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リヴィルな食卓 13-2


 ヨグルガ・チキン。

 それは、異世界オルマナで出会った未知の料理。



 水切りヨーグルトに、にんにく・オリーブオイルに塩コショウ。それらを混ぜたヨグルガソースを、あつあつのチキンに絡めて食べるらしいのだが──



 モナ・シンドバルト(篠塚モナ)は慎重だった。


 彼女の国では、ヨーグルトはスイーツの部類であり、肉にも野菜にもかけたりしないしニンニクを混ぜることもない。



 ──そんな、聞いたこともない料理に、すぅ……と目を閉じフォークを刺し、いざ!



 ──いただきます!




「…………うそ。あり! うん、アリ! え。美味しい!」

「ふふ、だろ???」



 美食の都・リヴィエール。

 大衆食堂、ゴチ・リヴィルの店内で。


 想像を超える味わいに、モナは思わず青い瞳を見開いていた。


 さっきまで「ヨーグルトとニンニク?」と身を引いていたのが嘘みたいだ。

 

 好みは解れるだろうが、この〈ヨーグルトニンニクソース〉は、モナにとって〈有りよりの有り〉であった。



 口に入れた瞬間、舌を包むのは乳製品のまろやかさ。ほんのりとした酸味の奥から出迎える、にんにくの深い旨味。

 それらに心を奪われていると熱々の鶏に到着するのだ。

 甘い油がソースに混ざり、肉のしっかりとした食べ応えと共に、胃の中に滑り込んでいく。

 

 冷たいと熱いのマリアージュ。

 鶏とニンニクをまろやかに包むヨグルガソース。



 ……これは……



「──うま──……♡

 えぇ~……?

 こんなの初めて、食べたことなーい……!」

「へへへ、嬉しすぎんだけど♪」



 思わずうっとり、頬を押さえて。

 ヨグルガ・チキンをほおばるモナ。

 

 彼女にとって、純朴な木の皿の上に乗せられたヨグルガ・チキンは、軽く、未知のフレンチなみの衝撃だ。


 そんな隣で、ゼフィルはと言えばご機嫌なのである。

 自分の食事もそこそこに、頬杖をついてモナの方に体を向けてにこにこ。


 彼らを包む空気はまるで、結ばれる前の想い人同士のこそばゆさで──案内妖精〈ラシェット〉も機嫌よく光舞う。


 その、しゅるるる……とした光の軌跡に、モナは”はっ”と我に返り青い瞳を丸めると、




「あ、「うまー」だって・あ、はしたない、えっと、〈美味しい〉!」

「ふふ、いーって。言い直すことねえじゃんっ?」

「も~、ゼフィー〈そういうとこ〉。

 そういうとこがさぁ、ゼフィーのいいとこだけどさぁー」



 はにかみ笑うゼフィルの優し気なみどりの瞳に絆されて、思わず照れを隠すモナ。しかし、ゼフィル・ローダーの無自覚な追撃は続くのである。



 彼は、ちょっと照れ困りながらもぐもぐと咀嚼するモナをじぃっと見つめると、 噛みしめるように首を振り、はぁ、とため息。



「……あ~、モナちゃんいい顔。まーじいい顔。幸せそうに食うよなぁ~」

「ぁっ、恥かし……、でも美味し……止まんない……」



 ……そう、呟きまくるゼフィルの、勘違いしそうな表情声色に背を丸め。

 モナは湧き上がるときめきを噛みしめるようにチキンを飲み込んだ。

 


 もう恋に落ちているのだが、今日は先ほどネリーがフラれたばかり。

 ゼフィルは彼女をフってきたばかり。

 

 ヨグルガ・チキンに酔っている場合じゃないし、彼の〈天然肯定感爆上げ攻撃〉にくらくらしている場合ではないのだが、味覚も心も正直だ。



 ときめきと美味しさの猛攻撃にくらりとする。

 思わずゼフィルに「結婚しよ」と言いたくなる。



 けれどモナは我慢した。

 さすがに節操がなさすぎると自分を戒め、逃げるように思考転換。

 ヨグルガ・チキンを見下ろすと、逃げの観察モードで呟き出す。


 

「っていうか、チーズ×ニンニクでカルボは未開発だったのに、ヨーグルトにニンニクはinするってどういう発想……? うううん、謎すぎる……」

「……」



 ぽつぽつ。ぷつぷつ。

 隣のゼフィルは何も言わない。

 モナは続ける。



「異文化。異文化すごい。ガチやばい。不思議。でも美味しいから正義。ねえゼフィ。ポテ・マシュウは? マッシュルームポテトなの?」

「……ん。あっち、見て? 今からオヤジが作ってくれるから」

「──今から?」




 〈見れば一発〉。

 

 そう言うように、ちょんちょん、と指さされた先。

 カウンターから厨房を覗き込むと、もあっと広がるイモの蒸気。

 その甘さと熱さに目を細めるふたりの前、厚手のミトンを着けた店主が歌い出した。



:♪*:


 さあポテトを割り裂こう

 中をくりぬきマッシュポテト

 バターを加えてなめらかイン

 幸せチーズは贅沢に

 ジャガの中に戻すのさ

 

 鳥は好き?

