それはまるでボイスドラマのような
ネリーの宣戦布告を受けた場所・木漏れ日の滝。
ささやかな水音に耳を澄ませ、モナがぼんやりと物思いにふけっていた時。
近づいてくる足音に慌てて石の影に隠れたのが運の尽き。
木漏れ日の滝に現れたのは、ゼフィルとネリーだった。
モナの、離れるか否かの判断も遮るように、間も置かずに響いたのはネリーの声。
「────ゼル、あのね?」
その声は緊張と恥じらいを宿しており、モナは身動きが取れなくなった。
そして声は、静かな水音をBGMに聞こえてくるのだ。
縋るような色を乗せて。
「……真剣に聞いて? アタシやっぱりゼルが好きなの」
芝生を踏む音、布の擦れる音。
きっとネリーが彼に向き直ったのだ。
「ずっとずっと昔、初めて会った時から大好き。ゼルのお嫁さんになるんだって夢見てた」
夢を乗せた緊張の音。
震えながら弾んでる。
「ゼルさえいれば何にも要らない。家だって出る。……だからお願い、アタシをお嫁さんにして?」
健気な決意。
おねだりのような声。
そして沈黙。
息ができない。
永遠のような水音の後。
届いたのは、ゼフィルの──低く、息を含んだ音だった。
「…………ネリー」
「アタシお料理作れるの。小間使いに教えてもらったのよ? アタシ、ゼルのこと幸せにするから。絶対後悔させないから」
空気が、ひりつく。
「………………ネリー」
「なんでそんな顔するの……! お願いゼル、アタシを連れて逃げて! アタシもう時間がないの! 風献祭であっちの人と会うの! そしたらもうゼルのお嫁さんになれない!」
悲痛で、苦しい。
窒息しそうだ。
「……ゼル、お願いゼル……! ゼル……!」
ネリーの涙声に、音は返ってこない。
見なくてもわかる。
懇願の彼女に、彼が表情一つ動かしていないこと。
けれどその瞳はまっすぐネリーを捉え、黙りこくっていること。
場を埋めるは、ネリーの浅い息遣いと、泉に落ちる水のせせらぎ。
────そして静かに声がした。
「……ネリー。……幸せになってくれ」
■
モナはしばらく家に帰れなかった。
彼らが居なくなるまで息をひそめ、この先の二人に心を痛めて。
ぽつぽつとした足取りで風吹き通りを歩き、ぼんやりと、足りない食材や消耗品を買い足していく。
こういう時、自分で稼いだ金があると便利だ。
モナが最初に貰った〈銀貨3枚〉が、日本円にして4500円相当(1枚あたり1500円)だと見当がついたのも、自分で買い物ができるようになってから。
移住当初は、調味料や商品を覚えるのに四苦八苦だったが、今はもうなんてことはない。
いつものように豆とたまご、精肉を買い、マーサの店でラップルを購入。オルマナ独特の調味料ソースをいくつか購入し、とぼとぼと歩く帰り道。
そして湧き上がるのは、買い物で散らしていた憂鬱だ。
ああ、家に帰るのしんどいなあ。
ゼフィーにどんな顔して会えばいいんだろう。
ネリーちゃんを振った声、痛くて冷たくて固かった。
優しいけどはっきりとした拒絶って、あんなに痛くて報われないんだ……。
──はあ……。
と、深くため息。
いつか自分も、それを喰らうかもしれない苦しさと。
このまま帰りたくない気持ちと。
帰らなければゼフィルが心配するという気持ちが交じり合う中、近づいてきた〈ローダー〉の店構えに息を呑んで──……
店の外。
相談カウンターの中。
見慣れた後ろ姿を捉えて、モナの青い瞳が揺れた時。
彼は、そのアッシュゴールドの頭をふわりと翻し、こちらに向かってほほ笑んだ。
「──あ。おかえり、モナちゃん」
「…………ん、ただいま。ごめん、逃げたと思った?」
「ンなわけないよ~。散歩行ってた? めずらしーね?」
「ん。ちょっと買いものついでに、チョット」
変わらない、飄々とした”軽口”に、モナも合わせて軽く返す。
カウンターを通り過ぎ、ゼフィルに一瞬だけ目を配って、そのまま店内へ。
いつも通りの、木目張りの部屋が、いつもより少しそっけなく感じ息を逃すモナに、後ろから声がかかる。
「なあモナちゃん、今日さ~」
「…………うん」
