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午後からはじまる相談屋 6-2




「──おおおっ。スープ完売したじゃん。すげえ~!」

「ゼフィルさん……! お疲れ様です!」



 振り向いた先、ひょろりと現れたいつもの顔に、笑みでその名を呼ぶモナ。



 アッシュゴールドの短い髪に、優しいオリーブグリーンの瞳。湘南に居そうな風貌の彼は、ゼフィル・ローダー。モナを奴隷市場から買い上げた、この店のオーナーである。



 ──はじめは、〈軽すぎる湘南くん〉という印象のゼフィルだったが、その性格は陽気で優しく、意外にも誠実だった。



 それなりにモテるくせに女を連れ込まない。

 彼に思いを寄せるネリーには、傷つけないトーンで「無理だよ~」と言い続ける。

 モナのやることはしっかりと褒めてくれる。

 まさに理想の上司である。



 このころにはモナも彼に大分気を許し、朗らかな敬語で話すようになっていた。


 そんなモナをゼフィルは時折、何か言いたげな顔で見ていたが……それは彼だけしか知らない秘密の事実である。



 

 さて。

 モナの主観ではあるが、ゼフィルの誠実さは、人に対する対応だけに留まらず、仕事もきちんとしているようだった。


 彼曰く、粉の配分にもこだわり抜いているらしい。


 一度粉の説明をされたが、聞いたこともない単語はチンプンカンプンで、まるでプログラミング言語の教科書を聞いているかのようだった。



 モナは彼の仕事量も稼ぎも卸先も知らない。

 しかし、彼の工房には大きなツボがあること、風魔法をうまく使い大量の麺を作っていることは知っていた。



 風魔法で捏ねるなんて、こっち(日本)の人間からしたら「なんでやねん。もっといい使い方あるやろ」状態なのだが、ゼフィル曰く「手なんて使ってらんねえし。こっちのほうが楽だし」らしい。