 魚がいいか?

 オリーブ・コーン・好みの具材を乗せたなら

 上からチーズとソースをかけて 

 もう一度


 かまどが作るさ ポテ・マシュウ 

 畑の祝福 ポテ・マシュウ 


:♪*:




 見るも鮮やかな手つきで実演され、モナは前のめりに、青い瞳を光らせると、




「……すごい……! ジャガイモまるごと食べちゃう系のやつだ……!」


「うめえよ。オルマナでは出ないけど」

「わかる。だってこれ時間かかるし!」


「だから食べさせたかったの。オレ」

「わ~! 嬉しすぎるんだけど! もー! ゼフィーマジ神!」


「──あいよ、ポテ・マシュウ。お待ち!」

「うわああああああああああ! 〈皿ごとまるっとジャガイモのピザ〉だああ~!」



 かまどから湯気を上げて飛び出したポテ・マシュウに、モナは完全に興奮した声を上げた。




 ポテ・マシュウ。

 モナの言う通り、完全に〈豪快・皿ごとジャガイモのピザ〉である。



 上がる湯気がジャガイモの甘みを含んで、〈もう美味しい〉。

 震える手でナイフを入れれば、ほくほくのとろとろ。


 見るからに滑らかなジャガイモが溶け出すように崩れ落ち、フォークじゃなくてスプーンでお迎えに行くレベルである。



 口に含んで、……あ、幸せ。

 ほくほく、はふはふ。

 舌に幸福が溶けていく。



「これ、昔親父が食わせてくれた飯でさ。

 何かあったら食いにくんの。元気貰える気がしてさ」


「うん……おいしい……おいしい……」

「な? うめーだろ??

 家で出来ねえこともないけど、ここで食べるこれが最っ高に美味いのよ」


「滑らかイモの向こうにバターとチーズ……

 あっ、ベーコン入ってる……

 焼きオリーブ……あ……

 ああああ……うま……なめらかすぎる……」



 もぐもぐ……ふあ……はぁぁああ……



「おいし……うまうま……溶けるぅ~……」

「……ぷ! あはははは! モナちゃんマジで幸せそうな顔! いいわーそれ! マジ元気出るわ!」



 イモに夢中なモナの隣、ゼフィルはすべてを忘れたように笑った。


 

 あんなことの後とは思えぬぐらい、二人の空気は穏やかだ。


 まるで熱気ごと幸せを吸い込むようにポテ・マシュウを口に運ぶ。


 優し気なゼフィルの眼差しをうけながら、幸せを飲み込み──こくん。




「美味しすぎてどうしよう……ジャガイモは正義。芋しか勝たん」

「イモだけ?」

「ううん、鶏もイモも正義。美味しすぎる。っていうか、これなんで日本で売ってないの? え。バリ旨。ここまで大きいジャガイモないけど、ジャガアリゴに具トッピングして焼いた感じよね? なんで日本人ここにたどり着いてない?」

「……」



 あまりの美味さに、思わず。

 モナから流れ出したのは、忘れかかっていた〈現代人〉だ。

 ここが異世界だということも忘れ、ポテをとろーんとしながら呟きまくる。



「日本人がたどり着いてないのおかしくない? 食に関してだけは世界が驚く執着なのに……。わたしが知らないだけかなー……? こんなの出してSNSに投稿したらあっという間にバズるってマジ。映えるし、長蛇の列でぼろ儲けでは?」

「………」


「……あっ。

 っていうかうま……はあ、うま、うま……

 世界のどこかにはあるよ、絶対。……知られてないだけで……

 だって〈まるごとジャガバタチーズ〉だよ?