追いかけるようにこちらに来るゼフィル。
そのトーンは、先ほどの報告をするとは思えない声色で、モナの中、同情と信頼でざわめいた。
……ネリーちゃんのこと言うにしては軽い……
冗談交じりで報告? それとも、告られたこと、言わないつもりなのかな……
っていうか。そもそもわたしに報告する義務なんてないよね……だとしたらわたし、どう、振舞えばいいんだろう──
──と。ぐるぐる考えるモナのそば、ゼフィルは、いつもより少し、高めの声で話し始めるのだ。
「キブン転換に本屋寄ったら、めずらしい魔導書があってさ~」
「…………うん」
「買おうと思ったら金持ってなかった。オレ間抜けだよなあ~」
「…………ん」
「モナちゃん? どした。なんかあった?」
「──あ。ううん。なんでもない」
急に声色を変えて、覗き込むように聞く彼に、慌てて返したそっけない声。頭の片隅で(もっとうまく演技できないの?)と内なる自分が抗議を入れるが、もう遅い。
わざと明るく返したモナの態度は、ゼフィルの違和感を呼んだのである。
彼はその顔を曇らせて、じっと、目線を合わせると、
「モナちゃん。…………なんかあっただろ」
「ううん、なにも」
トーンの変わった声に首を振る。
空回ってる。
ゼフィルの目を見れない。
「……あ、夕飯どうしようか?」
白々しい。逃げてる。
でも止まらない。
「ゼフィ、余ってるパスタあったりする?」
声が上ずってる。
反らした視界の片隅で、ゼフィルの顔が──……緊張から、痛みに変わっていくのが見えて。モナは慌てて目を戻した。
しかし、そこにあったのは、彼の……落ち込んだ顔。
「……誤魔化してるよな。それとも、オレ……。オレ、なんか傷つけるようなこと言った? ごめん、オレ……鈍くて」
「……っ、違うよそうじゃない……!」
焦りともどかしさの混じった声が、口から突いて飛び出していた。
まるでそれが、本気で喧嘩した時のカップルのようで、モナの中、ヒステリックめいた自分の声がこだまして嫌になる。
瞬間的に走り抜けた自己嫌悪。
それをぶつけるわけにも行かず、モナは眉を寄せ口角を下げて首を振った。
「……ゼフィー、違うの、ゼフィーが悪いわけじゃないから」
違うの。本当に。
わたしなにもされてない。
「わたしが、わたしが……」
わたしが、変に、空回ってるだけ。
盗み聞きしてどうしていいかわからなくなってるだけ。
そう、思考が訴えるが、そんなことを口に出せるわけがない。
結果、モナはただ、下を向いて黙り込むことしかできなかった。
「…………」
「…………」
ずんと重い沈黙が室内に落ちる。
目の前のゼフィルも、何も言わずにそこに立っている。
やがて、スッという布擦れの音が耳に届いて、ゼフィルとの距離が少し空いた時。
モナは逃げるように顔を上げ、考えている様子の彼を視界から外しながら、
「──えと、夕飯、つくるね。今日は、えっと」
「────モナちゃん。芋、好き?」
「…………い・も…………????」
全停止した。
唐突の質問に意味が解らず、完全に固まるモナ。
いも? い・も? イモ……?
なぜ今イモなのか。
先ほどの気まずさからどうして〈イモ〉なのか。
さっぱりわからぬモナが小宇宙を旅する中、考え込んでいた様子のゼフィルは、至極真面目に顔を上げると、
「うん。ジャガイモ。すき?」
「え、あうん好きだけどなんで芋」
「腹空いてる?」
「あ、うん空いてるけどなんでイモ」
────へへっ。
慌てふためくモナの視界で、ゼフィルがほどけるように笑った。
──わからない。
何でイモかわからないが、その安心したような笑顔に、胸の奥がとくんと揺れる。
そしてゼフィルは言うのである。
アッシュゴールドの髪を流して、柔らかな緑の瞳に安堵を乗せながら。
「……じゃあ支度して? あったかいカッコ。あ、オレの冬用……、でかいやつあるからそれで行こ!」
「……い、いもほりに……??」
────ふ!
「ちげーって。ちょっと遠出♡」
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