話だけど)の試験も散々だった。祐樹は憂鬱だった……と言いたいところだが、今はそうでもない。小テストの成績はこちらに来てから多少なりとも上がっているし、先生の話も分かる気がする。
環境が変わり、プレッシャーから解放された結果だろうか。
それでも不安なことに変わりはない。
「祐樹、試験勉強一緒にやろうよ」
「う、うん……」
お誘いは嬉しかったが、ちょっと緊張する。晶は成績優秀だ。僕じゃきっと足を引っ張っちゃうよ。断った方がお互いのためじゃないかなあ。
「祐樹さ、数学苦手でしょ? そこで! 良いもの持って参りましたー!」
じゃじゃ~ん!と擬音を付けて取り出したのは中一数学の問題集。
「このシリーズ、あたしも使ってるんだけどさあ。前学年の復習から始まるし、解答と解説もついてるから解りやすいんだよね」
太陽のような晶の笑顔に、祐樹は早くも気後れしている。
「あたしの見るところ、祐樹は基礎的なことが理解できてない気がするんだよね。あたしが教えてあげるから、一緒にがんばろ?」
数学の一点突破。これが晶の立てた戦略だった。
放課後、祐樹の部屋で、二人並んで問題集に取り組む。晶は今まで祐樹が知らなかった、勉強の仕方を教えてくれた。
「五分考えて分からなければ素直に解答を見るんだよ。解き方を覚えてから再挑戦だ」
「クイズやパズルと同じだからね。できるところから突破口を探すんだ」
「これはね、括弧を外すところから行ってみようか」
問題を指差しながら、晶はさり気なく祐樹の腰に腕を回す。祐樹がその手を叩く。
「ねえ晶。ずっと僕の勉強見てくれてるけど、晶は大丈夫なの?」
「平気だよ。家帰ってからやってるし。それに祐樹は颯斗より教え甲斐があるから楽しいよ」
「ずっと負担かけっ放しで、なんだか申し訳ないな」
「気にしないで。あたしの趣味だから」
「そんなわけには行かないよ」
「そお? じゃお礼はカラダで払ってもらおうかな」
「ふぇ?」
言うが早いか晶は祐樹を押し倒し、濃厚なキスをした。
「んぐぐ」
祐樹が必死に抵抗を示すがウエートでもパワーでも全く敵わない。一分も経たずに祐樹が力尽きた。後は晶の為すがままだった。
顔を離すと唾液の糸が伸びる。祐樹はもう蕩け切っている。晶がもう一度唇を押し付け、今度は舌を割り込ませてきた。左手一本で祐樹の両手を抑えつけたまま、Tシャツの裾から右手を滑り込ませてくる。祐樹の体がビクンと痙攣した。
その時。
「開けてくれる~?」
襖の向こうから祖母の声。差し入れを持って来たのだ。
「「うひゃあ!」」
二人は飛び起きた。祐樹が腰を抜かして立ち上がれなかったので晶が対応した。
「はい。紅茶とクッキー、召し上がれ」
「ありがとうございます。おばあちゃんの紅茶、大好きです」
晶はトレーを受け取りながら、じっと信子の目を見る。
「あらまあ。晶ちゃんったらカサノヴァさんねえ。でもほどほどにね。ほら、祐樹がやきもち焼いてる」
振り返ると祐樹が不機嫌な顔でこっちを見ている。
「あまり遅くならないようにね」
信子が出て行くと部屋が静まり返った。晶が座ってトレーを置いても祐樹はそっぽを向いて黙ったままだ。
「祐樹ー? せっかくだから冷めないうちに頂こうよー」
「……」
へそを曲げたままの祐樹に対して、晶は余裕綽々だ。
「祐ちゃーん。カワイイ顔が台無しだぞ~」
クッキーを口に咥えて祐樹の顎をクイッ、そのまま食べさせる。それだけで祐樹は陥落した。
中間試験が終わった。初日は数学、国語、理科。二日目が英語と社会科。手ごたえはあった。数学で自信を付けた為か、他の教科もそれなりに出来るようになった気がする。
「晶、ありがとうね」
「うふふ。どういたしまして。お礼はカラダで払ってね(^_-)-☆」
「いやです(笑)ねえ、さくらや行こうよ。久しぶりにさ!」
「いいね。行こう行こう!」
平日の午前中に中学生が駄菓子屋に集まれるなんて、試験日ならではの光景だ。颯斗と出くわす心配もなく、晶は浮き立っている。祐樹から誘うなんて珍しいことだった。
中間試験が終わると桜川中学校は文化祭の準備期間に入る。生徒数約六百名、自然豊かな郊外に位置し、伝統と生徒の自主性を重んじる桜川中学校の文化祭は文化の日とその翌日、二日間に亘り開催される。地域住民も参加する盛大なイベントだ。
