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ゼフィルの事情 





「世界って広いじゃん? 闇雲に探し回るより、ここにいた方が会えるんじゃねーかと思って。待ってんだ、オレ」

「どんな親御さんだったの? 聞きたいな」



 オルマナの夕暮れ。

 製麵工房ローダーのカウンターを背に、丸椅子に腰かけ聞いてみる。


 風が静かに木の葉を揺らす音が優しく響く中、小さく首を傾げたモナに、ゼフィルは腕を組んで宙を仰ぐと、



「どんな親……、うーん。

 親父は陽気でおちょうしもん。

 いつもくだらないことで笑わせてくれたけど、麺についてはクッソ煩かった。

 おふくろは真面目で控えめ。

 あんま感情出す人じゃなかったかも」

「うん。そうなんだ」



「つっても、『育ての親』だったらしいんだけどね。そんなことも全然知らなかったよ。後から知った」

「そうだったの……。

 生みの親には会ったりした?」



「してない。顔も知らねーし。生んでくれたことには感謝すっけど、オレの親は親父とおふくろだし……」


「……あの。その。

 どうして離れ離れになっちゃったの……?」

「……うーん。それがさ~……」



 声のトーンを落として、ひとつ。

 どこから言おうか、言葉を探す様に沈黙し、やがて彼は、その瞳に哀愁と懐古を乗せ、



「──11の時だったかな~。知らねージジイが現れて、親になんか交渉して、オレ、そのジジイの家に行くことになって。

 生みの親の親……、つまりオレの祖父な? クソジジイだったから〈クソジジイ〉って言うけど」


「……うん」

「クソジジイんとこ地獄でさ。血筋がどうとか家がどうとか言って朝から晩まで勉強させられるわ、やたらと動きにくい服着せられるわ、監視つくわ見張りいるわ、も~散々」



「……ん」

「挙句の果てには「才能がうんたら」っつって、くそほど古文書とか研究書読まされて。内容は面白いし、やることは簡単だったけど、それをジジイの元で活かす気はなかった。研究は楽しかったよ? ……でも、自分で掘るだけで良かったんだ、オレは」

「…………」



「──で、何年もそんな生活で。

 あることがきっかけで大爆発。

 あいつのところになんか居たくなったオレは、オルマナに帰ってきたんだけど、……もう、全部遅かった。父さんも母さんも居なかった」

「…………」



 モナは何も返せなかった。

 知らなかった彼の生い立ち。

 ただ受け止めるモナに、ゼフィルの告白が続く。



「周りに聞いたけど誰も知らないって。姿を見かけないと思ったらもぬけの殻だったって。じじいが悪さしたのかとか、オレを捨てたのかとか、色々考えて、どうしようもなかったな~、あの頃は」



「──……そう……だったんだね」

「……だからオレ、親父がやってた製麺屋、継ぐことにしたんだ。〈製麺工房 ローダー〉の名前が広がれば、いつか両親に届いて、帰ってきてくれるんじゃないかって」

「…………」



 寂し気に笑うゼフィル。

 そんな彼に痛みを感じて、モナはぎゅっと、拳を握りしめた。



 ねえ、それでも笑うの?

 寂しいを隠すの?

 ちょっと言ってよ。

 つらいって言ってよ。



 なのに彼は笑う。

 ぱぁ! と表情を変えて、軽く軽く、吹っ飛ばすように。



「──って、ごめんごめん! しみったれた話したわ~! あ~、気にしてないから今の忘れ……っ」

「────ゼフィー!」

 


 ──たまらなかった。

 思わず声も遮ってモナは彼の頭を抱えるようにぎゅっと抱きしめていた。


 自分が寂しくて悲しいのに笑うから。

 まだつらいのに笑うから。



「わたし傍にいる! 一緒に名前広げよう! 絶対お父さんとお母さんに届けよう!  絶対、ぜったい!」



 嫌われるとかどうでもいい。

 そんなの後から考える。

 この人の力になりたい。 

 三か月? 首輪?

 そんなの関係ない、わたしはゼフィーの傍に居たい! この人を幸せにしたい……!



