魔導士協会の発見
一方その頃、魔導士協会では、アルセイド・バレヂが興奮していた。
ゼフィルから預かり受けた紙切れ──つまり、モナの書いた〈日本語のメモ〉に夢中だ。
彼は帰還後、すぐに資料室にこもった。
ありったけの辞書を引っ張り出し、似たものを探したがやはり無い。
しかし彼は、〈無い事実〉に胸が躍り高鳴った。
モナの書いた、『生ビール』だの『こめ。こめ。』だの、欲望のまま書き綴ったものだとはつゆ知らず。資料室の隅、埋もれた机で〈モナメモ〉を天井に透かすと、
「……やはりだ。この文体、文脈の運び方。他に見ない……! 素晴らしい、解読の価値があるというものだ……!」
──と、興奮。
まあぶっちゃけ、モナに聞けば一発で分かるのだが、彼は知らないのだから仕方ない。
そうして、未知なる文字に魅了されたアルセイドに、突如。
無機質で、高く、固い声が降る。
「何。見ている」
「──わっ!?」
驚き飛び上がり振り向くアルセイド。
視界に飛び込んできたのは、小さな同僚クレオ・ラミス。
いつも目深にローブを被り、鋭い銀の瞳を輝かせる研究員だ。
声からしておそらく若い女性なのだろうが、誰もその容姿をまじまじと見たことはない。
「クレオ……! 驚かせないでくれ、キミはいつも神出鬼没だな……!」
「当然。私、生物」
「ああ、分かっている……!」
端的・平坦・抑揚皆無。
しかしはっきりと答えたクレオに、アルセイドは胸を押さえて頷くばかり。
まあ、正直言えば、アルセイドはクレオのことを異性として気になっている。顔も見たことないのに好意を寄せるなんて考えられないことだが、好意というものは時に、容姿などどうでもよくする力を持っているらしい。
そんなアルセイドに、クレオは一瞥。
ちらりと手元の紙切れに目を落とすと、
「それは?」
「ああこれか。旧友から預かり受けたメモだ。興味深いと思わないか? こんな文字は見たことがない」
「…………」
「キミも気になるだろう? キミも好きな文体研究の新素材だ! ほら、見てくれ! この『麵刺身牛丼豚丼』なんて、こんな密度の文字みたことあるか!?」
興奮を全面に、漢字を指さしはしゃぎ語るアルセイド。
そしてクレオは沈黙だ。
これもいつものことである。
大体アルセイドがしゃべり倒し、クレオが黙殺する。
それが二人の様式美であるが──今日は、違っていた。
彼の出した紙に、ぴくん。
クレオはその用紙を覗き込むと──
「酷似……召喚検体0066所持の紙片に類似」
「え?」
「照合。直ちに。同行希望」
端的かつ平坦に言い切って。
クレオはアルセイドの手を引くと、足早に床を蹴る。
目指すは魔導士協会最奥・〈異界生物 所持品 管理室〉。
検体や、その召喚物を保管・保存し、解析する部屋だ。
暗い廊下の奥深く。
重い扉に手をかざし、魔法印を解放して室内へ。
ざっと一振り腕を払い、一斉に灯りだした魔道ランプにわき目もふらず。
クレオは木棚から、やけに造りのしっかりした布製の黒い書類入れを取り出すと、その中に手を入れ──
取り出したのは、一枚の薄い板。
大きさ的に商品の値段札に酷似したそれには、規則正しく刻印が施されている。
白い背景に黒の文字印。
妙に精巧な肖像画は青背景。
不愛想な人間を記したそれが、なんなのかわからず。
一瞬眉を寄せるアルセイドの横をすり抜け、クレオは〈肖像画付きの板〉を指さして、言う。
「召喚検体0066の所持物。折損不可な板。表面の文字列、視認」
「これは……!」
言われて覗き込み、アルセイドは驚愕の声を上げた。
似ている。
旧友ゼフィルから預かった、あの紙切れに書かれた文字に。
以下〈肖像画付きの板〉の記載内容である。
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氏名|篠塚 萌菜 | 平成9年 4月 3日生
住所|鈴岡県富丘市永成区こむぎの丘まち五丁目3-12コーポオリーブ205号室
交付|令和06年03月26日
2029年(令和11年)04月03日まで有効
鈴岡県公安委員会
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──それは、異界・日本ではこう呼ばれている。
〈普通自動車運転免許証〉と。
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