体育館では文科系の部活単位での舞台発表、教室ではクラス単位の模擬店や展示、ゲーム等が行われる。紅葉が校舎を彩り、風に舞う葉が祭りの雰囲気を一層美しく演出する。
初日は開会式が行われ、模擬店や展示がスタート。主に外来者向けの色彩が強く、模擬店ではお好み焼きや焼きそば、展示では美術部の絵画や科学部の実験が人気。
二日目は合唱やダンス、舞台では演劇が披露され、一年生から三年生までが力を合わせる。夜には校庭でファイアーストームが挙行され、秋の夜空に燃え上がる炎が参加者を魅了する。
祐樹や晶にとって初めての文化祭は、緊張と期待の入り混じった舞台となる。
一年A組ではいったい誰の発案か、コスプレカフェをすることになった。なんとかプロジェクトと言うゲームのキャラクターの姿で接客するのだが、予算の都合で衣装は六人分。これをホール係で使い回すのである。しかもサイズは一つしか作れないため、男女問わず身長の低い者で可能な限り背格好が似ている十八名(三交代制)がホール係に選ばれた。
言うまでもなく祐樹は真っ先に選ばれた。晶によれば拒否権はないそうだ。
「晶、自分が見たいだけだよね?」
「否定はしない(笑)」
「晶は何をするのさ」
「あたしは厨房係。おばあちゃん直伝の技前、見せてやんよ(笑)」
「厨房はパックの既製品を温めるだけだよ。食中毒対策で」
「……」
「残念でした」
「グレてやる」
通りかかったユカリ(仮名)が晶に声を掛けた。
「晶、あんたもコスしてくんない? 高身長組も必要ってことになってさあ」
「え? あたしが?」
「そう。入口に立って呼び込みやって欲しいんだよね」
「あたしが? コスプレして?」
「そう言ってるじゃん」
「だってみんな可愛い系だよ? あたしじゃ似合わないでしょ?」
「かっこいい系のキャラ選ぶから。大丈夫だ、問題ない」
「ええ……」
恐る恐る祐樹を見ると、期待に目をキラキラさせている。
「ねえ晶、拒否権は無いんだよね?」
「おお、祐ちゃん良いこと言った!」
マジかよ……。戸惑いつつも、晶もちょっとだけ嬉しかった。
今日は衣装合わせである。教室をパーテーションで仕切り、臨時の更衣室が設置された。
女子側で祐樹は白いブラウスに青いジャンパースカートを着せられた。若干短めのスカートを気にしているところへ更に青いウイッグを被せられる。
「計算通りね」
衣装班の一人、アリス(仮名)が満足げに頷いた。
「そっちはどう?」
「こっちもバッチリ」
サクヤ(仮名)がドヤ顔で振り向く。そこには晶が立っていた。緑色の長袍、鮮やかな赤いロングヘアーにつば無しの人民帽。
「晶、カッコいい……」
「祐樹ちゃん、目がハートになってるよ(笑)」
「あはは。なにそれ祐ちゃん、恋する乙女じゃん(笑)」
囃し立てられた祐樹が赤面する。カーテンの向こう側からも嬌声が響いて来た。
「おお、ピッタリだ」
「似合う似合う!」
「可愛いー!」
覗いてみると、衣装班別班のリンノスケ(仮名)とサナエ(仮名)、ヨウム(仮名)に囲まれて二人のホール担当が立っていた。
一人目は白いブラウスに黒のベストとスカート、金髪ボブに赤いリボン。
二人目はピンクのドレスに銀色のセミロングのウイッグ、袋のような帽子。背中には蝙蝠のような羽根がある。全体的に装飾が多く、動きにくそうだなと祐樹は思った。
両名ともモジモジと俯き恥ずかしそうにスカートをいじっている。
祐樹にはその二人が誰か判らなかった。同級生の顔は(一応は)すべて覚えたつもりだったのだが。
「晶、晶。あれ誰?」
「えーっと、誰だろう?」
「お前らめっちゃカワイイじゃん。もうずっとそれで行けよ」
リンノスケ(仮名)が囃し立てる。
「ちょっ、やめてよ……」
「冗談だろ。可愛いとか勘弁してくれよ」
その声でようやく分かった。金髪ボブがてつやくん、シルバーがじゅんくんだ。
「すご……男でもあんなに可愛くなっちゃうんだ……」
晶が呟く。祐樹はてつやくんとじゅんくんに奇妙な親近感を覚えた。自分から近づき、二人まとめて手を取った。じっと目を見る。
「てつやくん、じゅんくん。一緒にがんばろうね!」
「ふぇ?」
