表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/46

悲しき社畜のオートモード 4-1

 


 青みかかった石の扉を開ければ、広がるのは石造りの店内。充満する粉の匂いに、モナは思わず立ち止まり瞳を惑わせた。




 奥に控えるカウンター。

 客は数人。

 右側に丸いテーブルがひとつ。

 壁に着けられた棚に並ぶ〈粉の瓶〉。


 壁沿いには、所狭しと並べられた大きな袋。

 見立て50キロ以上の粉が入っていそうだ。



 特筆すべきは、何と言っても床だろう。

 明らかに何かの陣が描かれており、踏むのも入るのも勇気がいる。


 まさに〈異世界の問屋〉を具現化した店内に、モナが躊躇する隣。


 ゼフィルは躊躇いもなくその床を踏むと、その足元。淡く光る魔方陣をもろともせずに、まっすぐ店主の元へ歩いていくのだ。




「──よ。コナのおやじ。注文してたもん、入った?」

「ようゼフィル。おうよ。上等なもんが手に入ったぜ」



 ──魔法陣床の向こう側。

 カウンターを挟み、白い粉の入った瓶を囲んで、にやりと笑うゼフィルと店主は、どこからどう見てもイケナイ薬の密売であり──



 モナの中、試験管の水溶液を振る警察官の画が頭をよぎった。……違うことは解っちゃいるのだか。



「モーナちゃん? どした? 中入っておいでって!」

「え、あ、いや……」


「あ。〈床〉? だよな魔法慣れてないもんな」



 たじろぐモナに、ゼフィルは納得したように言いながら、手を引いた。



 彼曰く、床の魔法陣は、除湿・乾燥・防虫の力があるらしい。食材を扱う店舗には必ず刻印されているのだとか。上を通るたびに淡く光るのは、服や髪に付着した虫を殺し落とすためらしい。



 なんてハイスペな魔法陣なのよ。

 日本の家の基礎に彫り込みたい。

 覚えて帰ったらぼろ儲けだろうな……

 あ、その前に動画やマスコミに晒されて精神病むかな……



 と、頭の片隅で考えるモナを、大丈夫だと思ったのだろうか。ゼフィルは店主と何やら軽く話すと、「ちょっと倉庫行ってくるから。モナちゃん、この店から出ないでね」と言って、奥の方へ消えてしまった。



 ──残されたのは、数人の客と、モナと、入れ替わりでカウンターについた気弱そうな青年である。 

 


 しいん……と落ちた沈黙。

 他の客の気配。

 そんな空気に、モナは、いち、にい、さんと呼吸を置いて、改めて店の中を見渡した。



 そこまで広くないが、ぎっしりとものが並んだ店内。

 青い瞳を巡らせ、全身で息を吸う。


 棚の上に並んだ粉は、雪色・栗色・石灰色。薄い緑に、ほんのり赤いものもある。そんな色から、勝手に想像する、〈味〉。



 赤いものはイチゴ風かな?

 薄緑はヨモギやピスタチオかな?

 たぶん小麦粉だと思うけど、もしかして違う粉だったりするのかな──



 ──と。

 ほんわり思考を飛ばすモナの隣を、次の瞬間。

 彼女の赤髪が揺れる勢いで人影がすり抜けた。


 それを目で追おうとした時、怒りに満ちた声は、カウンターから飛んできたのだ。



「──ちょっと! なんなのよこれは!?」



 殴りこみに来たのは、恰幅のいい中年女性だ。

 ところどころ粉の汚れを付けたエプロンをそのまま、気弱そうな青年店員に袋を叩きつけると、

 


「この前買った〈緑粉〉、前のと全然色が違うんだけど!?」

「…………ぁぇ」

「絶対妙なもん混ぜたでしょ! 店主呼びなさいよ!」



 ────うわぁ……クレームだ。

 めんどくさいなあ……

 仕事中じゃあるまいし、近寄らないでおこ……



「聞いてんの!? ねえ、こっちは緑の発色に生活かかってんのよ!! いい加減なもん売ってんじゃないわよ! ね! あんたもそう思うでしょ!?」

「────わたし!?」



 いきなり。

 そっと離れようとした矢先、どでかい声で話を振られ、モナは素っ頓狂な声を上げた。



 ちょ、ちょっとまって?

