売られたわたし、買ったチャラ男 1-2
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「はぁ~い、”せるま~っ”、どーもどーも♡」
「…………」
「ん、あれぇ?」
引っ張られ移動して、ちょっとした開けた場所。
うっそうと伸びる深い森を背景に。
軽いノリで、胸元で両手を振りながら近づいてきたそいつに、モナは沈黙で警戒を返した。
なにが”どうも”なのだろう。
動画か映画か知らないが、奴隷を買う人間に気さくに振舞われてもドン引きしかない。
しかし《購入主》は気にしていない様子。
……なんかおかしい。
映画ならエキストラの一人にここまでやる必要は無いし、何かのドッキリだったらやりすぎ。
……どうなってるの、これ……
と、疑念を抱くモナを横に、奴隷商と購入主は”普通”なのである。まるで、コンビニでジュースでも買うような空気で、いかにもそれっぽい袋のやり取りをすると、十数秒。
中身を確認した奴隷商は、小さく舌打ちをして立ち去ってしまった。
……そこから感じる、マジな空気。
今、確実に〈売買取引〉が目の前にあった。
どこのだれかも知らない相手が、金を払って自分を〈買った〉。
これがどんなことを意味するのか、この先に何が待つのか。
女なら簡単に想像がつくだろう。
〈オトナの奉仕〉、〈躰のお世話〉、果ての懐妊──
そんな未来予想にぐっと喉が詰まる中、チャラ男はこちらに近づいて来て──
──────でかっ。
その風貌に、思わずのけ反るモナ。
ゆったりとしたローブとフードでおおよその体格しか見積もれないが、〈彼〉は確実に背が高い。
なに、何、この人身長どれぐらいあるの? 180はありそう……!
と、身構えるモナに、すぅ──っと。
《《伸びてくる奴の手》》。
何をされるのかと警戒し、背に力を入れたモナだが、男が触れたのは首元。
そっと、モナの首輪に手を触れたかと思うと、一歩距離を取った。
「え……、なに、なんですか?」
「──あ、購入処理しただけ。だいじょーぶ。怖がんないで?」
「いや普通に怖いですって、あの、今のって、なに──
……!」
首輪を掴みながら動揺を滲ませ、目を上げたモナは、続きを飲み込んだ。
ぱさりと音さえ立てながら。
フードの下から露わになったのは、彼の容姿。
年のころなら20代後半。
軽い調子を裏切らない、明るく爽やかな笑顔。
ミディアムショートの髪。
カラーはアッシュゴールド。
センターで分かれた前髪が横に流れ、さらりとした音まで聞こえてきそうだ。
オリーブグリーンの瞳が優しく、少々タレ目。左耳にゴールドのピアス……いや、輪っかの耳飾りが2つ。
イケメンだ。
イケメンだけどこの人……
しょ、湘南に居そう!!
キュピピィィィン!
音さえ立てて、モナの中、購入主が浜辺でサーフボード持ってちゃらちゃらと女をナンパしている様が駆け巡った。
みたことある。
知らないけど知ってる、この人。
二次元にもよくいる。
親の顔より見た広告にいる。
────あれだ。
漫画やドラマとかで、〈ヒロインに明るく陽気に声かけて気を引こうとするけど、絶対報われない友達ポジ〉。〈さわやかで軽くて清潔感はあるけど、その軽さで本命になれないキャラ〉。
少女漫画でツライ恋愛する人。
結婚式のご祝儀返しのバームクーヘン一人で食べて泣く。
そーいうタイプの人だ!!
──と。
生まれも育ちも日本国・物心ついた時から溢れんばかりの娯楽を浴びてきたモナに、勝手に属性わけされ・勝手に人格まで予想されているとは、つゆ知らず。
購入主の〈湘南くん〉はモナを見下ろすと、くすりと笑うのである。
そこに宿るのは、〈そーんな警戒しなくてもいーっしょ〉言わんばかりの空気。
逆効果だ。
買われたんだから警戒するに決まってる……!
を、瞳に込めながら。
モナは顎を引いて、じぃっと彼を見上げると、
「……あの。すみません」
瞬間。
こっちを見られて、どきんと心臓が跳ねた。
ときめきじゃない。緊張だ。
「恐れ入りますが、……アノ。なんで、私を……その、」
ちらりと瞳を動かし、ごくん。
「【お買い上げ】、いただいたのでしょうカ……」
「いやー、家のことやるのめんどくさくてさー」
──────かるっ。
思い、悩み、絞り出した問いに返ってきた言葉に、モナは一時停止した。
物凄く身構えたのにこの返事。
モナにとってはおそらくラッキーなのだろうが、脳が現実について行かない。
軽すぎない? ちょ、軽すぎない?
と。混乱の視線を受けながら、しかし〈湘南くん〉は調子を崩さない。
心底めんどくさそうに大きな仕草で後ろ頭をごりごり掻くと、ため息交じりに語り出す。
「いやオレさ? 領都で風使い屋やってたんだけど、全然金になんなくてさ。戻ってきたら実家が消えてて、店だけ残ってたんだわ。で、しゃーねーからパスタ屋だけ再開したけど……ほら、オレ、麺作る以外できないし?」
できないし? なんて知らないし?
てか湘南で風使いのパスタ?
「飯はいいとして、片づけがな──っ、どーにもなんなくてさぁ」
「……あ。はい……」
情報量が多くない?