「や、八神?」
このクラスの男子で、祐樹の顔をこれほどの至近距離で見つめたものは他にいない。その破壊力は凄まじく、二人は前頭葉の機能を失った。なんだか自分たちが本当に女の子だったような気がして、声はオクターブ高くなり、立ち姿も自然に内股になっている。
「う、うん」
「が、頑張る……」
二人ともふにゃふにゃだ。見た目が変わると、中身もそれに引きずられるのだろうか。アイデンティティーの境界を見失わなければ良いが。総監督のユカリ(仮名)は若干の不安を覚えつつ、企画の成功を確信したのだった。
お祭り前日の同じ一日を延々と繰り返すこともなく、カレンダー通りに文化祭当日が来た。運動会のように段雷が響き、幕開けを告げる。
一年A組のコスプレカフェは正面玄関に最も近い教室を宛がわれたため、大勢の来客が予想された。開店を控え、店内ではユカリ(仮名)が全員を前に檄を飛ばしている。
「さあ、本番スタートだよ! これまでの準備を無駄にしないよう、気合入れて行きまっしょい!」
おおっ!と皆が拳を突き上げる。
模擬店の営業時間は九時から十五時までの六時間。これを二時間ずつ三グループで分担する。祐樹と晶は第二グループだった。
「十一時からだからね。着替えもあるから二十分前には戻るように!」
ユカリ(仮名)の注意を聞いているのかいないのか、晶はパンフレット片手に祐樹の手を引いて教室を飛び出した。これは忙しくなりそうだと祐樹は思った。
二人がどれほどイベントを楽しんだかをくだくだしくは述べる必要はあるまい。駄菓子屋仲間との交流があったと述べるにとどめておく。
本筋はクラスのコスプレカフェである。第二グループの配置は呼び込みが晶、ホールが祐樹、じゅん、ユウカ(仮名)、アヤ(仮名)、コマチ(仮名)の五人。(他に厨房スタッフが四人いるがこちらは省略)
呼び込み役を除いて配役が決まっているわけではないので、先着順で次から次へと着替えていく。祐樹に割り当てられたのは赤いベストと巻きスカートのセット、金髪のウイッグに袋状の帽子だった。背中には木の枝に宝石をぶら下げてある。じゅん君は試着の時に着ていたピンクの服に銀色のウイッグ。まあなんでもいいや。
お客と必要以上に会話しないようユカリ(仮名)からは事前に注意されている。なんでもフーエーホー?とかいう法令に抵触しかねないらしい。その代わり一時間に一回、ステージを使用して五分間のフリー撮影タイム(有料)が設定されている。こっちは法律的に大丈夫なのだろうか?
お客は次々に入ってくる。祐樹はおじいちゃんたちが来たのに気付いたが、注文を取るだけで精一杯だった。二人は祐樹との会話を断念し、元気な姿を見られただけで十分と言ってコーヒーを飲んで立ち去った。
撮影タイムを狙って駄菓子屋仲間も来店した。みつき、あやか、れな、りょうたが祐樹に声援を送る。しょうとけんじはこのゲームを知っているらしく、祐樹とじゅんをセットで撮影したがった。
「もっと寄り添ってくださーい」
どうもじゅんを女の子と思い込んでいるようで、気軽にハグをリクエストしてくる。
「ご、ごめんね八神。変な気持ちは一切ないから」
「う……わ、わかってる……」
男の子と抱き合うより、そこで見ている晶の目が怖い。どす黒いオーラを放って、ビーム砲くらい発射して来そうな勢いだ。
なんだかんだで十三時。不慣れな接客に戸惑いつつも(トレーをひっくり返しそうになったりとか)無事?に交代の時間を迎えた。祐樹はバックヤードの着替えコーナーに行ったが、ここでまた男女を間違えてしまった(様式美)
カーテンを開けるとてつやとじゅんが衣装交換中だった。
「「きゃーっ!」」
黄色い悲鳴を上げて二人が身体を隠す。それを聞きつけて他のスタッフも集まって来る。
「あら八神ちゃん、覗きはダメよ~(笑)」
「ごめんなさい間違えました!」
「八神ちゃんて結構えっちね(笑)」
他にもひそひそと交わす声が聞こえる。「今の、女子の悲鳴だったよね?」とか「てっきり男子が悪戯したのかと思った」とか。
着替え終わったてつやが出てきた。メイクでも隠せないほど顔が真っ赤だ。
「さ、さっきはごめんね///」
「あ、うん。気にしないで///」
