表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/46

逃げんの? 5-3



「わたし、嫌じゃないです。ちょっと不便だけど。慣れてないからきょどるけど、逃げようとか、マジで思ってなかったし……」




 伝えるのは〈自分の気持ち〉。 

 異世界オルマナで感じた、自分の素直な気持ち。

 

 夕映えのオルマナを吸い込みながら、モナはぽそぽそと話し出した。



「……むしろ、全体的に余白があって……。空の青さとか。街の匂いとか。ゼフィルさんの小麦の匂いとか。ほっと息が抜ける感じで、癒しっていうか……」




 声に、健やかと清らかを乗せて。

 じっくり感じ取るように述べたモナは、そのまま沈むように目を閉じた。



 今日、一日すごかった。

 店の魔法陣に、ゼフィルさんの風魔法。

 赤い花びらが軽く巻きあがって、綺麗な螺旋作ってね? 彼の指先に反応して、青空を舞ったかと思ったら、かごにどんどん入っていくの。


 青空と花びらのコントラストが綺麗だった。それらを操るゼフィルも、湧きあがった歓声も全てが魅力的だった。

 エモイとか、ヤバイじゃなくて、もう──

 魅力的だった。



「……だから、逃げたりしませんよっ。だいじょうぶです! むしろ自分が雑魚すぎるんで、なにかできることないかなって考えてるぐらいで……」

「…………」



 初めは弾んだ声で明るく。

 だけど最後は尻つぼみで頬をコリコリ。

 自虐と、世話になっている申し訳なさをごまかすモナに、返ってきたのは沈黙。


 不安になる。

 軽さも陽気さも追いやって、真面目に黙り込み唇を触るゼフィルに、モナは素早く頭を下げた。

 



「あ。すみません、奴隷の癖に生意気言っちゃって……」

「──モナちゃんのアレ、すげぇと思うんだよな」

「…………ア・レ?」


 ──なんのこと?


「昼間の。感心したもんね、オレ」

「ぇ……っと、ぁ、マーサ様のことです、か?」


「そう。あのひと最初はすっげ怒ってたのに、次見た時は憑き物が落ちたような顔で泣いてた。何があったのかと思ったら、モナちゃん……すっげ丁寧に寄り添っててさ」

「いや、それはその、」

「思わず見とれた」


「──へっ?」


 鼓動がときめきで跳ねた。

 唐突の〈見惚れた〉はモナに効く。

 しかしゼフィルは止まらない。

 密かに動揺する彼女に、柔らかくも真剣な、尊敬の瞳を向けると、嬉しそうに語りだすのだ。



「物腰やわらけーし、〈マジで王家の指南役か、城の執事長でもやってたんじゃね?〉って思うぐらいには、凄かった」


「え、あ、あ。はい……」

「マジで。どこの王家に仕えてたの?」

「──いえ! あの、……マジで、どこの王家でも無いんですほんと」



 ときめきと混乱が胸を支配する中、飛び出す訂正の手のひら、細やかな首振り。そんな日本人の習性を発揮しつつ、モナはゼフィルのトンデモ勘違いに精一杯、


「えっと、あの、一般企ぎょ……えっと、相談窓口っていうか、えっと、え────……」



 詰まった。

 ああもう、なんて説明すればいいのっ。どう言ったって伝わらない、『日本で社畜やってました』なんて。


 しかしその次の瞬間。

 またもや唐突に、ゼフィルの納得の音が降る。



「なるほど。相談員さんか」

「はい。へ。────え?」

 


 なんて?

 そ、相談員?

 福祉課? ケアワーカー?

 ちが、ちがう資格もってないっ。



「すげえ……! 噂で聞いたことあるんだ。話を聞いて寄り添うのが得意な人間のこと、“相談術師”って呼ぶ地域もあるって」


「──じゅ、じゅつし……!?」

「マジで術みたいだった! 魔法じゃねえのにさ、魔法みたいだった! すげえ。……はは! さすが、幻の相談術師さん!」


「いえあのちがッ……」

「ははは、まーたぁ。そんな謙遜して。もーわかってるぜ? モナちゃんの「いえ違う」は「違わねー」って」

「ちが、あの……!」

「だって、〈訓練受けてねえ奴の動きじゃなかった〉」



 ──ずどん。



「──だろ? モナちゃん、すげえ修行してきたはずなんだ。そういう動きしてる」



 まっすぐな賞賛。

 心から褒めてくれてる。

 日本では当たり前、だけど彼はそう思ってて、これを、これを……


 違うって言えない……!


 ──そう、胸の奥から湧き上がる喜びに困惑するモナの内情など知らず。ゼフィルは言うのだ。明るくカラカラと笑いながら。



「それってすげえことだからさ。雑魚じゃねーんだ。モナちゃん、〈人の気持ちを汲める人〉だ。なかなかできねーから」

 

 モナの瞳をまっすぐと見つめ、にかっと笑う。



「さっきも、オレの気持ち汲んでくれたろ? すげえ嬉しかったんだから。オレ」


 覗き込んできた彼の瞳が綺麗で、息が止まる。




「……あんがとね。モナちゃん」

 言いながら、彼はモナの肩を”ぽん”。

 安心の空気を纏って、店の中へと入ってしまった。


「…………」


 しん……と静まり返った周囲。

 橙に染まった空から、夕日の光が降り注ぐ中。

 



 残されたモナは、ただ茫然とそこに立ち尽くし、頭の中を整理して──



「……まって……」


 出た声が震えている。

 右手が自然と胸を押さえる。



「……どうしよう、うれしい……」


 ありがとう、だって。

 凄いこと、だって。

 仕事してきて、こんなの当然で、むしろできなきゃ怒られて、ずっとずっと、そんなこと言われたことなかったのに。




「──こんな褒められ方、したこと……あったかな」




・ 



 その日の夕飯は豆と干し肉だった。

 朝には物足りなさを感じたそれが、妙に、暖かく、モナの中を満たしていった。



 この時、彼女はもう、気付いていたのかもしれない。


 ──ゼフィル・ローダー。

 彼はきっと、とても優しい人。

 そして、甘やかしてくれる人。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