 ──そんな彼を頭の中に再生しながら。

 明かりの落とした部屋の中、モナは大鍋の取っ手に手をかけると、



「今日の仕事はもういいんですか?」

「……ん。まあ。終わったよ」



 親しみのある上司に話しかけるような音で投げた問いに返ってきたのは、ゼフィルの──少々そっけない音と、気遣いの手。


 モナが持ち上げようとしたそれを制し、大鍋を軽く持ち上げるゼフィル。しかし、その顔にはどこか影が差しており──モナは小さく首を傾げた。



「……? でも、少し暗い顔……」 

「──あ。わかる? へへ、すげえね。さすがモナチャン」



 出たそれはカラ笑い。

 鍋を洗い場に運んでくれるゼフィルの後をゆっくりと追いながら、モナは数回、疑惑のまばたきをした。



 ──なんか、違和感だ。

 ここ数日は忙しそうで、輸送魔法陣の光が窓から漏れるのがだんだん遅くなっていた。


 彼は、その日注文のあったもの・予約でもらっているものを、その日のうちに捏ね上げ納品しているのだから、疲れているのはそうだと思うのだが──


 ──ちょっと違うかも。


 小走りで近づき、声をかける。



「……ゼフィルさん? なにかありました?」

「ん~~。まあ──」

「あの、わたしでよければ聞きましょうか?」

「……んー。……まあ……」



 返事を濁す彼を前に、一定の距離は保ち、洗い場の方へ。

 ガコン、ガランと音を立てる鍋に負けぬよう、モナは自分の胸に手を当て、少しばかり声を張ると、



「──あの。お世話になっていますし。ちょっと言いにくいとは思うんですけど、ほら。わたしゼフィルさんに「相談員」の役割貰いましたし」

「……ん」



 小さな相槌をかき消すように、ゼフィルの手元で”パリッ”と、板海苔にひびが入ったような音。

 魔法陣の〈通魔音〉だ。

 蛇口に刻印された魔法陣に、ゼフィルの魔力が通った証。



 途端鍋に落ちていく水音に、かき消されぬよう、モナは云う。



「──お話、伺わせてもらえませんか? その、差し支えなければ、〈言える範囲で〉、構わないので……」



 最後は尻すぼみ。

 迷いながら伝えた。


 自分がおせっかいなのも解っている。

 本来なら、鍋の前で水がたまるのを待つゼフィルに代って、自分がそれを洗わなければならないことも。



 けれど今の彼女には、彼を押しのける勇気はなかった。そして、ゼフィルをひとり残すこともできなかった。


 いつも明るく飄々な彼にそれがない。

 明らかに落ち込んでいる。


 ──ほっとけない。

 何かしたい。

 こんなに痛そうな彼は、見たことがないから。



 ──水の音だけが、鍋の中で弾けている。

 横で止まるゼフィルの指はピクリともせず、その目は前を見ない。


 しかしその中、息を殺し言葉を待つモナの目の前で、”ふっ…………”っと。小さく息が漏れた。



「──卸先がさ。「他に使いたい麺があるから、今日から半分にしてくれ」って言ってきてさ」



 痛い。

 モナの中、経験がフラッシュバックする。

 背か冷える。

 息が詰まる。

 


「……別に、そこが消えるから困るわけじゃねーけど、今まで信頼でやってきたのになあって」



 誤魔化すように言う彼の奥からにじみ出る、悲しさと寂しさに息が苦しい。



 ……それ、きつい…… 

 信頼してたのに。

 ずっと大事にしてきたものを、急に要らないって言われるの、つらい…… 



「……痛えなって、凹んでるだけ」

「…………うん。痛いよね、わかる……」



 零してくれた痛みに同化するように、間髪入れずに頷いた。

 途端、少しだけ丸まるゼフィルの瞳。

 その意図に気づかず、モナは、自分の両手をぎゅっと握りしめると、



「〈ずっと担当してたのに〉って思うよね、なんか、振られた気持ちになっちゃうよね」



 わかる、わかる、寂しくて、痛い。


 ──言葉が、止まらない。



「〈両想いだったはずなのに、なんで?〉って。お客さんがそこだけじゃないのは解ってるけど、胸痛いっていうか……。自分が悪いことしたのかなとか考えるし、嫌われた? とか考えて苦しいの、わかる」

「……モナちゃん。励ましてくれんの?」

「──当たり前……!」



 どこか一歩。

 引いた場所からの問いかけに、モナは勢いよく目を見開き、食い下がるように拳を握る!



「だっていつもそれ以上の優しさ貰ってるし、そんな顔してるの、ほっとけるわけない……!」 

「…………」

「ここに来てわたしがどんだけ励まして貰ったかわかんない! 貰った恩そのままにしたくない、心配するよ当たり前だよ!」

「…………」

「──……?」



 沈黙のゼフィルに一気に言い切って。

 彼が注ぐ静かなまなざしに、モナは、小さく眉をひそめた。



 怒っているかと思えばそうではない。

 疑念を宿して見上げた先、そこにあるのは、優しい色。

 感情的な自分を、受けて・包んで・抱き込むような笑み。

 


 ──え。なに?



 ──その意味が、まるでわからず。

 モナが握った拳をぎこちなく下げた時、ゼフィルは、くすりとひとつ、笑いを漏らしてこちらを覗き込むと、



「──やっとモナちゃんの〈素〉、見た気がする」

「え?」


「丁寧な言葉遣い、抜けてんの。気づいてなかった?」

「……あ。──すみませっ……!」



 くすくすと笑われて、モナは慌てて口を押え背を丸めた。


 言われてみればそうだ。

 勢いのままタメ口で話してしまった。

 相手は自分の主なのに。


 あああ、しまった……!

「わたしつい、友だちみたいに……!」

「いやいや。いいんじゃね? オレ、そっちの方が好きだなぁ~」




 一気にこみ上げた恥ずかしさと申し訳なさに背を丸めるモナの隣、らく~に向き直るゼフィル。


 そんな返事に、申し訳なさと躊躇いを滲ませるモナだが、ゼフィルは陽気な色を身に纏い、その手で軽く魔法陣に触れた。


 止まった水が合図だったかのように、食器洗い用の丸めた布を手に取り鍋をこすりながら、ゼフィルは口を開く。




「実はずっと気になってたんだよね。モナちゃん、オレとお客さん同じように話すじゃん。ちょーっと寂しいって言うか? ちょーっと凹むって言うか?」



 茶化し誤魔化し言いながら、横目でくすり。

 あっという間に鍋を洗い上げ、ざぁっと中を空にする。




「〈もうちょっと気ぃ抜いてくれてもよくね? いーのに、楽に接してくれたら~〉とは思ってたんだよね」

「……う。気が付けずに申し訳ありませんっ……」


「それ。それ! あああああ~、素のモナちゃんが帰っちゃった~……」

「…………う。」



 心底。

 心底残念そうに眉を下げながら、手を拭くゼフィルに、モナは苦々しく肩を丸めた。


 正直、恐縮の嵐である。

 気を使っているつもりが気を使わせてしまっていた上、鍋まで洗わせてしまったのだ。あるじのゼフィルに、奴隷の自分が。

 