 そんな想いを胸に、腕の中。

 彼を閉じ込めるモナに、優しく小さな音が降る。




「……あんがと。でも、ダメだよ」



 腕に彼の手がかかる。

 おろして、と言われてる。



「帰るんだ。あと半月も経てば、その首輪の魔力は消える。モナちゃんは自由になれる。家族のとこに、帰ってあげて」



 

 ……ねえ、それで、ゼフィーは平気?

 そんな顔してるのに。

 行かないでって言われてる気がするのに。

 わたしの気のせい?



 そんな思いを隠しもせずに見つめた先には、ゼフィルの堪えた微笑みがあった。



「……ね? モナちゃんの大切な人のところに帰ろう。帰るべきだよ」

「……………………」



 諭すように言わないで。

 解ってるよ、わかってるけどさ。

 


 ──〈大切な人〉。

 たいせつなひと。


 家族・友達・同僚・上司。


 わたしにもいたよ、そういうひと。


 でも戻り方がわからない。

 皆には申し訳ないと思うけど、世界をまたぐ方法なんて、探してるうちに死ぬ未来しか見えない。


 むしろ今、自分に大切なのは、目の前。

 優しく儚いゼフィル・ローダー。


 ねえ。今打ち明けたら、どんな顔する?

 っていうかわたしもう、これを抱えて居られないよ。

 話したい。 

 転生してきてること。

 この世界の人間じゃないってこと。



 打ち明けよう。

 彼に嘘をつきたくない。



「……ゼフィー、あのね、わたし、実は……、──!?」

 ────ビリッ!



 突如。

 走り抜けた刺すような視線に驚いて、モナは勢いよく顔を向けた。



 捉えるは街道の奥。

 ネルヴア川に続く森の中。


 間を置かず”ガサ!”と茂みが揺らぐ音。

 途端、ゼフィルに警戒が走る。


 そちらを注視するモナを庇うように、彼が身を乗り出し指を構え、



「──モナちゃん、下がって」

「……今、……、」


「……もしかしてさっきのオヤジ……ッ!」

「………………違うよ。たぶん、」



 警戒心をむき出しに。

 茂みの向こうに怒気を送るゼフィルの隣、モナはぽそりと呟いた。


 見えていた。

 モナには、その姿が。



 …………女の子。


 金の髪のポニーテール。


 ……たぶんだけど、ネリーちゃんだ。


 ──ゼフィーに好意寄せてる、女の子……




 確証はないが間違いない。

 女の勘が言っている。

 息を呑むほど鋭く刺さったのは、怒りと恨みだった。


 まるで、本命彼女が浮気女に向けるみたいな、強いもの。



 ……でも──……


「──オレ、確かめてくる」

「──猫じゃない?」



 モナはわざと声を張った。

 明るくからりと、今までの全部を横に流すように。

 一瞬戸惑いの視線を向けるゼフィルに、くすり。

 肩をすくめておどけてみせると、



「猫だよきっと、たぶんそう!」

「──ねこ?」

「そう、猫! にゃーんって鳴くよきっと、「にゃーん」。ふふ♪」

「…………」

 

 

 鳴きまねまでしたモナに、気が反れたのか。

 微妙な顔で口をつぐんだゼフィルに、モナはこっそり胸をなでおろした。



 ……とりあえず、今は大丈夫。

 今は、しのいだと思う。

 ゼフィーに追いかけさせて尋問させるなんて、したくないもの……



 そう、懸念と安堵を馴染ませるモナの隣。

 何かを探すように考えていたゼフィルが、すぅ……と顔を上げ、




「モナちゃん、あのさ」

「ん? なに? ゼフィー」


「────ねこってなに?」

「まじか。ここ猫居ないんだ??」








 ──そして彼女はやってきた。

 翌日、モナの一人の時間を狙って、堂々と。



「コンニチハ、相談術師さん」

「……ネリー……さん……」

「……今日はアナタに相談があってきたの。お仕事、引き受けてくれるかしら」


 述べる桃色の瞳は明らかなる敵意を放っており、モナはごくんと息を呑みこんだ。


 走り抜ける覚悟。

 向かい合う姿勢。

 拳を握って、答える。 


「…………喜んでお受けいたします」




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