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風の街・オルマナ 3-2



「────ア! 見っけた! ゼルーっ! セルマール!」



 風の街、オルマナのメイン通り。

 モナとゼフィルの間を切り裂くように、元気よく飛んできたのは、女の子の声。


 

「……〈ゼル〉?」

「お~。ネリーじゃん。せるまー」


 繰り返しながら振り返るモナ。

 かる~く、脱力しながら手を振るゼフィルの、その視線の先。

 駆けよってくるのは金髪の少女だ。


 あどけない笑顔に桜色の瞳。

 身長はゼフィルより少し小さめ。

 日本基準なら「スタイルのいいモデル体型」。

 青空に煌めく金の髪はひとつに束ねられており、耳うえの編み込みが可愛らしい。


 そんな、ネリーと呼ばれた少女は、即座にゼフィルの隣に着くと、じろり。


  

 ──うっ。


 刺さる、桜色の警戒心。

 明らかに異物として認識されてる。

 その感覚に、モナが僅かに目を見開いたその瞬間、ネリーの訝し気な問いが飛ぶ。



「……ダレ? この子……」

「〈モナちゃん〉。掃除と挨拶のプロ」

「ちが! 違う、違います、えっと」



 軽く言われて首を振り、即座に向き直り背筋を伸ばして──、”すぅっ”。


 瞬時、社会人のスイッチが入る。



 名乗らねばならない!

 社会人として、誤解の無いように!



「初めまして。ご紹介に預かりました、わたくし株式会社ヨキ・アンサーズのシノヅk……」


 ────チガウ。ばか。



「すみません、えと、モナです。ゼフィルさんのお家で奴隷(どれ)……」



 ──〈 奴 隷 〉?



 フリーズ。


 えーと。

 これ、奴隷って言っていいの?? 「奴隷として買われました」って言っていいの? この子、絶対ゼフィルさんのこと好きなのに? 「ゼフィルさんに買われた奴隷です~!」なんて言っていい??


 

 ──瞬時に混乱におっこちて。

 瞬間硬直したモナが絞り出したのは、ぎこちなさすぎる定型文だった。



「おせ、お世話にナッテいまス……???」

「ゼル……コノ人、だいじょうぶなの?」

「あははは、出た出た! モナちゃんの不思議用語っ。おもしれーだろ? あはははは!」

「……す、すいません……」



 怪訝のネリー。

 愉快なゼフィル。

 そんな二人に背を丸めるモナ。


 

 自分のぎこちなさに嫌気がさしてきたモナの前、現地人組の二人は仲がよさそうだ。ゼフィルの横に着いたネリーは、その瞳で彼を見上げると、



「ッテいうかゼル、また奴隷買ったの?」

「ん? まあ」

「ゼルってオヒトヨシよね。変わってるっていうか」

 


 腕を組んであきれ顔。

 そんなネリーに、モナの中、──幻の声がする。


 彼女の表情が語っているのだ。


 『でも、そんなゼルが好きなんだけどねっ』。


 ですよねわかりますっ。


 声に出していないそれを補強して。

 うんうん頷くモナ・シンドバルト。

 そしてモナは視聴者モードに入った。



 わかるのだ。

 ネリーのこの喋り方、眼差し・声の作り方。

 ──この先美味しいのが待ってるに違いないッ……!

 


 一歩距離を取り、心の司令官を召喚して。

 脳内でゆるやかに指を組み、静観するモナの視界の中央で、ネリーが動く。ゼフィルの右手を両手で握り、上目遣いで見つめると、

 



「ネ。ゼル。今年の風献祭(ふうけんさい)、お祈り側で参加できる? “風と夢を結ぶ日”だよ? 羽根飾り(アメルナ)一緒に飛ばそ?」

「──いや~……無理じゃね? 誰が風起こすんだよ」

「……んんん、もう~っ……!」



 言いながら、腕をブンブン。

 ぷくっと膨らむほっぺ。

 きゅっと見上げる目。


 あ──っ、あ──ッ。



 ネリーのわかりやすい求愛と、それを躱すゼフィルの構図に、モナが全身で萌えを押し殺す中。彼の参った視線がこちらに向いて、



「モナちゃん、えーと、こいつとは長くてさ」


 うん、わかる。わかる。

 ネリーさん、ゼフィルさんのこと、好き……!

 だけど、ゼフィルさん的には恋愛未満かな?


「幼馴染……っていうか、妹? みたいな?」

「イモウトって! ゼル、ひどいっ」



 ──きゃわ~っ……!

 ねえ、今の聞いた!? 完全に恋する乙女……ッ!

 きゃわぁぁぁぁ……!



「妹だろ~? どこをどう見ても~」

「アタシもう19なのに! 子どもじゃないのにっ」



 あ あ あ あ あ。

 きゅう────んっ。

 近所の年の離れたお兄ちゃんに恋する女の子だ!

 ああああっ……!