「あと、《 ヒマ 》。暇なんだよ。
基本ひとりだぜ? 話し相手ほしーじゃん?」
「……………………はあ……」
「あ。もっとキツイこと考えた? だーいじょーぶだって。オレ、人傷めつける趣味ねーし」
「………………」
言って、肩をすくめ細やかに首を振る湘南くん。
モナはスリープモードに入りかけた頭を動かし始めた。
──これはいったい、どう返すべきなのだろう。
つい先ほどまで、ドラマか映画か、動画サイトの素人どっきりか何かだと思っていたし、今もうっすら疑っているのだが、どうも……
そうではないっぽい。
カットも入らなければ、人も居ない。
湘南くんの風貌はそれっぽいし、お芝居にも見えない。
それら状況が導き出す答えは〈いくつか〉。
……あり得ない……あり得ないことだが……
ひとつ。
〈何かの間違いでゲームの中に来た〉。
ふたつ。
〈何かの間違いで転生ってやつをしてしまった〉。
みっつ。
〈いつの間にかそういう、体験型のアミューズメントパークができて、いつの間にかそこに迷い込んだ〉
──いやいやいやいや。
いやいやいやいやいやいやいやいやいや。
「ナイナイナイナイナイ、ないって。ないから。」
「んー? どーした? なんか無くした?」
「ちが、えと、えと、ごめんなさ、あーっと、つまり、」
しどろ、もどろ。
湘南くんのオリーブグリーンの瞳を見上げて、おずおずと
「その──……〈暇だから〉、……〈奴隷、市場〉……に?」
「そうそうそう。暇つぶしに? 誰かいないかな~って」
「……ひまつぶし……」
最早ギャグ展開の回答に、ぼーぜん返した。
暇つぶしに50円。
むなしすぎる。
てかこの人の倫理観がおかしい。
奴隷取引なんて違法だし、基本的人権の尊重は? 憲法は?
──そう、真っ白い頭の中で疑問だけが高速に回りまくるモナに、気遣いもせず。
湘南くんは陽気なトーンで続けるのだ。
手ぶり素振り、とても楽しそうに。
「で。そしたらアンタが、あ~、〈すまほ〉? とか、〈へいしり〉とか、わけわかんねーこと喋ってて、面白くてつい」
「……それで人買うとか、よくわかんないです……」
彼の調子に乗せられて。
モナは思わずこぼして首を振った。
普通ならここで、モナは張り飛ばされ、地に転がり呻いていてもおかしくない。むしろそちらの展開が脳裏にかすめた瞬間。
返ってきたのはけろりとした疑問だ。
湘南くんはきょろんと首を傾げ、言うのである。
「そお? いいじゃん、人助けだぜぇ?」
「──え? ひ、ひと、助け……?」
意味が分からず、モナは動揺のまま顔を上げた。
──なに、言ってるの?
奴隷を買うことが人助け?
そういう世界線のハナシ?
え? え?
──を、喉の浅瀬で閉じ込めて。
ぱちぱちと瞬きをするモナに、湘南くんはとても不思議そうなのである。〈何を当たり前な〉と言わんばかりにうなじを掻くと、
「ん? そーだよ? 奴隷商に掴まったヤツは、セリで売れなかったら処分だよ?」
「……しょ……」
「当たり前じゃん? 食費もバカになんねーし、次のセリいつになるかわかんねーし。金にならない食い扶持要らねーでしょ?」
「…………え、うそ、じゃあ、……」
「そそ。アンタは、〈助けられた赤髪ちゃん〉。そーいうこと」
さぁ……っと血の気が引いていく。
考えていなかった。
売れ残りの奴隷の行方なんて。
生まれた頃から平和で、奴隷制度などない現代日本で生まれ育ったモナにとって、それは衝撃的で──
胸の内。
暴れ出す動揺と、あったかもしれない最悪の結末と、〈まだ捨てきれない「どっきり説」〉に、モナの呼吸が浅くなりかけた時。
すぐ後ろ。
ほぼ耳元に近いところから、彼のかるーい声がする。
「ってことで、帰りますよ~、お嬢さん?」
「──え! あ、はい、すいませ……わっ!?」
反射的に謝って。
脳が理解するより早く、抱き留められた肩に、浮く身体。
「え、──えっ!?」
唐突のお姫様抱っこ。
身を縮めてビビりまくるモナに、余裕の声が降る。
「え? なーんで驚くの? 帰るだろ? ってか”案内”?」
しゅ、しゅ、しゅわ、ふわ。
軽口で首を傾げる男の向こうで、空気が揺らめき波を打ち、──ふわり。
しかしモナはそれどころではない!
彼の腕に抱かれながら、精一杯の抗議を上げる!
「ちょ、ま! だってなんで抱っこ……! てかわたし〈奴隷〉ですよね!?」
「えええー? だってアンタ、裸足なんだもーん。裸足でこの先歩かせられっかよ、足ボロボロになるわ」
「いえいえいえいえちょ、まって! 歩けます! 家どこなんですか!? 歩きますから!」
「──ばーか言うなよ~、むりだよ、ほら、掴まれ~」
「…………ぅわあああああああああああああ!?」
モナの叫びも舞い上げるように。
ふわっと浮き上がった体・感じない重力。
下がっていく木々と近くなる空。
一気に木の上・森の上。
眼下いっぱいに広がる壮大な木々。
はるか向こうに見える、白銀を被った山々。
知ってる空より、遥かに色鮮やかな青い空。
地肌を抜ける風、ゆるく巻き上がる髪──
「────……飛んでる……!」
「やっぱアンタ、魔法使えない人だろ?」
「あ、すいませ、え? 飛ん、……えっ?」
まって情報量が、
「山ふたつ超えっから」
「──ふたつ!?」
「そーお。あい、しっかり掴まっててな?」
「ふた……! え、あ! はいっすいませッ……!」
思わず日本人らしく謝って。
渋滞しまくる情報に振り回されながら。
耳飾りのチャラ男に抱えられ、モナは空を行く。
これってたぶん…………
転生ってやつだ…………
と、頭の浅瀬で思いながら。