本人たちは自覚していないが、もう女の子同士の会話にしか見えない。どちらも中身は男なのだが。
そして十五時、閉店時間。
「「「お疲れ様でしたーッ!!!」」」
この教室は明日別のクラスが使用するので、素早く撤収しなければならない。飾りつけを剥がし、什器類や小道具類を撤去、校内の所定の場所へ搬送する。全ての作業が終わったのが十六時過ぎ。
「アンケートの集計するから、手伝って!」
ユカリ(仮名)、オキナ(仮名)が紙束を持って一Aの教室に向かった。他の者もぞろぞろと歩き出す。
教室では担任の高崎先生も含めて総評が行われた。
「やあ、大盛況だったな。皆よく頑張った! 評判も良かったようだぞ。(実行員会の)投票結果が楽しみだな!」
クラス単位、部活単位の展示の人気投票(楽しかった展示を三つ挙げてください的なやつ)が毎年行われているのである。入賞したところで名誉以外何も貰えないが。
「ときにユカリ(仮名)、さっき言ってたアンケートってなんだ?」
「ホールキャストの人気投票やってたんです」
食券が時間帯ごとに三色に分けられ、裏に書かれたキャラ名に丸を付けるだけの単純な仕組みである。迂闊なことに祐樹はそれに気づいていなかった。気づいていても何もしないのだけれど。
「結果出ました! 総投票数、なんと八百九十票!」
オキナ(仮名)が集計表を振りかざした。おお、と教室がどよめく。
「後で一覧表貼り出すけど、とりまベストファイブ発表するね。第五位! ラン(仮名)ちゃん!」「第四位! 祐樹ちゃん!」「第三位! くっしー!」
矢継ぎ早にランキングが発表され、その度に歓声が上がる。
「そして栄光の第一位は! なんと! 二人います!」
オキナ(仮名)が勿体を付ける。
「百五十二票で一位タイ! じゅんくんとてつやくんでしたー!」
クラス全員が失笑した。女の子キャラの人気投票で、何故男子がツートップなのか。
「作者の人、次は女装BL書きたいって言ってたからその前振りかも」
晶がメタいことを言う。祐樹はこの結果には納得が行かなかった。晶に負けるのは当然としても、男に負けるのは心外だ。こっちは(ガワだけとは言え)本物の女の子やぞ?
「まあ二人とも可愛かったからね」
他の皆は納得しているのだろうか。
「祐樹が一位じゃないのは面白くないわ」
晶は納得していなかった。
二日目、一Aは何もすることが無い。昨日よりも気楽にプログラムを楽しむことができる。祐樹と晶の気分はすっかり校内デートだった(晶がそういちろうの接触をさり気なく妨害していたのは内緒だぞ)
そしてお待ちかね、ファイアーストームの時間である。校庭の中央に丸太が組まれ、灯油が掛けられる。生徒会長のカウントダウンに合わせ、来賓(今年は市長の代理だった)が点火。夜空に向かって炎が上がり、生徒たちが歓声を上げる。
スピーカーからは音楽が流れ、皆が思い思いに踊っている。人間というものは、炎を見ると原始的な感情が呼び覚まされるようだ。採取狩猟時代の人たちもこんな感じだったのではないだろうか。
火の近くで楽しそうに踊る晶を、祐樹は離れたところから見つめていた。誘われたが断ったのだ。体を動かすことや騒がしいことはどうも苦手だ。
晶には実に多くの友達がいる。交流の広さを見せつけるように色々な人と手を取り合い、くるくると回っては笑い合う。僕と晶は恋人同士のはずだけど、晶にとって僕はその他大勢の一人なのかも知れない。祐樹は少し淋しさを感じていた。
「あ~疲れた」
戻ってきた晶が祐樹の足元に座り込んだ。祐樹がペットボトルを差し出す。
「飲みかけでよければ」
「喜んで!」
半分ほど残っていたスポーツドリンクをあっという間に飲み干す。
それまでの騒がしい音楽が、静かな曲に変わった。女性のヴォーカルが流れ始める。誰の選曲だろう、南翔子の「ハーフムーンはときめき色」と言う八十年代のマイナーソングだ。大変に良い曲なので皆さんも一度聴いてみてください。
折しも夜空を見上げると上弦の月が浮かんでいる。晶が立ち上がり、祐樹の腰に腕を回した。
「ちょっと。やめてよ、こんなとこで」
祐樹が抗議したが晶は意に介さない。
「チークタイムだよ。周り見なよ」