 奴隷なのに。あるじに鍋を。

 あああああ。


 ──と。内部葛藤で忙しいモナの前。

 ゼフィルはきょろんと瞳を回し、答えを宙に散らすように肩をすくめると、



「──まっ、オレ、奴隷だったモナちゃんにとっては〈コウニュウヌシ〉だし? アルジって扱いならしょーがねえかな~とは思ってたんだけどさ~」

「…………すみませッ…………、」


「──いーって。謝んないでよ、モナちゃん。それを抜いても、慣れない環境大変だろーしさ」



 きらりとした気遣い。

 どこか寂しそうな色を散らすように述べる彼。


 それに、モナは心のスポンジをぎゅうっと握り潰した。



 ──うっ。

 優しさがつらい。

 気遣いが優しすぎて、つらい。

 


 一か月も経つのに、親しみを込めて話ができなかった自分に居たたまれない気持ちになる。しかし、純正日本人である以上、そう簡単に敬語が抜けないのも事実で、もう習性の域だ。



 簡単に「ため口で」、と言われても、モナの〈社会人〉が全力でブレーキを踏むし、日本人精神が「いやいや駄目でしょ恐れ多いでしょ」と訴える。


 ──しかし、応えたいのも事実であり──もどかしさに包まれてしかなかった。



 そんな葛藤を、見透かしているのかそれとも単なる気づかいか。

 下を向いてぎゅうっとスカートを握りながら、困るモナの困惑を掬うように。


 ゼフィルの優し気な音が漏れる。

 ──ふっ……と小さな吹き出し笑い。

 その音に安堵し、そろりと目を上げたモナの先、迎えてくれたのは優し気なオリーブグリーンの瞳とほほ笑みだった。



「……いつか、見せてよ。もっと楽に話してるところ。強制はしないけど、のびのびできるのが一番、だろ?」

「──っ……」



 待機と寛容の眼差しを受けて。

 モナは、ぐっと胸を掴んで、黙り込んだ。


 

 ────常々思ってはいた。

 この人は、とてつもない優しさと懐を持っている。

 ネリーが「ゼル以上に良い人はいない!」と断言していたが、それもわかる気がする。



 現に今、自分が痛いのに、こちらの感情を飲み込み、気遣いで返してきた。緊迫しそうな空気を軽く変え、畏縮も衝突も防いだ。



 そして、ひとりで売れ残った麺を見つめてる。

 製麺ラックに並んだそれを、黙って見てる。



 ──そんなゼフィルに、モナの中。

 こみ上げたのは──怒りにも似た憤りだ。


 


 ……なんでゼフィルさんが痛い思いしなきゃならないの。

 優しいのはいいところだけど、商売が成り立たなきゃ意味ないのに……怒ったっていいのに。損失分、全部、ゼフィーが被ることないじゃない。



 ──そう、震えるモナの前。

 ゼフィルは大きくため息をつき、ガリガリと後ろ頭を掻くのだ。



「──さぁ~てねぇ、余った麺、どーすっかな……」

「売らないんですか? 売りましょうよ!」



 どこか他人事のような言い方に、モナは食い気味で声を張った。



 ほっとけない。

 黙っていられない。

 見るだけじゃ嫌だ。

 

 幸い、外はまだ夕暮れ時。

 日が沈みきったわけじゃないし、今から飛び出して飛び込み営業かければ、今日の分ぐらいは捌けるかもしれない! 飛び込み営業なんてやったこともないしやるの嫌だけど……!


「わたしもやります! もったいないです!」

「────ここじゃ出ねえよ」




 ……そんな、熱意を、瞬時に落としたのは、その一言。


 彼の口から飛び出た、諦めと覚悟のトーンに息を呑んだ時。

 ゼフィルは、ゆっくりとその顔を上げて──言う。




「……売れねえんだよ、ここ。パスタは無理なの」



 その声に、冷静と冷酷を宿して。




異世界転生系にチャレンジです!


チャンネル登録高評価、よろしくお願いします!

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