溶鉱炉に沈んでいく様は涙なくして語(以下略
「じゃあモナちゃん。あの~聞いてみていい?」
「んっ? なにっ?」
ぴくんっ。
役割ができたと超反応するモナ。
やる気に満ちた赤い瞳で見つめてみるが、そこにあるのはやはり遠慮の色。
ゼフィルは、とても言いにくそうな面持ちで、紙をぺらんと見せると、
「──いやーえと……落ち込ませるだけかもしれねーんだけど、今日・納品先が三件あんのね?」
「……なるほど、はい」
「ん。で、今まではそれぞれ、固定数発注くれてたんだけど、急にバラけるようになって……全部でいくつ作ればいいわけ? オレ」
「ん? 仕込みの数がわからない……の?」
「──そお」
「……」
心底困った顔付きで、しかもダメ元で述べる彼に、モナは逆に呆気にとられて考え込んだ。
──仕込みの数なんて、小学生の掛け算引き算で出来そうなものだが、ゼフィルがわからないと言っているのが驚愕過ぎる。
確かに教えてもらってないとできないものではあるが、今までゼフィルは魔法を使っていたし、学がないわけではないと思うのだが……?
と。
一気に凝縮された思考の海を泳ぐモナの前。
それを察したのかそうではないのか、見つめた先でゼフィルはマジで苦手そうにゴリゴリと頭を掻くと、
「こういうの魔法学とまた違うじゃん。感覚とかじゃねえっつうか。急に崩されるとわけわかんなくて」
「…………ちょっと見てもいい?」
遠慮がちに許可を取って覗き込む。
魔法学のことは解らないが、とりあえずゼフィルが困っているのだ。
ここはなんとか役に立ちたい。
──と、思いつつも、内心、(って言っても微分積分とか水溶液のパーセンテージ計算まで出てくると暗算じゃ無理──)と警戒し──
…………ひょいっ。
────読めない。
インスタントラーメンにインクつけました的なのが並んでる。どうしよう。
「……えと。ゼフィー……数字はわかるんだけど、ここ、お店の名前、よめない……」
「あ~~~。そっか。
・リヴィエールのパスタリア-10食9箱
・パルパルマのパンチェ-8食11箱
・マツヨナのポロンー7の10』
なんだけど、わかんねえよな?」
「えっと………………
90の88の70……、
160……88……248だね」
「だよなそうだよな、にひゃくよ……は?」
二度見のゼフィルに、モナは落ち着いて頷くと、にっこりと笑いかけ、
「248だよ。ロス分も考えて仕込むときの分量計算も必要? やろっかっ」
「なんでわかんの? え。計算した? 今?」
「うん。」
ぴーす♡
思わずにっこり、顔の横でピースする。
〈こういう時はピースする〉。
日本人の習性である。
異世界での計算にちょっぴり警戒したが、予想より簡単で安心したのだ。加えて、どれだけあるある展開でも何番煎じでも、自分が役に立てるのは純粋に嬉しい。
──と。
湧き上がる喜びを、顔横のピースに込めて得意気にするモナの視界の中。
驚きに呑まれ、放心してるのはゼフィルだ。
きっと計算の速さに驚いたのだろう。
モナが内心(もう、そんなに驚かなくていいのにっ)とテレを撫でまわしていると──。
次の言葉は、呆然を宿して届いたのである。
「……やべえ」
ぽかんとするゼフィル。
モナは浮き足だったまま戯けて笑う。
「そう? これぐらい(の計算)なら何度でもやるよ!」
「マジで? ほんとに? そのポーズ何度でもいいの!?」
「────へぁ?」
ぽーず???
ゼフィルの、言葉の意味が、マジでわからず。
得意げピースもへんにゃりと、呆気取られるモナの目の前で、ゼフィルは大はしゃぎだ。
まるで小さな子どものように目を輝かせ、両手をぐーに握ると、
「モナちゃんもっかいやって、それ!」
「えっ、えっ? 計算っ? ピース?」
「ぴーす! ぴーすもう一回やって!」
「────え゛っ!?」
言われて固まる。
ピースなんて日本じゃ条件反射の撮影動作だ。褒められるどころか気恥ずかしい部類だし、驚かれたことなどない。
しかし、目の前のゼフィルは違う。
まるでアイドルを前にしたような顔つきで距離を詰め、ぐぐっと握りこぶしを作ると、
「そう! まじ可愛かった! もう一回!」
「えっ、えっ。た、ただのピースだよっ??」
「そんなの見たことねえ! オレ知らない!」
「うっそ!? え、ただのピースっ……!!」
「お願いお願い! まじで! もっかい!」
「えっ、えっ、えっ……! そう言われると照れるしマジやりにくいんだけどっ……!」
「──マジでっ。お願いお願いっ!」
きらきらした目が……ッ!
うっ……!
……は、ハイ、ぴ、ぴーす……
「笑って? さっきみたいに」
──うっ。
に、にっこり……っ。
「もっと両手で! 得意げな感じでっ」
ああ、もうヤケっ!
はいピース♡
「……あ~ッ……!
……可愛い。それいい。
可愛さ倍増。やべえ。可愛い。」
「も~やだ恥ずかしすぎるまじムリお粗末様でした忘れてください」
参った、と言わんばかりに顔に手を当てて細やかに首を振るゼフィルに、モナは早口で呟き羞恥の溶鉱炉に沈んだ。
……無理だ。
こんなのは無理である。
瞬間的にさっきの、ゼフィルのNG条件
「こっちに気持ち向けてくる子無理」
が光の速さで通り抜けていったが、こんなの喰らってドキドキしないわけがない。
たぶん。
おそらくオルモナに「ピースポーズ」が存在してないことは想像がついたのだが、こんなリクエストを受け悶絶される未来があるとは思わない。
羞恥心の溶鉱炉で溺れている気分である。
そう、
ひとり懸命に、羞恥の溶鉱炉から這い出ようとするモナを傍らに、ゼフィルはゼフィルなのだ。
腕を組みしげしげと、感心したように頷くと、
「……っていうか、モナちゃんマジすげえ。楽しい。紙もペンも使ってねえのに計算できるし、〈ぴーす〉可愛いし、これもう分量計算お願いしたいぐら」
「ヤル。ヤルので紙とペンお借りしてもヨロシイデショウカ」
「なんでそんな口調カタイの?」
「ヤダもうバグってる。終わってる。写経、計算ドリル。無心になりたい。だから紙とペンと分量下さいお願いします」
──もはや。
日本人的羞恥メーターも吹っ切れて。
現実逃避のため、計算式に走るモナが割り出した基礎計量は、またもゼフィルを驚かせ──
更なる〈あまアマ褒めまくりの沼〉に沈めていくのであった……。
※
始まる恋もあれば、終わる恋もある。
この世はいつも諸行無常だ。
ここまでありがとうございます。
リアタイで見てくれているあなたに感謝です。
この物語は今月末にエンドを迎えます。
どうぞ、あと10日ほどですが、お付き合いくださると幸いです。
……あ、ブクマとか……
ほしとか……
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