急雲暗雷 3
『──空気に呑まれない』
それはモナが日本で身に着けた処世術。
〈テレサポとして、いついかなる時でも相手の言い分を理解し、飲み込まれないよう〉に言葉を返す。
この訓練だけは、嫌というほど積んできた。
魔導士協会・召喚の間。
自分を餌に、ゼフィルという天才を呼び戻そうと必死のグランアバールとゼフィルの対峙を目の前に、モナは静かに平静を取り戻しつつあった。
さっきは動揺した。
ゼフィルに追い打ちするようなことを聞いてしまったけれど、そこを悔い続けている場合じゃない。
──そう、自分を叱咤し心を保つモナをよそに、事態は止まらない。
グランアバールの言葉に、ゼフィルが、どんどん追い詰められていく。
「女。貴様はこいつが、異界研究に精を出し禁忌をおこしたことは知っているのか」
「……やめろ言うな」
「好奇心に抗えず、異界より数多のものを呼び寄せたのは知っているか」
「やめろ!」
「幾多の召喚物を犠牲にしたことは?」
「それはッ、それはしてない!」
「違う!
お前の研究がもたらした成果だ!
お前の罪だ!
お前が編み出したのだ!」
「──やめてくれッ!!」
──そう、叫ぶグランアバールと彼の叫びを遠目に。
落ち着きを取り戻したモナは、静かに思考を巡らせていた。
こいつ一体なんなの?
なにがしたい?
なにが言いたい?
っていうかさっきから、言ってること滅茶苦茶。
ゼフィーをどうしたいのよ。
「……ふ、はははははは。ほら見ろゼフィル! 女はお前を怖がっている! お前の罪を知り、恐れ慄いている!」
怖がってない。
わたしを罪の塊みたいに言うな。
というか、さっきの〈艶めきの板〉ってなに。
こいつら、なにを艶めきの板って言ってるの……?
ちらりと探るは、部屋の中央。
魔法陣のそばに建てられた、石台の上。
暗がりで良く見えないが、飾るように立てかけられたナニカ。
あれは、もしかして、でも……!
──迷いが走る。
あれが自分のモノだとは特定できないが、あのシルエットには見覚えがある。
「わかるだろう!? 才は人を遠ざけ恐れとなり、我々力あるものに降り注ぐのだ! 畏怖・侮蔑・憐憫・憎しみとなって降りかかる! それが真理だ!!」
──真理? へえ。
そんな迷いを引き戻すように。
響き渡ったグランアバールの演説に、モナの中、怒りが走る。
……まるで毒だね。
追い詰めて傷つけて、それで次は言うんでしょ?
甘く甘く、許してあげると言わんばかりの猫なで声で。
「……そんなものに心を許してはならない。
お前はここに居なければならない。
我々は恐れない。
さあおいで、ゼフィル。我が愛しい孫よ」
「────行くことない」
不気味なその声を蹴散らすごとく。
モナの、はっきりとした声は、闇と深緑の召喚の間に響いた。
集まる視線。
構える魔導士たち。
そんな彼らを気にもせず、モナは静かに踏み出し前に出る。
「行くことないよ、ゼフィー。このおじいさん、自分のことしか考えてないし、あなたに罪悪感植え付けて自分に従わせようとしてる。これ、典型的な毒親のパターンだから」
────カッツン。
わざと踵を鳴らして気を引いて。
「……モナ……?」
と力なく呼ぶ彼に、力強く。
「こんなんで支配しようとするなんてどうかしてる。
っていうかさっきから黙って聞いてれば、好き勝手言ってくれちゃって……!
言ってること滅茶苦茶だし、害悪すぎ……ッ!」
ため込んでいた怒りが声を震わせ熱になる。
割り込むのはゼフィルとグランの間。
動けぬ彼を護るように睨み上げるモナに、グランの問いが重く降る。
「女。なんだ」
「恐れ入りますが。ゼフィーを解放してくれませんか」
「笑わせるな。貴様が云える立場ではない」
「──さようでございますか。
なら、〈艶めきの板〉。
動かしますよ」
「「……なっ……!?」」
はっきりとした物言いに、魔導士一同に動揺が走る。
途端、複数の杖がモナに向けられ、床の魔法陣が淡い光を帯びて光出した。
──しかし、モナはその、光源が照らし出したソレを捉えて、にやり。
確信したのだ。
魔法陣の奥、石台の上。
淡光の中に立てかけられた〈あのシルエット〉。
──あれは、間違いなく自分のもの。
毎日毎日見てきた掌の相棒。
見間違えるわけがない。
まだ、残ってるかわからないけど、今できるのはそれしかない!
そんな覚悟を腹のうちに、モナは板をしっかり指さすと、グランに向けて口を開き、
「忘れてません? あれ、わたしのなんです。動かせるんですよ」
「動くな。貴様を貫くことなどたやすいのだぞ」
「ええ。動きません。わたしは。
でも、あれは動かします。
あれは、わたしにだけ応えてくれるから」
──緊張と度胸が、高揚になって渦を巻く。
アドレナリンの分泌が自分でもわかる。
まるで映画の中の主人公みたい。
口角が上がっちゃう。
きっと今、挑発的な顔してる……!
グランアバールの、見下し顔も気にならない。
「──ほざけ。手も触れられぬ状態でなにができる? 雑魚が口を挟むな」
「……わあ。」
思わず口をついて出た感嘆が、自分でも場違いに思える。
でも次の言葉は、意図して吐き出した。
「──すっごい悪役のセリフ。
感動しました。
死ぬまでに一度聞いてみたかったんです」
「──モナ……ちゃん?」
後ろのゼフィルが呆けた声を上げた。
それはそうだろうと、胸の内で呟いて、モナは静かに彼に振り向いた。
ゼフィー。
きっと今、色んなこと考えてるよね。
わたしが雑魚なの知ってるもんね。
でもゼフィー。
あのね、聞いて?
守られるだけが女じゃない。
「一か八か、かけてみる。雑魚は雑魚なりに、できることあるって、証明してみせる」
「……モナちゃ」
「ゼフィーあのね、忘れないで。
『わたし、あなたの罪じゃないから』。
『あなたに会えて嬉しいんだから』!
『あなたのこと怖いって思ったこと、一度もない』!」
好きな人がつらい時、何もできなくて何が女よ!
「なにするつもりだ止めろ!」
ゼフィルの気が大きく揺れる。
けれど、その躊躇いごと飲み込むように、モナは肺いっぱいに空気を吸い込んだ。
「応えて!」
その叫びは、石壁を震わせ、魔法陣の紋様にまで響いた。
それは何かの名のようで
一同が静まり返った時
光放つは〈艶めきの板〉
艶めく漆黒に魔球を現し、静かに答えたのである。
《──はい。私はここにいますよ》




