風献祭 2
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冷えて澄んだ空気が漂う、祭壇の丘。
魔法陣が彫られた石碑が埋められた祭壇の端。
ざわめきは遠く、まるでジオラマの中。
遠くで鳴る管楽器の音が余韻を届けている。
見上げる夜空は驚くほど静かだ。
漆黒の天盤に無数の星々を散らして、静謐に瞬いている。
少しばかりの月明かりが辺りを照らし、祭壇は、凛とした空気に満ちていた。
そんな中、預かり受けた光魔法のランタンを持ちながら、おずおずと口を開けるのはモナ・シンドバルト。
結われた赤髪を揺らし、青い瞳に遠慮を宿して首を傾げると、
「ねえゼフィー、わたし、ここに居てもいいの?」
「ん? いーの」
彼の答えは短く、背中ごし。
その肩越しに見える横顔は、どこか張りつめていて、モナの心は僅かにざわめいた。
そんな彼女をよそに、ゼフィルの呼吸音がやけに大きく響いて、
「つか、むしろ裏方でごめん。祭り、楽しみたかったかもしれねーよな~って、今更後悔してる」
「ううん、そんなことない。誘ってくれて嬉しかった」
「ん」
……返ってくる声は柔らかいのに、やはりどこかよそよそしく……モナの中、不安が育つ。
昨日のこと? 何かあったよね?
でも、わからない……
聞いていいかもわからない。
そんなモヤを絡ませて、次に彼女が取ったのは、別の話題をふることだった。
沈黙を散らすように。
少しでも話が弾むように。
モナは、大きく息を吸い込み夜空を仰ぐと、一拍。
声に、感心を乗せて言う。
「風献祭って、こんなに、風が見えるようになるんだね……すご。
肉眼でみえるの、すご……」
「魔力が乗ってんだ。ヴァルシェールの力、感じるだろ? オレも肌がびりびりしてる。はやいとこ魔力吸わせてえ……、相乗効果で押さえとくの大変なんだ、毎年」
……今度は流暢。
じゃあ、聞いてみてもいい?
「ねえゼフィー?」
「ん~?」
「……あの。どうかな? 民族衣装、着せてもらったの。似合うかな」
「…………ん」
──今度は一言。
まるで、〈これ以上言うことないから無理〉とでも言わんばかりの声色に、モナは視線を泳がせた。
……こうなると、不安だ。
ゼフィルは祭壇の中央で、そわそわしたり考え込んだり。
彼の考えが見えない。
いつも通り抱っこで飛んでここまで運んでくれたのにぎこちない。会話が弾まないわけじゃないのに、時折落ちる沈黙が重い。
(……民族衣装が似合う似合わないとかじゃなくて、ひとこと、可愛いよとか期待しちゃったの図々しかったかな……)
と、言えぬ想いを胸に溜め、モナは別の話題を振る。
沈黙に耐え切れない。
「……毎年『贈り人』してるの?」
「まあねー。町中の羽飾り飛ばして光らせるには、それなりの魔力が要るからさ~。前任の魔法ばあさんが死んでから、ずっとやってんの」
「じゃあ、毎年ひとり?」
「──ん。こっからの景色、ひとり占めしてた。へへ、ぜーたくだよな?」
カラりと笑うその声は、いつもの陽気な声。
肩越しに振り向き、くれた笑顔に胸がほっとする。
そのままそっと近づいて。
隣に立ち、見上げた彼の横顔から覗く瞳には、いくつもの光の筋が映りこみ、煌めいていた。
「綺麗だよ。ほんと。楽園みたいだ」
「今でさえ十分幻想的なのに、これよりもっと?」
「ん。もっと。モナちゃんも願ってみて?
人間が精霊にお祈りできるなんてこの日ぐらいだし。
モナちゃんのなら叶えてくれると思うし!」
「……ゼフィーは?」
瞬間的に切り返した。
自分は関係ないって言い方をするから。
ツンと空気が張りつめる。
だけどモナは怯まない。
「なに、お願いするの?」
「……」
踏み込んだ問いかけに、言葉も音も返っては来なかった。
目の前に立つゼフィルの瞳が酷く寂しい。
いつもは、優しさと陽気の宿るオリーブグリーンの瞳に宿るのは、諦めに似た悲しさ。
そんな彼を目の当たりにして、モナが、何も言わないわけがない。
彼女の口から滑り出す。
〈気になって気になって、仕方のないこと〉
「差し支えなければ、聞きたいな……。ほら、願いごとって、口に出すと叶いやすいっていうし。っていうか、なにか、悩んでるよね? 様子変だよ、ゼフィー……」
迷いながら告げるモナの中、回るのは『あの日のごめん』。
どうして抱きしめてくれたの?
なんで謝ったの?
あの時聞けなかったけどなんだったの?
話して欲しい、図々しいかもしれないけど、でも──。
──それらを、青い瞳に込めて。
闇夜を背負うゼフィルを見つめるモナの前。
彼はしばらく黙り込むと、やがて、気持ちを整理するかのように項垂れ──、一拍。
はぁ……と、溶かすようなため息とともに、語りだした。
「……願うっつーか。懺悔っつーか。
今お願いしたら、ぐちゃぐちゃになりそーでさ。
出すのも躊躇う。
資格、無い気がするし」
「……そん」
「〈そんなことある〉んだ。
オレは、いいの。
叶えるための儀式する立場で、願う立場じゃねーの」
「そッ……」
「でも、街のみんなやモナちゃんのお願いは叶うように、祈祷の贈り風、送るから。ちゃーんとアメルナ飛ばしてくれよな?」
「ゼフィーが願ってもいいじゃないっ!」
彼の〈犠牲〉を遮るように。
モナは力強く言った。
その声に、否定めいた色も乗っていたが、我慢できない。
ゼフィルが幸せを祈るように、モナも、彼の幸せを願っているのだから。
「願うのは自由でしょ。資格がないこと、ない」
「…………」
「ゼフィーは魔力使ってみんなを楽しませるんだよね? じゃあ、祈ったっていいよ! いいの!」
「……」
「……なんでそんな顔するの、ゼフィー……」
声が震える。
胸が痛い。
耐えられない。寂しそうな顔をするから。
耐えられない。資格がないなんて言うから。
言いたくなる。
口を突いて、飛び出していく。
「わたしゼフィーに感謝してるんだよ?
あの日ゼフィーが手あげてくれてよかったって。
他の誰かだったらこんな未来も生活もなかった。
オルマナに馴染めたのも仕事できてるのもゼフィのおかげ! だからそんな顔しないで、ゼフィー……」
「……モナちゃん……」
小さく名前を呼ぶ声が、少しばかり綻びを帯びて。
彼の頑なな寂しさが少し、揺らいだと思ったその時。
──カッツン……カラララ。
乾いた音を立てて、金属の首輪が、モナの足元に転がった。




