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パスタとなまと日本人 7-1


 

 きっかけは、〈小さな契約解消〉。

 「ずっと懇意にしていた卸先から、半量切られてしまった」と沈むゼフィルを前に、モナに生まれたのは理不尽に対する怒りと、助けたいという気持ちだった。



「──さぁ~てねぇ、余った麺、どーすっかな……」

 小麦の匂いが立ち込める工房の中、こちらに背を向け、ガリガリと頭を掻くゼフィルに、モナは拳を握りしめて言う。



「売らないんですか? 売りましょうよ! わたしもやります! もったいないです!」


 ──それは、暗に覚悟を決めた言葉だった。

 ゼフィルを困らせたくない。

 損失を出したくない。

 何とかしたい。

 彼の顔が明るくなるなら、飛び込み営業でもやってやる──!


 そんな意気込みだったのだが、彼から飛んできたのは、端的な言葉。



「ここじゃ出ねえよ」



 ひどく冷たい、突き放した声に、モナが背を冷やした時。

 彼は、音もなく顔を向けてこう言った。



「……売れねえんだよ、ここ。パスタは無理なの」









「パスタは……〈無理〉?」



 息も詰まる沈黙が落ちる中。

 製麺工房ローダーの厨房に、乾いた音で響いたのはモナの声。



 駆け巡るのは疑問と違和感だ。

 記憶の中では、ゼフィルは自店を人気店だと言っていた。

 ──のに、〈ここじゃ出ない〉とは、どういうことなのか。


 そんな疑問は、モナの口から滑り出していく。



「え。でも、人気店って言ってませんでしたっけ……」

「ん~。人気だよ~? 超人気。だけど、街の外でのハナシな~?」



 彼の瞳を求めて滑らせた視線の先、逃げるように向こうを向くゼフィルの顔。

 声色からわかる、諦めと強がり。

 モナの青い視線が彼に注ぐ中、彼は棚から塩の瓶を手に取ると、



「モナちゃん、ここで相談受けてて、オレのパスタの感想聞いたこと、無いでしょ? みーんな〈風使いの便利屋〉だと思ってるじゃん?」

「……あ。そういえば……」



 くるんと振り向くからりとした顔に、モナは逆に視線を下げた。




 確かに彼の言う通りだ。

 相談に訪れる人々がゼフィルに言うのは、「裏の庭の枯葉がヤバいから魔法で回収してくれ」とか「雑草狩るのめんどくさいから頼む」とか「今年は風のとおりが悪くて果実の乾燥が遅いから風起こして」とか、そんな仕事ばかり。



 誰一人、彼のパスタについて語っているのは聞いたことがない。



 唯一、常連のシエルばあちゃんに笑いながら、「あんたのところの麺高いのよ! 食べられやしないわ!」と言われたことはあったのだが──



 ……つまりゼフィルさんのパスタ、出荷先が都内の、地方高級地場産品って感じなのか……



 緩く握った拳を口に当て、現代日本に置き換え理解するモナ。

 その隣で、ゼフィルはおもむろに大きめの塩瓶を取り出し、軽く放る。



「ここってさ」



 ぺちん、ぱちん。

 手の上で、瓶を投げ遊ぶゼフィル。

 落ちては浮かぶ瓶を、目で追いかけながら語りだす。


 

「火をおこすのは午前中だけ。そのうちにラップル焼いて、あとは適当に包んで食べるのが普通じゃん?」

「……確かにみんな、「お昼はラップルロール」って言ってましたよね、「野菜や豆や肉を巻いたのを、仕事場で食べる」って」


「──そ。相性悪いんだよな、パスタは熱いうちが美味いから」



 しゅ、ぱちん。

 しゅ、ぱちん。



「そもそも作るのに時間のかかる飯作らねえんだよ。一気に焼いて、一気に作って、さっと食べて終わり。時間かかるやつ嫌いなんだ。待ってらんねえの」



 ──しゅっ、パチン!

