逃げんの? 5-1
ヒトって不思議なんです。
いろんなことがわーっと来ると、自分の気持ちより先に、状況に慣れる方に頭も神経も使うみたい。
ゼフィルさんに「逃げたいと思うけど我慢して」って言われて、あれ? そもそも逃げる気あったっけ? と思ったわたしですが、それを考えるより先に振ってくるイベントの嵐が凄かった。
言われるまま着いてった、ゼフィルさんの仕事。
花びらの収穫。
薔薇園に入って、手を動かしたと思ったら、突然風が巻き起こって綺麗に花びらがしゅるるるって! かごの中に収穫されていくんだよ!
それがまるで映画の中の一幕みたいで、真っ青な空に、赤い花びらが吹雪を作ってるの。見惚れちゃって凄かった。言葉がない。語彙力が無さ過ぎ。
ゼフィルさん曰く、この花びらは清流で洗った後、はちみつや砂糖に漬けて、ジャムや花蜜餡になるんだって。
なにそれ美味しそう。
めっちゃ食べたい。
桜餅とかそんな感じだよねたぶん。食べたーい。
とか考えてたら、川で花びらを洗う女性に「新物ができるまで待ちな~」と笑われてしまいました。顔に出てたみたい。ガチで恥ずかしいです。
話しかけてくれた〈花びらむすめさん〉たちの言葉をまとめると、ゼフィルさんの風の扱いは天才的なんだとか? 才能があるらしいんだけど、ゼフィルさんあの調子だから、何とか言ってあげてくれと言われました。
わたし。奴隷なんですけど。
──そんなこんなで、帰宅です。
■
──オルマナの空が夕焼けに染まるころ。
昼間の花びら娘たちが、少々寒そうに店の前を通過するのを眺めながら、ぼぅ……っと意識を飛ばすのはモナである。
まったく手入れされていない軒先カウンターの中から、焦点の合わぬ青の瞳でとらえるのは、石畳の向こうの木々。
川と街を繋ぐこの道は、商売に向かないと思いきや──意外にも人々の通用路であり、花びら娘たちの帰り道なんだとか。
──そんな情報も、頭の隅っこに。
思い出すのは見てきたことと聞いたこと、そして──言われたこと。
頭の中に声が蘇る。
〈オレから離れないで〉
〈首……、わかんだろ?〉
それは、昼間。
ゼフィルに言われた意味深な言葉。
その時の複雑そうな顔に不安を覚えて、モナの両手は自然に、自分の首元に触れた。
体温が移り生暖かい首輪は、相変わらず固く、自力で外せそうもない。
……というより、力を入れてみる勇気もない。
こんなところに着けるアイテムなんて、爆弾か電撃が走るに決まっている。
──でも。
「……〈離れないで〉って言うのがね──? GPS? いや、GPSないよねココ。じゃあ、魔力感知で逃走確認でドカンとか?」
首に触れてぶつくさ。とてもじゃないが「首に爆発物(?)を付けられている人間だとは思えないテンションで、ぼそぼそ、じとーっ。
「──こわ──っ……、無理すぎる。魔法なんて素敵なものを、奴隷の逃走防止に使うかなあ……ふつう……」
俯くと同時に流れてくる赤い髪色もスルーして、まるでボールペンの使用感を述べるように言う彼女には、当事者感がない。
どこまでも平和ボケ。
生まれた時から不況の世。
戦争なんて画面の向こうでしか知らないモナの脳が、イモずる式に引き合いに出したのは〈どこかで見た戦争の動画〉だ。
「──いや……使うか。地球だってテクノロジーに殺傷能力搭載して戦争してるし、なんでそういうところに技術使うかなあ……はあ~」
──どこにいても武力統制や恐怖での支配ってもんは絶滅しないのね──
なんて。
気だるげに息をつき、モナはなんとなく、カウンターの向こう側に目を向けた。
大きな青の瞳に映るのは、日本では見たことのない木々。
思い出すのは、今日のオルマナの景色。
旅行に来たような感覚がなのがまだ、不思議で。
魔法も目の当たりにしたのに、まだどこか非実感。
──ほら、あの花だって、名前しらない、見たことない花。
…………あれってなんて花だろう?
っていうか花なのかな──
それは、石畳の向こう側、森と道とのはざま。
低木の垣根の足元に、ひっそりと伸びた植物に目が留まる。
──一言でいえば飴細工。
茎はすらりと一本、ヒガンバナのようにすらりと伸びているが、咲き誇る花の部分はガラス色。透明でとがった花びらが何重にも幾重にも重なって、ラベンダーみたいな色で……
──あれって花なの?
そう思った時には、モナは立ち上がりカウンター脇を抜けていた。
あんなの見たことない。
花なのか葉なのかわからない。
──もっと近くで見たい──
「──────にげんの?」




