午後からはじまる相談屋 6-1
純正日本人のモナがオルマナに来たのは、そう。一か月前のこと。
初日。
映画のエキストラに巻き込まれたと勘違いしてはしゃぎ倒し、面白がったゼフィルの元へ。
事態も飲み込めずとにかく振り回されたのは、今は懐かしい二日目の話。
日本とは比べ物にならないぐらいゆるふわな平穏生活の中、唐突に〈これって今わたし無断欠勤になってるのでは〉と気づき、爆速で
〈行方不明発覚→
職場で家族で大騒ぎ→
警察→報道→捜索打ち切り→
SNSで捜索情報が鬼拡散→
顔バレ住所バレ・生き地獄確定〉
という最悪のケースに絶叫。
苦悶の末、日本にさよならバイバイを決めたのが、一週間目。
続く〈豆とチーズと干し肉生活〉に涙目になりながらゼフィルに直談判し、ガラスープの素やコンソメキューブなど無い現実に打ちのめされながらも卵スープを作り女神扱いされ、食事の制作権を獲得し、豆生活からトルティーヤ生活に進化させたのが、二週間目。
この頃には、モナもオルマナの生活様式に慣れ、いろいろと判るようになっていた。
例えばライフライン。
水や光は、蛇口やランプに刻印された魔法陣で〈呼ぶ〉ことができるが、火は〈火包石〉という石を割り、中の火種で薪を燃やさなければいけないこと。
モナは面倒だと思わないが、オルマナの人々にとってそれは〈出来る限りやりたくない作業だ〉ということ。
オルマナの食文化が《めんどくさいから午前中しか火を使わない》と知ったこと。
正直言ってカルチャーショックだ。
モナは日本人だ。
どうしても夜、暖かいものが食べたかった。
なので決行した。
欲が勝った。
コンソメもガラスープの素もないが、街で売っている精肉や豚肉の厚切りベーコンで出汁を取るぐらいはできるようになったし、出せばゼフィルも喜んでくれる。迷惑にはなっていない。
悩ましいのは作りすぎることで、いつもたぷたぷに作ってしまうそれを──モナは、やけくそで周りに提供することにした。
午後に火を使わない文化の中で、温めて出すなど非常識なのは百も承知。炎上覚悟で花びら洗いの女性たちに振舞ったのが、三週間目。
彼女たちは「午後に暖かいの飲めるのありがたい~」と、ほんわか喜んでくれた。
そして。
モナが起きぬけにスマホを探さなくなった四週間目には、ゼフィルが「この子相談術師なんだよ! まーじで。すげえんだぜ?」と宣伝しまくったおかげで、相談術師としての立場が確立しつつあった。
正直最初は、褒めまくるゼフィルに内心(……勘弁してください……)と、嬉し恥かし謙遜モードだったが、この〈お話スキル〉は割と好評で……
昼過ぎから〈少しだけ〉。
スープが無くなるまでの数時間。
〈午後のほっこりたまごスープ〉と、〈モナとのお喋り〉は、徐々に、女性たちを中心に街の中へと広がっていったのである。
もちろんスープも相談もタダではないのだが、それより彼女たちは「聞いてほしい」そうで。何かと来ては話して帰っていくのだ。
──これが、モナにとっては楽だった。
元より彼女は〈日本のクレーム対応オペレーター〉。
無数の罵声や怒りや、セクハラまがいの問いを浴びながら、数をこなして給与を得ていた彼女にとって、オルマナの人々の悩みは〈可愛らしい雑談〉である。
──例えば、ひとつ。
「子どもが夜咳き込んで眠れない」と悩むご婦人あれば、「スースーした薬草などありますか? それをペーストしたモノがあれば、足の裏に塗って、靴下を履くか布で巻いて寝てください。おそらく眠れるはずです」
と、SNSで仕入れた情報を横流しした。
例えば、ひとつ。
「魔法の才能が欲しくて」と嘆く少女がいれば、「わたしも欲しいです~。でもわたしの場合おそらく適正自体がないので、少しでも使えるの羨ましいです~!」
と、全力でのっかり自分のポンコツさで乗り切った。
例えば、ひとつ。
「スープに油が浮く。脂っぽいのは嫌い。簡単に取る方法はない?」とお困りの主婦が居れば、「金属製のお玉ありますか? そこに氷を乗せて、お玉を冷やしてスープに着けると、お玉の外側に油が付きます。カポって取れます」
と、動画サイトのライフハック系をお話しした。
どれもこれも、非常に感謝された。
特に、個別相談は評判が良かった。
〈どうせなら特別感出したい〉と、ゼフィルに交渉し、掃除した空き部屋に小さなテーブルと質のいい椅子(放置してあったビンデージアンティークっぽいもの)を設置。
いい感じの布を垂らして床を拭き、なんちゃってサロンを真似ておもてなしをした。
これが良かった。
『貴族みたいなもてなしをありがとう』と、皆感動してくれたのだ。
……もちろん、モナは日本水準の接客を実行しただけ。
内装もそういうサロンを真似ただけ。
特別なにもしていないのだが、彼らにとっては貴族扱いだったのだろう。
まあ、モナとて日本で上流の接客を受けたら気分が良かったし、彼らの気持ちも言い分も『わかる』の一択ではあるのだが──
いかんせん、感動され過ぎて、初めは戸惑いまくった。
(待って、泣くのは想定外!)とオタオタしたのだが、しかし。そこまでの反応を引き出したのは日本のおかげだと、実感したのである。
節度と礼儀のある振る舞いができる国で育ったから、これができる。他者をもてなすこと、尊重することがマナーである国で育ったから今がある。
そんな自分が誇らしく思えて、少しばかり自信が付いた。
しかしまあ、そう簡単に行く相談ばかりでもなく……。中には「どうして雨が降るのか」いう問いも来た。
それには義務教育の観点からきちんと答えたのだが、嘘つき扱いされてしまった。
この国では「水の精霊様が雨を降らしてくださる」が一般的解釈であり、現代地球の〈地上の水分が蒸発して空気にのり、冷やされて雲になり、やがて雨となって降り注ぐ〉という自然の摂理論はお呼びじゃなかったらしい。
こちらの回答で少々怒らせてしまったが、そこはまあ、〈郷に入っては郷に従え〉。魔法もある世界なのだから、精霊も妖精もいるだろうと言葉を納めた。
……と。
そんなふうに小銭を稼ぎながら、モナが居候の存在意義を確立していったある日。少女がこんなことを聞いてきたのである。
「なんでそんなに物知りなの?」
「えーと……、その~、英知の塊で、情報の塊(動画)を見て時間を溶かしていたというか」
しどろもどろで、そう答えた。
通じちゃいなかったし不審がられたが、ここで妙に見栄を張れば後で苦しくなるかもしれない。
そこからは返答を一貫した。
モナは、あくまでも、〈わたしが思いついたことではなくただの受け売りで、凄いのは我が祖国と世界〉という姿勢を崩さず、お客を迎え入れたのである。
※
その日も、最後の客が席を立ったのは午後四時頃。
頭上にせり出した、木の跳ね上げ戸に棒をひっかけ、ぐっと手前に引いてカウンターを覆うように下ろす。〈閉店〉の合図だ。
一気に暗くなった室内を魔道ランプで照らし、カラの大鍋を炭窯から引き上げようとした時。
──いつものように、陽気な声が飛び込んできた。
「──おおおっ。スープ完売したじゃん。すげえ~!」
「ゼフィルさん……!」




