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帰れよ、頼むから 9-2




「──だぁぁぁぁ……っ、あのババア──っ、羽飾りここに置いてくなよなぁ、邪魔なんだよくそおおお」

「あはは。ゼフィー、いいじゃない。あの人明日も来てくれるんだし」



 風献祭も一週間後に押し迫った、ある日の夕方。

 今日も相談カウンターを賑わせていた、花蜜餡作りのお喋りガールズ(妙齢)が帰った後。

 カウンターの上、広がりまくった羽根飾り(アメルナ)作成キットを眼下に愚痴るのは、ゼフィル・ローダー。


 

 この店の店主であり、モナを相談術師として担ぎ上げた男であり、チャラい空気を纏った風使いだ。


 そんな彼に、朗らかな笑みで返すのは、モナ・シンドバルト。

 元日本人社畜の転生女である。



 彼女は毎日が楽しかった。

 日本にいた頃とは違う、緩やかな時間の中で過ごす日々。

 触れる文化の違いに驚き・動物や空気に驚き・新しいものに心躍らせる毎日。


 祭りの前の今なんて、そりゃあもう新鮮の連続だ。



 彼らが仕込んでいるのは、祭りの主なイベントで闇夜に飛ばす、『風の贈り羽根』。祈りや想いで変色する糸で作る工芸品なのだが、その日訪れる観光客の分も仕込むのだそう。


 ゼフィルはそれが嫌なようだ。

 カウンターに広がる羽根飾り(アメルナ)たちを見下ろしながら、モナの隣でブツブツと、

 


「……つーか、毎年思うんだけど、なんでオレらが観光客の分まで作らなきゃなんねーわけ? 自分で作らせろよ。風の贈り羽根だぜ? 自分で作らなきゃ意味ねーじゃん」

「まあまあ」



 まるで子どものように頬を膨らませ、ぶーたれるゼフィルに、モナはくすりと笑って羽根飾り(アメルナ)の一つに手を伸ばした。



 羽根飾り(アメルナ)は不思議だ。

 松の葉のような針葉樹・ブエルニードを二本。ねじねじと絡めて穴を作り、そこにルミナスという魔法糸を通していく。


 この糸がまたファンタジーで、作り上げる最中、製作者の想いを写すように色が変わるのだそう。



 そうして、色の変わった糸を、何度も何度も繰り返し。4-5cmほどのフリンジを作り上げたら、梳いて・カットしてを繰り返し、綺麗な羽飾りにするのである。



 初めはモナも(糸で羽根? べろーんって垂れない?)と訝し気だったが、ここは〈異世界〉。専用の櫛で糸を梳き続けると、徐々に硬化し形を保つようになるのを見て、〈さすがファンタジー〉と感動した。



 それと同時に(糸に刺激を与えることで固くなるの? それとも櫛に硬化物質が含まれてて、擦りつけることで強度をもつようになるとか?)と考えたものだが、……それを口にする勇気はない。


 うっかりぽろっと「なるほど紫外線硬化ね~」と現代用語を漏らしかねないからである。



 そんな疑問を(まあ異世界だし)で全部包んで。

 手元の針形の葉(ブエルニード)に糸を通すと、



「わたしは楽しいよ? みんなでお喋りしながら手動かすの好き」

「すぐ飽きるって」


「ゼフィーはこういうの嫌い?」

「きらい。イライラする。絡まる。上手くできねえ。毎年ネリーに笑われんだ。総出で作る意味がわかんねえ。得意な人が作るべきじゃね??」

「……あっはっは! わかるそれなー!」



 ぶーたれモードのゼフィルに、モナは両手を叩きながら笑いかえした。


 気分はすっかり友達──いや、好きな人と居残りして文化祭の準備をしている感覚である。


 バイトや塾がある子が早々に帰っていき、実行委員の自分たちが残る──……そんな疑似シチュエーションに口元のゆるみを感じつつも、モナは羽根飾り(アメルナ)の芯をくりくり。指先で回すと、しげしげと頷いて、