言われてみれば、そこかしこで抱き合ったまま揺れている人影が多数ある。祐樹もそういうものかと思い、晶に体を預けた。
「ふふふ」
晶が満足そうに笑い、顔を寄せて来た。踊り疲れて火照った晶には、祐樹のひんやりした頬が心地良かった。
「あのさ」
晶が耳元でささやいた。ハスキーな声でこんなことされると背筋がぞくぞくするような快感が走る。
「そういちろうのこと、気づいてあげられなくてごめん」
祐樹が身を固くする。
「知ってたの?」
「本人からね。あいつ、あたしらの事は知らないから」
「……ごめんなさい。言えなくて」
「いいんだよ。無理に言う必要ないから」
祐樹がおずおずと晶の背に手を回す。晶とは何度も抱き合ったけど、鼓動を感じたのは初めてかも知れない。知らず知らずのうちに涙があふれて来た。
「祐樹を取られちゃうような気がしてさ。あいつに酷いこと言っちゃった。後で謝らなきゃ」
しばしの沈黙。音楽に身を委ねる。
「ねえ祐樹、月がきれいだね」
夢の中にいるようだと祐樹は思った。
この二人の様子を、すぐ傍から見ていたものがいる。誰あろう、そういちろう君だ。
なんだ、そういうことだったのか。それならそうとはっきり言ってくれれば良いのに。色々と不満はあるが、ここは黙って引き下がるのが得策だとそういちろうは判断した。今日は引き上げるとしよう。だが諦めたわけではない。
歌が終わり、音楽が再びアップテンポなものに変わる。
「ちょっと静かなとこ行かない?」
晶は立ち上がり、祐樹の手を引いた。校舎に戻り、階段を上って行く。着いた先は物置替わりに使われている空き教室だった。がらくたが詰まった段ボール箱が山と積まれて壁を成している。ここからは校庭は見えず、ファイアーストームの喧騒が遠のく。代わりに窓から月が見える。
「月がきれいですね」
晶がお約束の科白を繰り返した。祐樹は反応できなかった。
「こうやってね、月明かりに照らされる祐樹を見てみたかったんだ。満月だったらなお良かったかな」
祐樹を窓際に立たせ、一歩下がって愛おしそうに眺める。祐樹は恥ずかしさに目を伏せる。晶の次の行動は判っている。またえっちなことをされるに違いない。
祐樹は決して逆らわない。抵抗してもどうせ敵わないし、晶に捨てられるのが怖いし、それに、自分でも少しは期待しているのは自覚がある。
晶が肩を抱き寄せ、唇を重ねて来た。祐樹は黙って身を任せる。
晶の右手が祐樹の背中を、腰を撫で、そしてお尻をまさぐる。
「ん……」
祐樹が身をよじるが、これが拒否でないことはとっくに見透かされている。
晶が舌を絡めてくる。スカートのホックを外された。ここまでするとは思っていなかった。今度は本気で抵抗する祐樹。でも為す術もなくスカートが床に落ちた。セーラーのスカーフが抜き取られ、ファスナーが下げられる。両肩が露出する。
祐樹は怖くなって震え出した。晶の手がスポブラに掛かった。
「ま、待ってお願い……」
その時、晶が祐樹を強く引っ張って段ボールの山の陰に連れ込んだ。壁に祐樹を押さえつけて右手で口を塞ぐ。祐樹が突然の行動に戸惑っていると、教室の扉がそっと開かれた。ささやき声が聞こえる。
「ここなら誰も来ないよね」
人間の発想なんて似たり寄ったりだ。同じことを考えているカップルがいたのだ。段ボールの壁の向こうから、くすくすと笑い合う声と、衣擦れと粘膜が絡み合う音が聞こえてきた。
祐樹も思わず耳を澄ます。晶は大胆にも向こうを覗き込んだ。そして祐樹の腕を引き寄せる。見てみろと言っているのだ。音を立てないように晶と位置を入れ替え、そっと片目を箱の陰から覗かせる。
新しく来た二人がいる場所には月明かりが十分に届いていない。暗さに目が慣れ、その二人が1Aのコスプレカフェの衣装、青いジャンパースカートを着ているのがわかった。ご丁寧にウイッグも着用している。青いやつと緑のやつだ。ということはあの二人、一Aの子なのだろうか。
更に目を凝らす。タイミング良く雲が流れ、室内が明るくなった。祐樹が息を吞む。熱烈なキスを交わしているのはてつやくんとじゅんくんだ。あの二人って、そういう関係だったの? 男の子同士でしょ? あ、でも僕らだって女同士だ。でもでも、僕は中身は男だから男女だと言えるのかな? 晶的には女同士でいいのかな?
