風の街・オルマナ 3-1
──オルマナの一日。
それは、豆と干し肉と「セルマール」という挨拶から始まります。(ゼフィルさんは「せるまー」と略してる)。
「飯ならオレ、作れっから」と仰るゼフィルさんが出してくれた食事は、山盛りの豆とカピカピの干し肉でした。
言っちゃ悪いけど貧相な食事に、(やっぱり奴隷だもんね、だよね)……と凹んだのですが、どうも違くて。
ゼフィルさんもおなじメニューでした。
むしろわたしのより山盛り。
それを、ぽりぽり食べるゼフィルさん。
カピカピの干し肉をおいしそうに食べるゼフィルさん。
カルチャーショックです。
わたしがこっそり(……口の水分が持ってかれる……)と思いながら、ちまちま食べてたら、「食欲ない? だいじょぶ? てか足りる? 肉、オレの分も食べる?」と、気遣い全力。
やめて??
優しくしないで??
そんなに優しく気遣いされたら、わたし……「豆が味気ないです」なんて言えないじゃない。
「豆は美味しいんですけど、塩味がちょうどよくて美味しいんですけど、スープとか……、コーヒーとか、カフェオレとか……贅沢言わないからせめて牛乳とか欲しいです……!」
なんて言えない。
出してくれてるのに言えない。
で。
今日は街に出るようです。
案内ついでのお買い物とお仕事だそうです。
仕事……、〈仕事〉。
その一言はわたしの心を一突きしましたが、見慣れない世界と非日常に、ちょっと浮ついてマス。
この身体も乗っ取ってるかもしれないのに、あああすみません。ごめんなさい。
お許しください仏様。
※
────風の街・オルマナ。
人口およそ800人。
オルマ山脈のふもと、豊かな緑と岩肌に抱かれた小さな街です。
王都アヴァリムと港町サンデルアを結ぶ街道中ほどに位置するこの街は、旅人たちの生命線。
のどかな街には今日も、かぐわしい匂いと陽気な「こんにちは!」が響いています。
街を歩けば、目を引くのは白く乾いた石壁の建物。
漆喰と濃緑色の瓦が印象的なメイン通りは、「風吹き通り」と呼ばれ、来るものを優しく包みます。
細い通りに面した家々には、ローズの鉢植えや小さなハーブの花壇たち。どこか懐かしい空気はほのかに甘く、今日も人々の笑顔を作るのです。
街の南を悠々と流れるネルブア川は、暮らしを支える命綱。季節ごとにその岸辺の風景も変わります。
春には花蜜餡の花びらが水面を彩り、夏には生きの良い魚の跳ねる音。
悠久の時が流れます。
実はこの街、綿と羽毛の産地。
その寝具は質が高く、多くの旅人に人気なのだそう。
耳をすませば、ほら。
機織りの音が聞こえてきますよね。
──そんな街の片隅。
ネルブア川と街を繋ぐ静かな通り沿いに、その店はあります。
〈製麺工房ローダー〉。
地元で有名な製麺所です。
そこを営むのは、ゼフィル・ローダーさん。
地元でも評判の若き麺職人。
彼は笑顔で語ります。
「やっぱり、護っていきたいっすよね。オルマナの伝統ってやつ。みんな笑いますけど、オレは、やりがい感じてるんで」
そう話すゼフィルさんは、楽しそうに、タネに油を注ぎます──
────なんて。
旅番組風のナレーションを脳内で流しつつ。
アッシュゴールドの短髪を風に流しながら、街を案内してくれるゼフィルを隣に、オルマナに圧倒されているのは、篠塚モナ。
ここでの名前を〈モナ・シンドバルト〉。
どこに出しても恥ずかしくない、日本人社畜の転生者である。
ちなみに、先ほどのゼフィルは捏造だ。
モナの頭の中で再生されるゼフィルは、真っ白い粉まみれになりながら、どこか達成感のある瞳で画面に笑いかけているが、それは幻。
現実は、隣で「ここが風吹き通りな~、で、あそこが小麦屋、こっちが果実屋」と、丁寧に説明してくれている。
──それを必死に飲み込みながらも、モナの中では、今。感動と悔しさが入り乱れ、感情が大渋滞していた。
とてもじゃないが処理しきれない。
オルマナの街は綺麗だ。
白い壁、深緑の屋根、低い家屋に、見上げれば──広く青い空。
漂う空気に混じるは、ガソリンでも埃でも、油の匂いでもなく、ふんわりとした花の香り。
昼前だからだろうか。
並ぶ家々からはそれぞれ、何かを調理している匂いがする。
空を見上げれば、そこにいるのはドラゴンなのか巨大な鳥なのかもわからない生き物。
道を走り抜けていった動物は、キツネとネズミと犬の良いとこどりしたような、どこか既視感のある未知の存在──。
もう、両手を合わせて感動である。
ゼフィルの前でなければ「やばい。マジ無理。エモい」を繰り返し、スマホで動画を撮りまくっていた。
──のに、今のモナには、それを納める術がない。
純度200%のファンタジーを目の前に、写真の一枚も撮れない苦悩。動画の一本も撮れない悔しさ。
こんなことあってたまるか。
ああああ全部撮りたい納めたい。
異国の空気、皆背が大きい!