 わたし?

 わたしに聞かれてもわからないけど?

 え?



 混乱だ。

 飛んだとばっちりだ。

 しかし。


 思考がめぐる。

 この場を潜り抜ける方向で。

 


 答えなきゃ駄目?

 怒られるのヤだ。


 でも待って?

 他のお客様もいらっしゃるし、あそこのお客様なんてなにかを買おうとしてるっぽいし、このまま気弱そうなお兄さんに対応させても駄目っぽいし、だけど今就業中じゃない──

 

 と、巡るモナのその前で。

 クレーム夫人は先ほどより勢いをつけて店員に詰め寄ると、



「そうよ! 前より質が落ちた! 主人もそう言ってる! 絶対余計なもん混ぜてんのよ!! いい加減にしなさいよ責任者呼びなさい責任者!!!」

「──────恐れ入ります、お客様~」



 刹那。


 ──考えるより早く。

 モナの口から滑り出たのは、〈丁寧な接客〉、〈綺麗な笑顔〉。


「もしよろしければ、お話をお伺いしてもよろしいでしょうか? お時間はございますでしょうか──」


「……は、はあ? アンタ、店の人間??」



 怪訝な顔に、頭の裏で(なにやってんのわたし)と思うが、動作も言葉も止まらない。学生時代のアルバイトで身に着けた所作が、コルセンで刷り込まれたマニュアル用語が、口から勝手に流れ出ていく。



「いえ。外部のものでございます。しかしながら、ご指名頂きましたゆえ……共に内容を把握し、最善の方法を考えさせていただければと存じます──」



 言いながら、モナは店の青年にひとこと。

 「恐れ入りますがこちらのお席をお借りしてもよろしいでしょうか?」と、お伺いを立てて腕を伸ばし、面を喰らうクレーマーをご案内。店の隅、丸テーブルの前の椅子を音もなく引くと、



「──さあ、どうぞこちらへおかけください。お足元お気を付けください。お荷物はこちらです」



 最早、流れ作業である。

 条件反射・自動的に対面オペレーションモードに入るモナ。

 戸惑うクレーマーの前にかけ、にこりとほほ笑むと、すぅ……と右手をテーブル中央に出し、



「本日はお時間いただきありがとうございます。担当を務めますシノヅカと申します。ご意向に沿えない可能性がございますが、できる限り務めさせていただきますので、まず──」



 無意識に 指先探す キーボード。

 いつもの感覚で、あるはずのないテンキーとキーボードを求めつつ、口がマニュアルを再生し続ける。



「お客様のお名前と生年月日を〈西暦で〉頂戴してもよろしいでしょうか──」

「──は? セイレキ?」

「大変失礼いたしました、お名前だけで結構でございます──」

 ──っていうかお名前もいらねーよ何やってんのわたし~~~~ッ!




 そこまで流して、モナは気付いた。

 ここが異世界であること。

 顧客データなんぞ存在しないこと。 


 それらが、羞恥と居たたまれなさと逃げたい衝動で暴れまわる中。エガオ・笑声はそのままに、むなしく机を叩く指先を握り、叫ぶ。



 なにやってるんだろう、わたし。

 なにやってるんだろう、まじで。


 

 心の底そう思うのだが、一度滑り出した悲しき社畜モードは止まらないのだ。



「マーサ・オサバよ」

「マーサ・オサバ様。それでは改めましてご用件をお伺いいたします──」



 ああああ、癖が。

 仕事の癖がぁ────ッ……!

 


 ──かくして。

 粉屋の片隅、テーブルで。

 なぜか外部顧問と化したモナの、自動テンプレモードは、領域を展開していくのであった……






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