ゆうきは こんらん している
そんなことを考えていたらバランスを崩してしまった。咄嗟に支えようとした晶を巻き込んで二人揃って転倒する。
「「うわあああああ!」」
てつやとじゅんの狼狽え振りよ。抱き合ったままこちらを見て、涙目でガタガタ震えている。
「あはははは」
「ど、どうも」
とりあえず愛想笑いをしてみたが、意味は無いようだった。二人とも腰を抜かしてその場に座り込んでしまった。
「落ち着いて! あたしたちだよ!」
なんだか二人が可哀そうになって、晶は正体を明かした。
「え? 串崎? 八神も?」
「なっ、なんで!?」
「あー。あんたらと同じ(笑)」
ようやく二人も平常心を取り戻したようだ。そして気付いた。
「八神……お前ハダカ……」
「ふぇ? うわ! 見ないでえ!」
こうして二人の秘密は四人の秘密になった。祐樹に初めて「怖くない男子の友達」が出来た。
なお余談だが、これ以降祐樹は薄手のストッキングを穿き始めた。コスプレの際に使用した時になかなか良いと思ったのだった。
また一つ、女の子としてのレベルが上がった。
終章:雪の花Snowflakes dance in the night sky, the moon is bright.
期末試験も恙なく終わり、校内には何かうきうきとした空気が漂っている。
地面は既に雪で覆われ、木々には雪の花が咲く二学期最後の金曜の放課後。一Aではクリスマス会をすることになった。実行委員はユカリ(仮名)とオキナ(仮名)の二名。お菓子や飲み物を持ち寄り、班ごとにかくし芸などを披露し、最後にプレゼント交換をするのである。
騒がしいのが苦手な祐樹はずっと晶のそばにくっついている。幼児のように袖を握って離さないので動きにくいが、晶はそれで満足だった。祐樹にはもっと自分に依存してほしい。もっと甘やかしたい。
なんだか文化祭の続きみたいになるので詳細は省くが、てつや君とじゅん君は文化祭の時の衣装で「トゥインクル○トゥインクル」を披露した。ノートパソコンで動画投稿サイトの動画を再生しながら二人が歌い踊る。手を合わせたり腕を組んだりキスするかのように顔を寄せあったり、背後から抱き締めるようなモーションがあったり、客席ではなんかえっちだねというささやきが交わされる。
二人の仲を知っている祐樹と晶には、二人が視線を交わすところさえ意味ありげに見える。最後は背中合わせに腕を組んで終わった。
演目が続く。漫才あり、落語あり、寸劇あり、マジックを披露するものあり、規模が小さい分濃密な時間が過ぎていく。
晶の番が来た。音楽室から借り出したギターを持って立ち上がる。ずっと教室の隅に置かれていたから、誰が使うんだろうと祐樹が疑問に思っていたギターだ。
「ギター弾けるんだ? 晶ってなんでも出来るんだね」
「なんでもは出来ないよ。できることだけ」
祐樹と短い会話を交わし、教壇に置かれた椅子に座る。軽くチューニングをして歌い始めたのはエルビス・プレスリーの「Love me tender」だった。
優しく愛して 甘く愛して 僕を離さないで
僕の命を完全にした君を 心から愛してる
優しく愛して 真実の愛を僕にください すべての夢が叶うように
愛しい人よ 愛しています いつもいつまでも
優しく愛して いつまでも愛して 心に僕を受け入れて
そこが僕の居場所 決して別れない
優しく愛して 真実の愛を僕にください すべての夢が叶うように
愛しい人よ 愛しています いつもいつまでも
優しく愛して 愛しい人よ 僕のものだと言って
僕はずっと君のもの 時が終わるまで
優しく愛して 真実の愛を僕にください すべての夢が叶うように
愛しい人よ 愛しています いつもいつまでも
著作権的に問題を起こしたくないので作者による訳詩のみを載せるが、ネイティブ顔負けの見事な発音だった。最後の三つの音を鳴らしながら、晶は祐樹に向かって片目を閉じて見せた。
拍手が鳴り響く中、じゅん君が異変に気付いた。
「ああっ、祐ちゃんがハートを撃ち抜かれて失神してる!」
「くっしーやり過ぎィ!」
「祐樹しっかりしてェ!」
ギターを放り出して駆け寄る晶。晶の腕の中で目を覚ます祐樹。
「大丈夫? まさかここまでとは思わなかったよ」
「大丈夫……僕は、晶のものだから」
「ふふ。知ってた」
晶は大胆にも、公衆の面前で祐樹の頬に唇を付けた。悲鳴のような歓声で教室が満たされる。
「やるじゃんくっし~」
「見せつけんなコラ(笑)」
そういちろうは複雑な想いでそれを眺めている。何も俺の目の前でそんなことしなくてもいいんじゃないか?
