悲しき社畜のオートモード 4-1
青みかかった石の扉を開ければ、広がるのは石造りの店内。充満する粉の匂いに、モナは思わず立ち止まり瞳を惑わせた。
奥に控えるカウンター。
客は数人。
右側に丸いテーブルがひとつ。
壁に着けられた棚に並ぶ〈粉の瓶〉。
壁沿いには、所狭しと並べられた大きな袋。
見立て50キロ以上の粉が入っていそうだ。
特筆すべきは、何と言っても床だろう。
明らかに何かの陣が描かれており、踏むのも入るのも勇気がいる。
まさに〈異世界の問屋〉を具現化した店内に、モナが躊躇する隣。
ゼフィルは躊躇いもなくその床を踏むと、その足元。淡く光る魔方陣をもろともせずに、まっすぐ店主の元へ歩いていくのだ。
「──よ。コナのおやじ。注文してたもん、入った?」
「ようゼフィル。おうよ。上等なもんが手に入ったぜ」
──魔法陣床の向こう側。
カウンターを挟み、白い粉の入った瓶を囲んで、にやりと笑うゼフィルと店主は、どこからどう見てもイケナイ薬の密売であり──
モナの中、試験管の水溶液を振る警察官の画が頭をよぎった。……違うことは解っちゃいるのだか。
「モーナちゃん? どした? 中入っておいでって!」
「え、あ、いや……」
「あ。〈床〉? だよな魔法慣れてないもんな」
たじろぐモナに、ゼフィルは納得したように言いながら、手を引いた。
彼曰く、床の魔法陣は、除湿・乾燥・防虫の力があるらしい。食材を扱う店舗には必ず刻印されているのだとか。上を通るたびに淡く光るのは、服や髪に付着した虫を殺し落とすためらしい。
なんてハイスペな魔法陣なのよ。
日本の家の基礎に彫り込みたい。
覚えて帰ったらぼろ儲けだろうな……
あ、その前に動画やマスコミに晒されて精神病むかな……
と、頭の片隅で考えるモナを、大丈夫だと思ったのだろうか。ゼフィルは店主と何やら軽く話すと、「ちょっと倉庫行ってくるから。モナちゃん、この店から出ないでね」と言って、奥の方へ消えてしまった。
──残されたのは、数人の客と、モナと、入れ替わりでカウンターについた気弱そうな青年である。
しいん……と落ちた沈黙。
他の客の気配。
そんな空気に、モナは、いち、にい、さんと呼吸を置いて、改めて店の中を見渡した。
そこまで広くないが、ぎっしりとものが並んだ店内。
青い瞳を巡らせ、全身で息を吸う。
棚の上に並んだ粉は、雪色・栗色・石灰色。薄い緑に、ほんのり赤いものもある。そんな色から、勝手に想像する、〈味〉。
赤いものはイチゴ風かな?
薄緑はヨモギやピスタチオかな?
たぶん小麦粉だと思うけど、もしかして違う粉だったりするのかな──
──と。
ほんわり思考を飛ばすモナの隣を、次の瞬間。
彼女の赤髪が揺れる勢いで人影がすり抜けた。
それを目で追おうとした時、怒りに満ちた声は、カウンターから飛んできたのだ。
「──ちょっと! なんなのよこれは!?」
殴りこみに来たのは、恰幅のいい中年女性だ。
ところどころ粉の汚れを付けたエプロンをそのまま、気弱そうな青年店員に袋を叩きつけると、
「この前買った〈緑粉〉、前のと全然色が違うんだけど!?」
「…………ぁぇ」
「絶対妙なもん混ぜたでしょ! 店主呼びなさいよ!」
────うわぁ……クレームだ。
めんどくさいなあ……
仕事中じゃあるまいし、近寄らないでおこ……
「聞いてんの!? ねえ、こっちは緑の発色に生活かかってんのよ!! いい加減なもん売ってんじゃないわよ! ね! あんたもそう思うでしょ!?」
「────わたし!?」
いきなり。
そっと離れようとした矢先、どでかい声で話を振られ、モナは素っ頓狂な声を上げた。
ちょ、ちょっとまって?
わたし?
わたしに聞かれてもわからないけど?
え?
混乱だ。
飛んだとばっちりだ。
しかし。
思考がめぐる。
この場を潜り抜ける方向で。
答えなきゃ駄目?
怒られるのヤだ。
でも待って?
他のお客様もいらっしゃるし、あそこのお客様なんてなにかを買おうとしてるっぽいし、このまま気弱そうなお兄さんに対応させても駄目っぽいし、だけど今就業中じゃない──
と、巡るモナのその前で。
クレーム夫人は先ほどより勢いをつけて店員に詰め寄ると、
「そうよ! 前より質が落ちた! 主人もそう言ってる! 絶対余計なもん混ぜてんのよ!! いい加減にしなさいよ責任者呼びなさい責任者!!!」
「──────恐れ入ります、お客様~」
刹那。
──考えるより早く。
モナの口から滑り出たのは、〈丁寧な接客〉、〈綺麗な笑顔〉。
「もしよろしければ、お話をお伺いしてもよろしいでしょうか? お時間はございますでしょうか──」
「……は、はあ? アンタ、店の人間??」
怪訝な顔に、頭の裏で(なにやってんのわたし)と思うが、動作も言葉も止まらない。学生時代のアルバイトで身に着けた所作が、コルセンで刷り込まれたマニュアル用語が、口から勝手に流れ出ていく。
「いえ。外部のものでございます。しかしながら、ご指名頂きましたゆえ……共に内容を把握し、最善の方法を考えさせていただければと存じます──」
言いながら、モナは店の青年にひとこと。
「恐れ入りますがこちらのお席をお借りしてもよろしいでしょうか?」と、お伺いを立てて腕を伸ばし、面を喰らうクレーマーをご案内。店の隅、丸テーブルの前の椅子を音もなく引くと、
「──さあ、どうぞこちらへおかけください。お足元お気を付けください。お荷物はこちらです」
最早、流れ作業である。
条件反射・自動的に対面オペレーションモードに入るモナ。
戸惑うクレーマーの前にかけ、にこりとほほ笑むと、すぅ……と右手をテーブル中央に出し、
「本日はお時間いただきありがとうございます。担当を務めますシノヅカと申します。ご意向に沿えない可能性がございますが、できる限り務めさせていただきますので、まず──」
無意識に 指先探す キーボード。
いつもの感覚で、あるはずのないテンキーとキーボードを求めつつ、口がマニュアルを再生し続ける。
「お客様のお名前と生年月日を〈西暦で〉頂戴してもよろしいでしょうか──」
「──は? セイレキ?」
「大変失礼いたしました、お名前だけで結構でございます──」
──っていうかお名前もいらねーよ何やってんのわたし~~~~ッ!
そこまで流して、モナは気付いた。
ここが異世界であること。
顧客データなんぞ存在しないこと。
それらが、羞恥と居たたまれなさと逃げたい衝動で暴れまわる中。エガオ・笑声はそのままに、むなしく机を叩く指先を握り、叫ぶ。
なにやってるんだろう、わたし。
なにやってるんだろう、まじで。
心の底そう思うのだが、一度滑り出した悲しき社畜モードは止まらないのだ。
「マーサ・オサバよ」
「マーサ・オサバ様。それでは改めましてご用件をお伺いいたします──」
ああああ、癖が。
仕事の癖がぁ────ッ……!
──かくして。
粉屋の片隅、テーブルで。
なぜか外部顧問と化したモナの、自動テンプレモードは、領域を展開していくのであった……