「にしても凄いね、こんな細い葉っぱに更に細い糸通すとか……。よくこんなの考えたなあ~」


「だろ。非効率。マジ時間かかる。飛んだ景色はマジすげーけど! 作るのめんどいっ!」

「……まあね~。飛ばすの一瞬なのに〈これ〉は、タイパもコスパも悪いのわかるけど」


「たいぱ?」

「あぁうう、ごめんなんでもない気にしないでごめんなさっ……」



 漏れこぼれた現代語に、モナは沈没するように顔を覆って首を振った。



 オルマナに来てして二か月と少し。

 ゼフィルと距離が縮まったせいか、たまにこうしてぽろっとしてしまう。ゼフィルがあまり突っ込んでこないので難を逃れている節があるが、塵も積もれば山なのだ。


 今までのそれが、いつ、どこで、ゼフィルの疑念に到達するかわからない。



 そんな、自分のやらかしに、瞬時に落ち込み瞬時に持ち直して。

 モナは高速で何か話題を探すと、目の前のゼフィルに引っ張られたように、 思いついた問いを投げた。



「って言うかゼフィー。最近相談カウンター(こっち)によく居るけど、パスタの方は? 仕事大丈夫?」



 そう、ここ最近、彼の動きが変わった。

 前は午後までゆるゆるして、モナの相談カウンターの後ろでパスタを捏ねていたのに。


 今はなぜか、午後仕事をしないで客の輪に馴染んでいる。

 それがほのかに不思議だったのだが、答えは、ゼフィルの警戒と共に返ってきた。



「──ん。それはヘーキ」



 まともに固くなる声。

 思わず見つめるモナに彼は続ける。



「前はダラダラやってたのを、早くしただけ。納品に支障はないよ~」

「あ。そうだったんだ。なんで早くするようにしたの?」

「…………」

「? ゼフィー?」



 じっと不満そうな顔で見てくるゼフィルに、首傾げた。


 ……なんかまずいことしたかな……


 なんて、うっすら考えるモナの向こう側で、ゼフィルは頭を掻くと、──”はあ”。



「…………最近、男の客増えてきてっかっら」

「あ。」

「……常連さんもモナちゃんも女じゃん? なんかあったら怖いだろ、ヤローが一人いた方が良い」

「………」



 瞬間。ときめきに唇が縮んだ。


 ……こういうところだ。

 こういうところが、最高に嬉しく、かっこいい。

 いざとなれば盾になると言われているようで、心、ときめく。

 


 照れと嬉しさと気恥ずかしさと。

 交じり合うそれらに染まるように、モナの手の中。

 今まで純白だったルミナスの糸が、緩やかに、淡い桃色に染まっていく。



「モナちゃんの羽飾り、綺麗な色」

「──えっ。あ。えへへ。嬉し」


「お。「いえいえそんな」って言わないじゃん。へえ、マジで好きなんだ??」

「……うん。桜色。わたしの生まれた国の色なの」



 言いながら、モナは手元の羽根飾り(アメルナ)を撫でた。

 桜色にそれに思いを重ねて、思い描くのは〈遠い日本〉。



「国旗の色を混ぜるとこの色になるんだけど、これが、春先に咲く〈桜〉って花の色と同じで。大好きなの」

「……へえ~……いいじゃん。……綺麗な花なんだろうな」

「──これあげる。ゼフィーにあげる」



 それは、自然に飛び出していた。

 何気ない感謝を伝えるように。

 モナは手元の羽根飾り(アメルナ)をすっと差し出すと、目を丸めて固まるゼフィルに言った。



「一番綺麗にできてるから、これ、あげる」

「────……」


 ぶ、わあああああああああああああああ。


 ────え?


 途端。ゼフィルの顔が真っ赤に染まった。

 真っ赤だ。

 穏やかな緑の瞳をまんまるにして、そのままの姿勢で固まる彼の顔は、耳まで真っ赤で。

 それに固まるモナの前、次の瞬間ゼフィルはガタンと音をたて立ち上がり、自身の顔を握り潰し抑えると、



「──ちょ! 待って! え!? ウソだろ〈オレ(・・)〉!?」



 わたわた。あたふた。

 なにやら狼狽え、自分に突っ込みを入れている。

 そしてそのまま、彼はぎゅん! と音すら立ててこちらを見、



「モナちゃん、それ、どっから聞いた!?」

「え? なにを?」

「あのババアか!!! くっそ! いや、知ってたらそんなことしないよな!?」

「えっ、えっ?」

「つーか待て待てオレ! 〈オレ〉! 待てって!! あっつ! 顔! 顔洗う! うわ──!」

「…………」


 ぽかぁぁぁぁぁん……


 ばたばたと。

 室内に消えていったゼフィルの背を目で追いかけながら、頭が動かないのはモナである。



 ──え。今のなに?

 あの反応、え? どういうこと?

 アメルナって、人にあげちゃいけなかった?



 大混乱の彼女は知らない。

 祈りの羽飾り、アメルナ。

 祭りの夜に願いを込める祈り羽根だが、女性から男性に贈る場合、それすなわち求婚の申し込みだということを。



 つまりゼフィルは、モナの不意打ち求婚に、全力で体が反応しパニックになったのだ。そんなことを知らぬモナは、混乱のまま別のアメルナをつまみ上げ──……



「これってお祭りのアイテムだよね……? もしかして伝説ある……? これもそういう意味があったりする……?」


 くるくる。くりくり。

 

「──え! わたしゼフィーに何言ったことになってるの!?」



 素っ頓狂な独り言。

 応えてくれるものは居ない。

 

 あれ? えっと。えっと。

 《アメルナ 羽飾り 意味》


 ──と。必死に脳内検索をするモナ。

 しかしそれを引き戻す様に、その男の声は、視界の外から淑やかにかけられた。



「……あの。セルマール。こんにちは」

「──! はい……! いらっしゃいませ……!」 



 反射的に立ち上がれば、そこに居たのは見知らぬ男性。

 やや疲れた顔をしている中年の男は、モナの緊張した面持ちに、こっくりとほほ笑むと、



「まだやっているかな? 相談、聞いてくれるかな、お嬢さん」

「──! は、はい……! すぐに個室をご用意しま」

「いいんだ」



 遮るような一言。

 逃がさないとでも言うような空気に、モナがジワリと退いた時。

 相談客の男は、虚な瞳で微笑んだ。



 

「ココでいいんだ。話を聞いてほしいんだ。キミに」

「………………」



 言い知れぬ圧に押されて。

 モナはこくりと頷いた。


 




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