旧友の来訪 14-2
「……オマエ。〈艶めきの板〉を知っているか」
「〈艶めきの板〉ぁ?」
聞きなれない単語にオウム返し。
眉を顰めながらもそっけなく返すゼフィルの視線の先で、アルセイドは頷き、口を開けた。
「……ああ。現在中央魔導士協会で問題になっている物体だ。ある人物の持ち物なのだが、まったく使い方がわからない」
「ふーん」
「協会でも屈指の魔導士が板の解明に当たっているが、なにしろ異色な成りをしていてな。その手触り、材質……どれをとっても国内技術の上を行く」
「……で。何? 「未知のものがなんなのかわからなくてビビってます」って言いに来たわけ?」
「ゼフィル。オマエは協会在籍中・魔道具にも詳しかっただろう。何か思い当たるものはないか?
「ありませーん」
──なんだ、そんな用事か。
それらを言葉の裏に隠しもせずに、ゼフィルは煽り気味に声だけを投げた。
……まったく、協会は昔からこうだ。
わからないことは詳しい者に知識をねだり、自分たちでは調べない・動かない。知識の略奪をする。
ゼフィルが気に食わないのは、基本的に奴らが〈自分たちでは動かない〉ところだ。現に今もアルセイドを使いに出し、用事のある本人は上でふんぞり返っているのだろう。
そんな組織に、情報も知識も与えてやる気はさらさらなかった。
そう、胸の内にげんなりを飼うゼフィルの背中の向こうで、はあ……と深く、大きなため息が漏れた。
「……そうか。オマエでも知見のないもの、か……」
「触って色々やってみりゃいいじゃん」
落ちたトーンを突き放す。
戸口に立つアルセイドに背を向けたまま。
「……いや。それが……」
「なに」
歯切れの悪い返事に、ゼフィルが不機嫌を宿し振り向いた先、彼は切羽詰まった顔で勢いよく首を振ると、
「アレは未知すぎるのだ! 保管して数週間、あの異形さに誰一人触ることもできなかった!」
「なんで。魔力感知で大体わかるだろ」
「魔力というものが存在していない! アレには!」
「……はあ…………」
いきなり、勢いよく語りだすアルセイドに、やる気なく相槌を返すゼフィル。
余談だが、アルセイドは研究者の割には臆病なところがある。一瞬で(そういやあ魔道具管理室でもびびりまくってたな、こいつ)と、過ぎし学生時代を思い返すゼフィルの前。
アルセイドは、身振り手振りで訴えるのだ。
「まずだな、ゼフィル! そいつの持ち物がそもそも異常だ。革張りで角ばった袋は妙に頑丈だし、中から勝手に音と振動が響いてくる! その正体を探れば、どうだ!」
「どーだったんだよ」
丸椅子に座り直し、投げやりに聞く。
勿体つけるなと言わんばかりに、次を投げた。
「板がつやつやだったんだろ? ちげーの?」
「管だ! 暗黒の箱に刺さった管! その先に《艶めきの板》が繋がれ、煌々と赤く小さな光を灯していたのだ!」
「……ふ、ふうううん??」
聞いて想像するゼフィルだが、いまいち怖いと思えず怪訝に眉を顰めた。
なにがなにやらである。
魔力のないツヤツヤの板なんて、どうしたら〈怖い〉のやら。
──と、思うのだが、現物を見たアルセイドは違うのだろう。
熱量高めに首を振る。
そこから一歩、踏み出してまで訴えるのである。
「これが恐怖の他に何だというのだ!
板には目玉のようなものもいくつか着いていて、不気味で仕方ない! しかもそれが、毎日、定刻になるとけたたましく鳴り続ける! 光を放ち、一定時間、途切れることなく!」
「……〈光って鳴り続ける〉? 発動条件は~?」
「わからん。協会でも意見が割れていたが、手も触れぬのに光りなり続けるあのさまに、皆恐怖を抱いている! あれは未知なる創造物だ……!」
「……は、くだらな。魔道で調べりゃいいだろ。少し手ぇかざせばモノの構成物質や比率ぐらいわかんだろーが」
「……あのなあゼフィル……!」
「残留思念読めよ。[残思感応]。あれで使い方を追える。一発だろ」
…………はぁああああ……
実も蓋もない一言に、深い、ふかーいため息が漏れた。
ゼフィルとしてはそのため息が鬱陶しいし、次のセリフもわかってしまうのだが、ここを遮るのも微妙である。
ただ、ジトっと視線を送る自分の前、アルセイドは予想通り、全力で”嘆かわしい”を訴えるように、
「……ゼフィル……オマエなあ……。すべての魔導士・オマエのようなセンスと才能に恵まれているわけじゃないんだぞ……」
「センスじゃねえし~。努力だし~。サイノウって言われると微妙です~」
よろりと頭を押さえながら言うアルセイドに、皮肉交じりの軽口で流した。
ゼフィルは、協会の〈そういうところ〉も嫌いだった。
まるで自分の努力や取り組みをすべて、才能と血筋で片づけようとする。仮に、いくら土壌が豊かだろうが、知識も経験も取り入れなければ身にならないのに。
……内心、(才能とか資料と古文書1000冊読んでから言いやがれ)と毒づきながらも──、ゼフィルはひとつ。
板挟みのアルセイドに、同情の溜息をつくと、 ゆっくりとそこにかけ直し目を配らせた。
「──で? アル。どんなのだよ。その、〈板〉って。概要は?」
一応話は聞いてやる、という空気を滲ませながら問う。
それを待っていたかのように、アルセイドは手ぶりを添えながら、落ち着きを取り戻し、言い始めた。
「大きさは大人の手のひら程。重さはそう重くないが、ずしっとしている。目玉らしきものが数個。片面は漆黒の闇で……覗き込むと自身の顔が映りこむ滑らかさだ」
「……なんだそれ。暗張の鏡?」
「あれはラネミルの国宝だろう。手のひらには収まらん」
「他に特徴ねえの?」
「背面に、欠けた果実が描かれている。以上だ」
「…………はあ。」
「……本当に記憶にないか?」
「ねえよ」
──問われ、一蹴。
ゼフィルは瞼を閉じた。
──〈一応〉。
ざぁっと脳内資料を探しまわるが、思い当たるものなど無い。
その不快感はゼフィルの眉に現れ、彼は首を振りながらアルセイドに向かって呆れの視線を送ると、
「歴史上の魔道具に関する資料なら、魔導士協会にあるもんは全部読んだ。ンな、〈欠けた果実が書かれた板〉があれば覚えてる」
「……だろうな」
「ってかさあー。ややこしいことやってんなぁ。そんなにプライドが大事か? 持ち主に聞けばいいじゃん。なんで聞かねえの?」
「逃げたからだ。持ち主が居なくなった。協会はそいつを探している」
「……逃げたくなるような扱いしたのが悪いんだろ」
間髪入れずぼそりと返す。
途端アルセイドがぴくんと震えるが、友人相手だろうとそこを忖度する気はさらさらなかった。
──つーか、早く帰らねえかな。
……なんて邪険に思いつつ、ゼフィルは爪の先の小麦をぱらり。いくら風の術で商品をこねるとはいえ、計量は手動である。どうしたって多少は汚れる。
かりかり、ぱらぱら……
動かないアルセイド。
つんと張る空気。
落ちる沈黙が気まずく、…………そしてゼフィルは声を投げた。
「──で。なんで〈オレ〉? 知っての通り〈艶めきの板〉なんて知らねえし、今更手を貸す気もねーよ?」
「…………なあゼフィル。オマエ、戻ってこないか。協会に」