 無いわけない……おいしい……」

「…………」



 ──そんな全部を、聞かれているとは微塵も思わず。

 口に出している気のなかったモナは、隣から降り注ぐゼフィルの視線に気が付き、「あ」と顔を上げた。



 ──そうだ。


 姫様抱っこ飛行移動と、怒涛の美味しい料理で忘れていたが、ここへ来たのはあまりにも唐突だった。


 

 聞いてしまった告白に凹んで、ごまかすのも下手で、どうしようもなかった自覚もあるが、戦ってきた本人にケアさせていたのだとしたら心がしんどい。


 ここに連れてきてくれたのはきっと、彼の慰安プチ旅行でもあると思う。

 あってほしい。

 それが第一であれ。


 ──そう、願いを込めながら。


 モナは、そっとスプーンを下げると、ゼフィルにお伺いの視線を向けて、一拍。


 

「でも、ゼフィ?」

「んー?」



 返事は、軽い。

 その軽さが、先ほどの彼を引き連れてくる。


 〈昔親父が食わせてくれた飯〉

 〈何かあったら食いに来る〉

 〈元気貰える気がして〉──



 ……やっぱり、きつかったでしょ?

 断るのってつらいもん。

 それ全面に出せないから、連れてきてくれたんだよね? そうだよね?



「……なんで、連れてきてくれたの? えと、なんか、……〈あった〉?」

「モナちゃんがキツそうだったから」

「────ッ……!」



 間髪容れず。

 迷いなく即答したゼフィルに、モナの中、エモーショナルが駆け抜けた。


 つらい。なんだこいつ。

 自分の痛みは二の次か。どうしてこっちを気遣う。

 待て待て待ってツライしんど


「見りゃわかるよ。オレ、モナちゃんのこと見てるし」

「……………………ッ!

 ………………まぢむりつらたんお酒のも……」

「モナちゃん酒飲めるクチ!? がちで!?」



 ──感情移入モードのキャパが溢れて。

 思わず酒に逃げようと、よれよれぺしょぺしょ突っ伏すモナ。

 隣でゼフィルが驚いているが、それどころじゃなかった。



 駄目だ無理だ。

 茶化さなきゃやってられない。

 つらい、しんどい、SNSなら墓が建つ。

 推しがけなげ。つらい。

 これは酒だ。酒で流さなければ。



「すいませぇぇん……ハイボール強めで……」

「いやいやストップ、てか何があったんだよ!」


「……ゼフィーのばか。いちばんばか」

「いや確かにオレ馬鹿だけどさ……」



 頭の上でゼフィルの困惑のトーン。 

 涙目の自分。

 続いて、店主の声も降ってきた。



「お嬢ちゃんすまねえが〈ハイボール〉って酒はねえんだよ。それってなんだい? 教えてくれねえか?」

「────……氷グラスに」


 問われ、伏せたまま述べる作り方。


 ──カランカラン、ゴトン!

 途端、氷と、ジョッキがふたつ置かれた音。

 モナは続けた。



「比率、ウイスキーを1に……」

 ──キュッ、ポン、とくとく……っ


「炭酸水3で」

 しゅあわあああああ……わああああ……


「一回だけ混ぜて出すお酒です……」

 カラ……ン……──ごくっ。



「……じょーちゃん! なんだこれ美味えな!! か──ッ!」

「──あ~……っ、

 これ良いお酒~~~……

 あ──沁みるううう……」


「ちょ待って。オレ置き去りにしないで?」



 美食の都、リヴィエール。

 異文化交流の果て生まれたハイボールに魂を濯ぐ、モナと店主に抗議の声を上げるゼフィル。


 あっという間にそれを飲み干し、二杯目を作る店主を視界の隅に、モナはゼフィルに死んだ笑顔を向けると、



「ゼフィーも飲もう? ……美味しいよ……」

「酒飲んで飛んだら最悪死ぬっつーの」



 ぺしょぺしょのメンタルでほほ笑むモナに放った、ゼフィルの地味な怒りの抗議は、ハイボールと共に流し込まれていった。










※備考※



▶ポテ・マシュウ

 地球名:クンピル(トルコ料理)


 ジャガイモを加熱し、縦で割く。

 中身をくりぬきながらバターチーズをまぜ、具を入れ込み、ジャガの皮(器)に戻す。平たく均してオリーブなどをトッピングし、ソースやチーズをかけてオーブンへ。

 焼き上がりほくほくで出来上がり。



▶ヨグルガ・チキン

 地球名:チキンクリスプのヨーグルトソースかけ


 水切りヨーグルトに、にんにくのすりおろし・オリーブオイル・塩コショウで味付けしたディップソースを、グリルチキンにかけて食べる。唐揚げでもOK。ニンニクは強めがいいが、お好みで。

 


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