残り時間もあとわずかとなった。ユカリ(仮名)とオキナ(仮名)が打ち合わせをしている。
「あと一人くらいならなんかやれる?」
「そうだね。私的には八神ちゃんに何かお願いしたいね」
「あらいいわね。というわけで祐樹ちゃん、お願い」
「え? 僕? 何も用意してないよ?」
「歌でも歌ってよ。なんでもいいからさあ」
「くっしーの想い(笑)に応えなきゃ(笑)」
「でも……」
自分に自信を持てない祐樹は、出来ることなら何もせず群衆に埋没してやり過ごそうと思っていたのだが、そうは問屋が卸してくれそうもなかった。みな国語の授業の時の詩の朗読の感動の再現を期待しているのだ。
「祐樹ちゃん、中島みゆきの『糸』好きって言ってたじゃん。アレがいいよ」
てつや君が余計なことを言う。
「えっ、そうなの? あたし知らなかったんだけど?」
晶が機敏に反応した。
「ぜひ聴かせて欲しいなあ」
「はい、ここに何故かカラオケCDがあります」
ユカリ(仮名)がCDをノートパソコンにセットする。もう逃げ道は無いようだった。
祐樹は震えながら教壇に立つ。前奏が始まる。(○●○ラック対策に機械翻訳の訳詩を掲載する)
We don't know why we meet.
We don't always know when we'll meet.
Where have you been? Have you lived?
Two stories beneath the distant sky.
You are the vertical thread and I am the horizontal thread.
The fabric we weave may one day keep someone warm.
ワンコーラス目。緊張からか、祐樹の声は可哀そうになるほどか細い。だがそれが却って歌詞にマッチしているように思える。
Hangnails after a day of wondering why I live.
Hangnails after a day of running and falling while chasing a dream.
What is the meaning of this thread?
I was trembling in the wind, feeling uneasy.
You are the vertical thread and I am the horizontal thread.
The fabric we weave may one day heal someone's wounds.
ツーコーラス目に入ると、緊張が解けたのか声が次第に強くなってきた。あの時と同じだ。この時点ですでに何人かは泣いている。
そしてリフレイン。
You are the vertical thread and I am the horizontal thread.
People call meeting the person they are meant to meet happiness.