なんて素敵なファンタジー!
…………なのに、なのに……!
「スマホが無いなんて……ッ!」
「モナちゃん? どしたー?」
「すいませんなんでもないんです、すいません……」
行先もわからぬまま、ゼフィルの隣で悔しさの拳を握りしめたところ、振ってきた軽い声に首を振る。
事情の知らぬゼフィルからすれば、分からぬ単語を呟く怪しい奴隷でしかないのはわかっているのだが、いかんせん──異世界旅行奴隷ルート(?)の二日目である。しみついたスマホ依存が抜けるわけがない。
そんな、現実脳を搭載したまま。
モナは、その青い瞳に景色を映して考えた。
……でもこれ、ほんと一体どうなってるんだろう。
マジで異世界?
夢の中ってことあるよね?
──と、考えながら瞳をくるり。
未だ慣れぬ自分の赤髪を揺らして顔を上げ、流れるように見上げるゼフィルの横顔。
アッシュゴールドの髪はさらさら王子様。
オリーブグリーンの瞳も優しくきらきらしてる。
明らかに「ファンタジーの中の人」。
だけど言葉は通じているわけで──
「やっぱ夢なのでは……? だって言葉通じてるし日本語だし……」
「ん?」
「あ! いえ、なんでも! す、すみませんっ」
疑心暗鬼の独り言を拾われて、モナは慌てて片手をあげ首を振った。
まったく、我ながらぎこちなくて仕方ない。
というか、異世界でも「あ、すいません」を連呼している自分にげんなりする。
ゼフィルの話もきちんと聞かねばいけないのに、どこか右から左だ。いずれそのうち買い物も頼まれるだろうし、店の位置ぐらい把握しておかなければならないのに──
──と、思いながら見回して。
柔らかに風吹く商店街の軒並に、モナは、ぽっそりと声を上げた。
「……ゼフィルさん、ここって──、文字、あんまりない……んですか?」
「文字?」
「ほら、全部看板が”イラスト”……、”小麦”・”魚”・”油”……」
言いながら指を指す。
商店に出された看板は全て絵が主で、文字らしきものが見当たらない。
隣でゼフィルが「字読めるヤツばっかじゃないから。絵のほうが楽なんだよ」と言っているのを聞きつつ視線を巡らせて────あれは?
「…………”ピザ生地”?」
「──あ、あれはラップルっつうの」
「らっぷる……?」
看板の謎の円形に呟くと、ゼフィルの得意げな声。
その陽気な声色に惹かれ顔を向ければ、彼は目を合わせにっこり微笑んで言う。
「小麦とか、豆の粉を水で溶いて、平たく焼いたやつ。野菜とか肉とか包んで食うんだよ。初めて見たんだ?」
「──あ。……トルティーヤ……ですかね?」
「モナちゃんとこではそう言うの? 美味いよ! 食う?」
「あ、いえいえいえいえ、いいですイイデス」
「────ア! 見っけた! ゼルーっ! セルマール!」
異世界転生系にチャレンジです!
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