敵場調査のダメージ 11-1
モナは落ち込んでいた。
「はぁぁあああああ……」
ネリーの相談(というか宣戦布告)を落ち着かせて。戻って取り掛かったのは、店内兼住まいの掃除である。
手は動かすが気分が上がらない。
上がるわけないのだ。
年下の恋敵を綺麗な言葉で焚き付け、負け戦に送ったばかりなのだから。
おそらく、風献祭前……つまり数日以内にネリーはゼフィルに告白するだろうし、ゼフィルは彼女を振るだろう。
そしてそんなゼフィルと顔を合わす、自分。
「…………嗚呼……うう……」
思わず声も漏れる。
地獄みたいな空気が待っているのだ。
それを思い、テーブルを拭いていた布をぎゅうううっと掴んで、唸ったその後ろから。
「モナちゃん? どした? なんかあった?」
「……うん……まあ……」
──飛んできたゼフィルの気配り攻撃に、モナは言葉を濁した。
全然〈攻撃〉ではないのだが、今のモナにはクリティカルヒットである。
何にも知らないゼフィルに、ちらりと目を向ければ、不思議そうに首を傾げる彼。
──ああ。
こいつがいい男なのが一番悪い。
人たらしのくせにそういうところしっかりしてるのが一番悪い。
そう、胸の中でちょっぴり毒づいて、モナは少しばかり考えた。
……ゼフィーはネリーちゃんのこと「無理」って言ったけど、本当にそうなの? これでゼフィーがネリーちゃんを受け入れたらそれはそれで嫌だけど、けど、ほんとに無理なの……?
そう、疑問に思ってしまって。
モナは〈何気なく〉。
〈なにげな~~く〉を意識して、ゼフィルにすぅっと顔を向けると、
「あのさ、ゼフィー?」
「んー?」
聞いた先、ゼフィルは材料棚の前、発注書を見て眉寄せている。生返事のそれに、モナは続きを放った。
「変な事聞いていい?」
「いーよ?」
「ゼフィーって、上下何歳差ぐらいまでならイケるの?」
「……じょうげなんさいさ?」
そこで上がる彼の顔。
不思議そうなゼフィルに、モナは赤い瞳にさりげなさを搭載して口を開く。
「〈恋愛対象の年齢は、何歳ぐらいなの?〉」
「…………えー? とりあえず子どもは無理かな~。四つより下は子どもにしか見えない」
……あっ……
ネリーちゃんて……たしか
19…………
「……ゼフィーって……何歳だっけ……」
「オレ? 26」
あう……ッ! ななつも違うッ……!
どうしようもない現実に、モナは心の中で胸を鷲掴んだ。
駄目だ。
聞いた自分が馬鹿だった。
この先地雷原な気がする。
戦闘機に竹やりで挑むようなもんな気がする。
あああ、ごめんネリーちゃん、ごめん本当に。
──と、顔を作るのを忘れ、心の防御に全振りしようとするモナの前。ゼフィルの、素直で忌憚のない本音は、連続で降り注ぐのだ。
「それと、オレの人間関係に意見してくる子。無理。オレの人間関係だぜ?」
うっ。
「あと、アレもあんま好きじゃない。
〈わたしこれだけ頑張ってるのよ?〉ってタイプ。
疲れる。
お守りしてる感覚になるっつーか?
ある程度落ち着いた子がいい。
それと、あからさまにこっちに気持ち向けてくる子?」
はうっ。
「オレも男だからさ、気持ちは嬉しいけど、利用してるみたいで申し訳なくなるじゃん。オレの気持ちが出るとは限らないしさ~いい加減なことできなくね?」
……ぐぁっ……
「──……って、モナちゃんどしたの? 食べ物がのどに詰まったような顔して」
「──ゼフィぃぃぃ……っ誠実すぎではありませんかね……?」
「当たり前だろ? 期待持たせんの嫌。オレ、好かれるより好きでいたいの」
「…………くっ……あぁ…………」
…………ああああああ…………
まるっきり悪気ゼロ。
誠実素直な連撃に、モナは空気が抜けるような音と共に顔を隠して潰れこんだ。
ああ、駄目だ。
勝ち目がない。
自分のことではないが、負け戦過ぎて逆に苦しい。
自分が馬鹿だった。
送り出した恋敵の勝ち筋を探って、結果ぼろぼろ。
何やってるんだろう。
ああ。
ネリーちゃんの首にギロチンをかけたのはわたしだ。
下すのはゼフィルだ。
あああああああああ……
「……ゼフィー……………………ごめん」
思わず。
良心の呵責に耐え切れず。
痛烈に謝るモナに、ゼフィルの〈100%ワカッテナイ〉が降り注ぐ。
「なにが?」
「……ごめん。ほんとうにごめん」
「? なんか悪いことした? してなくね?」
「いいえ。あの、すみません頑張ってください。応援しております…………はぁ……ああああ……」
「だ。ど、どうした??」
「──あああああ~~~ごめんんんん、ごめんホント!」
「だ、だからどうしたのよモナちゃん」
きょとんと効いてくるゼフィル。
うえん。つらい。
メンタルがしくしく。
茶化すぐらいむり。
ぺしょぺしょ。
「ねえゼフィーなんで世の中上手くいかないの? どうしてみんなが幸せになれないの? みんなが幸せになる方法ってないの?」
「マジでいきなりどーしたのよ。哲学者アステル・ラノディウスの『万人幸福論』でも読んだ?」
「読んでないっ。わたし今誰かの役に立ちたいっ、今すぐ相談がこいっ。あああああつらいしんどいっ」
「──…………あ~、えと~……」
最早。
完全無欠の情緒不安定状態だ。
自覚はあるのにどうしていいかわからない。
心が渋滞してテールランプが付きっぱなしのモナに、しばしの間をおいて。
遠慮がちなその声は、ゼフィルから、そろりそろりと届いたのである。