 ゼフィルの手の内で、瓶がやや大きな音を立てた。



 何かを結論付けるようなその音は、まるで戦うことすら諦めているようで──

 モナの中、〈憤りと町の文化〉が、静かに沈んでいく。



 確かに、火を使うには魔法石が必要だし、水のように魔法陣でいつでも使えるものではない。風が強いこの土地で、長時間の過熱となると見張りが必要な火は、暮らしに適していないのも理解できる。


 自分は燃える薪を見つめるのが好きだし、そもそも織物などの仕事がないから片手間で見ていられるが、そうじゃない場合、短い時間で終わらせたいのもわかる。




 でも、だからって、『出ない』と諦めるのはなんか違う。

 もったいない。

 日本で当たり前だった〈午後に熱々のパスタを食べる幸せ〉がこの街で成立しないのはわかる。でも──……!



 思わず唇を噛みしめて。

 ぐっと拳を握るモナの前で、ゼフィルはゆっくり瓶を拭く。

 モナの中にたまる熱に気づいていながら、〈スルーするように〉。



「──パスタが出張るのは祭りの時ぐらい? あとは、お祝い事の時かな」

「……じゃあ、なんで……」 




 それは、暗に〈どうしてこんなところで〉を含んでいた。モナの問いに、ゼフィルは少しだけ視線を落として──数伯。




「ここで麺打ってんのは、いい小麦が手に入るのと、あと──……」


 ──ことん。

 塩瓶を棚に戻す、小さな音。

 ゼフィルは小さく肩をすくめて、笑った。



「”親がやってた店だから”」

「──親……?」

「そう。”親”。孝行息子だろ? へへへっ」



 塩瓶を元に戻して。

 言いながら振り向いた彼が纏うのは、からりとしていながらも寂しそうな空気で、モナはぐっと、唇を強く閉じた。



 ──ゼフィルの言葉が蘇る。

 『領都で風使い屋やってたんだけど、全然金になんなくてさ。戻ってきたら実家が消えてて店だけ残ってた』。


 あの時は気に留めなかったが、それは、つまり、親御さんも居なくなったということで──……。



 どくん。

 胸のあたりで嫌な音。


 彼の、飄々な空気の裏に背負ったものを、垣間見たような気がして。

 どうしようもない寂しさに触れた気がして、息ができない。


 

 しかしそれらを口にできないモナの前で、彼は〈ふつう〉なのだ。

 あっさりとした雰囲気を纏い棚から離れると、作業台の前にしゃがみ込み、ごそごそと物色し、一呼吸。



「納品は魔法陣通すからどれだけ遠くても問題ねえし。たまに「店を大きくしないか」とか言ってくる都会人も居るけど、オレはね、この店がいーわけ。」



 言いながら、大きめの紙束を取り出し、ぱんぱんと埃を払う。


 その表紙に書かれた文字らしきものは全く読めないが──、年季の入った色合いといい、出てきた場所といい、おそらくそれは、この店の帳簿かレシピ本か何かだろう。



「…………」

 そんな彼に、モナはただ口を閉ざしていた。



 ……唐突に出てきた〈彼の歴史〉。

 見えなかった奥が見えた気がして何も言えない。


 何事にも歴史はあるし、彼にもそういう過去があるのは当たり前なのだが、ゼフィルの陽気な印象がそれを遠ざけていたのだ。



 モナは思う。


 きっと、あの紙束も思い出があるんだろうな。

 ご両親の顔も声も知らないけど、ゼフィルさんにとっては思い入れのある店なんだ。だったら、なおさら……もったいないじゃない。パスタ。



 ゼフィルは捨てると言っていないし、やり場に困っているだけだが、それがモナの中で渦を巻く。


 しかしゼフィルは、そんな彼女の空気をすり抜けるように、紙束をぱらぱらとめくり口を開くと、


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