「いやいや。だーめだって。オレみたいなのじゃなくて、ちゃーんとした男にしなさい」

「ゼル以上な人なんていな…………って、エ? ナンデ、笑顔なの……モナ、サン……」

「──あ、すいませんお気になさらず……♡」




 ドン引きのネリーをもろともせず。

 モナは全力萌え微笑をたたえて、菩薩のように首を振った。


 こちとら限界社畜である。

 こんな全力少女漫画展開を見せられて、頬が緩まないわけがない。



「……はぁ~……尊い……栄養~……」


「…………ゼル、コノヒト大丈夫なの」

「も、モナちゃん? あー、大丈夫? な、なんか食った? 空気? 空気食えるの?」

「あ、すいません、潤う~……潤うわぁ……」



 モナは完全に楽しんでいる。


 こういうところからしか得られない栄養素があるのはそうなのだが、あまりのトロけっぷりにゼフィルが動揺しているのにも、ネリーにドン引きれているのにも気づかない。



 久方ぶりの胸キュンを、青春と憧れと夢を閉じ込めた菩薩顔で噛みしめるモナを目に。


 次の瞬間、ネリーの、遠慮のない、怪訝な音は、ざっくりと降り注いだのである。






「──ゼル。悪いこと言わないから手放した方がいいと思うの。このヒト」

「 ネ リ ー。そういうこと言ったらダメだろ?」

「……ごめんなさい……」



 あっ。あっ。

 そんな、ゼフィルさん、怒らなくても。



 完全に色の変わったネリーに、モナは胸の中で、あわわと唇を震わせた。


 まさか自分のせいでネリーが怒られるとは!

 そんなつもりじゃなかったの、ゼフィルさん!



 ──と、言いたい気持ちも刹那。

 モナを置き去りにして、ゼフィルはネリーに息をつくと、



「いーって。でも、気ぃ付けろよ?」

「……ウ、ウン。あの、怒って……ない?」

「怒ってねーって。ほら、おじさん呼んでる」



 ゼフィルに言われて眉を下げて。

 ドギマギと問いかけたネリーに、彼が返したのは通常の音。

 そんなゼフィルに頷いて、ネリーは金の髪を翻し駆け出していく。



 ──そして、残ったのはモナとゼフィルだ。

 彼女を瞳で追いかけるモナとは対照的に、



「はあ……」



 目線は下。

 眉を寄せながらガリガリと後ろ頭を掻くゼフィル。

 その様子は心底参った様子で、そんな彼に──、モナは軽く首を傾げると、




「どうしたんですか? ため息ついて」

「──や。断ってんだけどなあ。オレ……」



 ぼりぼり、がりがり。

 そこから透ける、〈まんざらなんて微塵もない〉空気。

 そんなゼフィルにモナは思いっきり首を傾げた。

 あんなに可愛らしいのに。



「? えーと、好みじゃない……んですか?」

「あの子、取引先の娘さんだぜ? むりむり」


「……お金持ち……なんですか?」

「──そう。お嬢様だよ」


「逆玉の輿じゃないですか。ダメなんですか?」

「駄目。ぜってえ無理」



 思いのほか、スパンと言うゼフィル。

 その音に混じるのは完全な拒否だ。

 嫌悪こそないものの、滲む「無理」をそのままに、ゼフィルはもう一度、大きなため息を吐くと



「この街で一番でっけえバラ園の跡取り娘。相手は小さいころから決まってんの」

「……なるほど、許嫁ってやつですね……」


「そ。そんな子に手ぇ出してみろよ。オレ、この街で商売できなくなるって」

「──ああ~、なるほどぉ~……。でもそれで盛り上がる恋とか、あったりしません?」

「モナちゃん? なんか期待してね?」

「あ、いえ……、えと。恋は、自由だと、思ってます」



 少々怪訝に返されて。

 モナは、慌てて瞳を惑わせ、ぎこちない答えを吐いた。



 ……期待したのは事実だ。

 まるでドラマや漫画の中のような展開に、心が躍った。

 けれど、ゼフィルにとっては現実で……

 〈これ以上浮ついてたら失礼な案件だ〉と、咄嗟に悟ったのである。



 ……ああ、バカ。他人事だと思って。


 胸の浅瀬に広がる苦みを平らに伸ばしつつ、こっそりと自分を諫めるモナの隣。ゼフィルはゆっくりとした動きで腕を組むと、



「……人には、さ」



 通りの向こう。

 ネリーの消えたほうを眺めながら、じっくりと続きを放つ。



「生まれながらの立場とか、階級とかがあんの。それ無視して感情に食われると、いいことねーの。……わかんだろ?」

「……はい……」



 まるで、体験したように言う彼。

 そんな言葉に頷きながらも、モナはそっと、青い瞳で彼を捉え考えた。



 目に映るゼフィルは、割り切ったように言いながらも、どこか寂しそうな苦しそうな──諦めの混じった色を湛えており──


 それが、妙に残る。

 言ってることは本心なのだろうが、〈その奥〉。

 なにかしらの影を感じてしまう。



 ……気のせい……かな? パターンで読めば、こういう場合なにかしらの過去があったりするんだけど──



 と、無意識のうちにストーリーパターンを当てはめるモナの前。ゼフィルの色が、ぱっと変わった。


 纏っていたくすみ色をさらりと切り替え、からりとした顔でこちらを見ると、




「まー別に? モナちゃん責めたいわけじゃねーし。畏縮させたいわけでもねーから。この話はここで終わりな?」

「──あ、はい、すいません」

「怒ってねえって。じゃあ、着いてきて? 今日はちょっと行くとこ多くて。ごめんな~」


 




 ※



 案内されたのは、粉の店だった。


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