言えない。言えない。 15-1
──すべてが白くなる。
そんな感覚に呑まれ動けなくなったのは、これで二度目だ。
製麵工房・ローダーの厨房。
アルセイドの消えた扉を見据えながら、年季の入った丸椅子に腰かけ黙りこくるのは、ゼフィル・ローダー。
大魔導士グランアバールの孫であり、異端の天才と呼ばれた元魔導士だ。
11の時。
祖父のグランアバールに連れられ魔導士協会入所。
地頭の良さと血統でみるみる頭角を現し、16の時には大人を打ち負かすだけの技術と知識を身に着けた。
その才能は留まることを知らず、彼が独自の研究を始めたのが17の時。
中でも彼の興味を引いたのは、〈異界〉関連である。
嘘か誠か定かではないが、数ある作家や研究家が記した〈異界〉は、若き彼の興味を刺激した。
この世とは違う世界が存在している。
その数は無数にある可能性がある。
ならば話をしてみたい。
異なる世界はどんな場所なのだろう?
そう自身で研究を進めていたある日、彼は上級魔道師に声をかけられる。
『おじいさまがお呼びだ』
『ゼフィルくん、君は素晴らしいね。君のおかげだよ』
なんのことだかわからなかったが、案内された先で、彼はすべてを飲み込んだ。
魔導士協会の奥深く。
床に描かれた魔法陣は、自分が編み出し組んだもの。
部屋の隅に転がる、焼け焦げたような塊の数々。
陣の中央で泣き叫ぶ奴隷。
彼の研究は無断で使われていた。
それも、祖父グランアバールの指示によって。
ゼフィルは激高した。
『これはまだ未完成だ! なに勝手に使ってんだくそジジイ!』
しかしグランアバールは言って退けたのである。
『黙れ。なぜこのような研究を隠していた。これは世を揺るがす術になる。我が協会有志を以って完成させる。オマエもその一員に入れてやる。存分に精を出せ』
──以下は、魔導士協会の言い分だ。
協会はかねてより魔道実験の検体を求めていたが、奴隷を使うより他ならず、いくら奴隷とはいえ同じ大地の者を使用するのは抵抗があった。
ならばどこかからその検体を仕入れればいいのだが、ちょうどいい生物などいない。
そこで目を付けたのが異界である。
こちらの人間を使うのは奴隷であっても気が引けるが、外側の生物など、人の形をしていてもヒトだとは限らない。魔道実験に使うのに、これ以上ない生産元だ、と。
──それらを知った彼は、すべてを抹消した。
今までの研究も、集めた資料も、異界に関わる資料はすべて。
魔法陣を書き換え、異物を埋葬し、奴隷を逃がした。
それを知った研究員およびグランアバールは怒り狂った。
しかし、『うるせえ黙れバラすぞじじい』と脅し、多額の手切れ金を口留め料に、協会を去ったのである。
そんな過去を、刻の奥底に。
ぼんやりと、板張りの天井を眺め考えるのは、懸念と推察。
──あの研究は、自己流で展開した不完全なもの。
術式や陣は真似をされたが、当時の魔導士連中の力量から察するに、あの時以上の成果は得られないはずだ。
しかし。
〈アルセイドの探し人〉。
〈おんな検体の外見〉。
〈モナの不思議な単語や言い回し〉。
〈奴隷市場での彼女の様子〉。
〈みたこともない形の文字〉。
〈『逃げる気はなかった。帰り方もわからない』と述べたモナ〉。
……それらすべてが物語っている。
彼女──モナ・シンドバルトは、召喚検体である可能性が高いと。
……勘弁しろ。ふざけんな。
召喚したら戻せねえだろ。
認めたくねえ。
勘違いであってくれ。
つーか頭んなか全部ひっくり返したってモナちゃんを還す理論が見えねえ……!
「ゼフィー?」