本来の歌詞は「出会えることを」だが、祐樹は敢えて「出会えたことを」と過去形で歌った。晶の涙腺が崩壊し、号泣しながら祐樹にすがり着いた。
祐樹は晶の頭をそっと抱き締めた。おじいちゃんが言っていた、晶を支えるとはこういうことなのかなと思いながら。
そういちろうも泣いていた。俺はやっぱり八神が好きだ。前回は怖がらせてしまったみたいだけど、自分の気持ちに嘘はないと思う。ならば八神を応援するのが男ってものじゃないのか? よろしい、あの二人を見守ろうじゃないか。ひそかに決意を固めるそういちろうだった。
締めのプレゼント交換の時間。
ユカリ(仮名)の指示により、プレゼントを入れる箱は実行委員会が一括購入した十㌢角の紙製ものに統一されている。
大きさを限定することで不必要に高価なものを買わずに済み、加えて誰がどれを用意したのか判らなくなる仕組みだ。全員が車座に座り、ジングルベルを歌いながら右隣へ箱を渡して行く。歌い終わった時に持っているものを受け取れる。
箱を開け、喜ぶ者、残念がる者、悲喜交々ではあるが、プレゼントの提供者の詮索はご法度だ。
祐樹が手にしたのは何かのアニメキャラのラバーストラップ。晶のが欲しかったけれど、これはどう考えても晶の趣味じゃないな。僕が用意したまん丸ねこのぬいぐるみは誰に行ったのだろう。
と思っていたら。
「なにこれブサイクだなあ(笑)」
そういちろうが大笑いしながらまん丸ねこを振りかざしている。やれやれブサイクとは。傷つくなあ……。不器用なりに結構頑張って手作りしたんだけどな。やっぱり僕はあいつを好きになれそうにないや。
「でもよく見りゃ可愛いな。気に入ったぜ」
あ、あいつも案外いい奴かも(手のひらは返すためにある)
ユカリ(仮名)が教壇に立って両腕を上げた。
「はーい。宴もたけなわですが、そろそろお開きにしまーす。後片付け開始~」
「「「うぇ~い」」」
原状回復は会場使用の基本である。ごみを片付け、床を掃除し、机と椅子を元の位置に戻す。このためにわざわざ居残っていた高崎先生のチェックを受ける。
「明日休みだからって寄り道するんじゃないぞ。もう遅いんだから早く帰るように!」
「先生、お疲れさまでした。これ私たちからです」
ユカリ(仮名)とオキナ(仮名)が高崎先生にリボンが掛けられた包みを渡す。
「マジか! こりゃあ嬉しいなあ」
高崎先生はお世辞抜きで本当に嬉しそうだった。
既に雪は降り止み、月明かりが夜道を煌々と照らしている。正門前で手を振りあって解散。楽しかった。
二手に分かれ、祐樹たちは総勢二十人近い集団で歩き始めたが、交差点ごとに人数が減って、あと五分で八神家というところで晶と二人きりになった。
「ねえ晶、ちょっとだけいい?」
街灯の下で祐樹が立ち止まり、スポーツバッグの中から紙包みを取り出した。
「これ……」
「え? もしかして、あたしに?」
祐樹が目を伏せ、恥ずかしそうに頷く。
「開けていい?」
「開けて開けて」
中からニットのマフラーが出てきた。いつか見た、竜胆の花のような濃い青色。
「掛けてくれる?」
晶が少しだけ身を屈め、祐樹がその首にマフラーを巻き付けた。
「うん、あったかい」
笑顔がほころぶ。
「実はあたしも」
晶もまた鞄から紙袋を取り出した。
「祐樹も、開けてよ」
「うん」
こちらの包みからもニットのマフラーが出てきた。淡いピンクだった。祐樹の首に巻き付けてあげる。顔を見合わせ、笑い合う。あたしら、同じこと考えてた。
「これねえ、手編みなんだ。祐樹のおばあちゃんにこっそり教わってさ」
「そうなの? 僕もおばあちゃんに教えてもらって……」
祐樹は思い出した。マフラーの編み方教えてって言ったとき、おばあちゃん、妙な表情で笑いを堪えてるみたいだった。きっと晶が先に申し込んでいたんだな。
「だけどいつの間に。晶が編み物習ってる姿なんて見たことないよ?」
「祐樹が歯医者に通ってる時に。お料理と一緒にね」
なるほど。おばあちゃんも晶もよくぞ秘密を守り切ったものだと祐樹は感心した。
晶は感動に打ち震えている。出会ってから約五か月。偶然じゃないよね。この出会いも、プレゼントが被ったのも。きっと心が通い合っている証拠だよね? あたしは突っ走る性格だから、祐樹を困らせているかも知れない。本当にごめん。でも大好きなんだ。
祐樹がこちらを見上げている。これ、キス待ち顔? ごくりと唾を飲み込む。祐樹から求めて来るなんて初めてじゃない? 肩を抱き寄せ、そっと唇を重ねた。
手を繋ぎ、歩き出す二人の姿を、お月様だけが見守っていた。
(了)
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
続編では、「受け入れられた後、人はどう変わるのか」をテーマにしました。祐樹の弱さは消えたわけではありません。それでも、誰かを信じ、支え合うことで前へ進もうとしています。
晶のまっすぐさ、仲間たちとの時間、祖父母の変わらない温かさ。そうした積み重ねが、祐樹にとっての“日常”になっていく過程を書けたなら嬉しいです。
物語はまだ途中です。
彼らがこれからどんな選択をし、どんな未来へ向かうのか――もしよろしければ、これからも見届けていただければ幸いです。
感想や応援は、次を書く大きな力になります。
ここまでのお付き合い、本当にありがとうございました。




