表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/5

売られたわたし、買ったチャラ男 1-1



 推しへ。

 ──ごめん。今日の配信には行けません。私は今、セリにかけられています──



 そう、茶化し気味に呟く彼女の名前は、篠塚萌菜しのづか もな


 日本生まれの日本育ち。

 反射的に謝り謙遜し、いえいえと首を振る、どこに出しても恥ずかしくない〈立派な現代日本人〉だ。




 27歳・中途半端な都会に住む平凡な社会人。

 仕事はコールセンターのスタッフ。


 幼いころの憧れやキラキラはとうに捨て、毎日クレーム処理で「申し訳ございません」「恐れ入ります」を繰り返す日々。


 もはや愛想笑いも擦り切れて、推し活だけを生きがいに生活していた彼女は今────



 〈目の前〉から逃避していた。



 なんだか気持ちのいい酩酊感から抜け出して、気が付いたら森の奥。


 ぐるっと木で囲まれた広場。

 みんな見たことない民族衣装ですっぽりフード。

 石造りのステージの上。

 動かすたびに首元に触れる硬い金属の感触、後ろ手首には多分縄。



 服装は──囚人服、というか麻袋?

 足元、素足。

 日差し、やわらか。

 聞こえてくるざわめきは日本語。

 だけど、妙に〈リアル〉。


 なにこれ映画? 撮影? え。なにこれ?


 

 目に映る光景に、混乱するモナは、数分前を遡ることもおろそかに、ぐるりと瞳を回す。

 


 隣には同じような奴隷が二人。

 大柄の男性と華奢な女性。

 二人とも金の髪に青い瞳。

 作りこみが本物レベルの外見。

 


 すっご。外人さん……!

 言葉通じるかな? せめて主演が誰なのかだけでも聞きたい……!

 

 と。

 ガンマイクがないことだけを確認し、モナは隣の少女に声をかけた。



「……す、すみませんあの、これ、なんて映画ですか? 主演ってどちら様ですか?」

「意味わかんない!」

「ふざけてんじゃねえ!!」


「あ、す、すみませ……っ」



 瞬発的に返ってきた悲壮感と怒りの混ざり合った反応に、素早く謝る篠塚モナ。

 こういう時、火急的速やかに謝ってしまうのは、日本人の習性である。

 

 しかしそんな「すみません」の内側では、びっくりドキドキフェスが起こっていた。



 す、すごい剣幕……!

 びっくりした!

 演技派~っ……!

 ってかマイク拾っちゃうよね、わたしが間違ってたごめんなさい……



 そう、全身で畏縮しながらも、うっすらと引っかかるのは彼らの表情だ。



 まるで本当に奴隷に売られたような絶望と怒り。

 滲み出る悲壮感。

 それは思わず怯むほどで、そんな彼らの剣幕は、まるっきり映画エキストラに巻き込まれた気分のモナに、混乱と冷静をもたらすのである。



 え? 映画じゃないの?

 あれ?

 そもそもエキストラ応募とかしたっけ?

 あれ? 待って?

 さっきまで何してたっけ──?



 と、数分前を思い出そうとするモナをよそに、奴隷商の男は意気揚々だ。モナをぐいっと前にひっぱり、群衆に向かって腕を上げると、




「さあさあさあさあご覧あれ! 久方ぶりの出品だ! まずは一人目この女! どこぞの国のお嬢様か? 白い肌に赤い髪! 空の色の瞳の上等な面立ち!」



 ………………だれ?

 赤い髪?

 わたし髪の毛そんな色に染めてないけど、


「え。赤い」


 思わず頭を振って、落ちてきた髪色にぼそり。頭上で奴隷商の愉快な声がする。



「働かせるには細すぎて使い道はないかもしれませんが──眺めるだけなら間違いなく逸品ですぞ!」



 わたし?

 待って? 品? え?

 『わたしたちはお買い上げされた』??



 混乱する脳内の片隅で、ネットで見た情報やトレンドが巡りまくる。〈空転とはまさにこのこと〉と、ナレーション風の声が響き渡るが、声には出ないのだ。



 そんなモナを競り落とそうと、客らは意気揚々だ。皆、フードでしっかり顔は隠しながらも、我先にと手を挙げ、



「10!」「20!」「30!」

 おおお……!!

「さあ! まだあるか!」



 どよめく民衆。

 まだまだだと言わんばかりに煽る奴隷商。


 そんな目の前を、他人事のように傍観しながら、テンションを落としていくのはモナだ。


 民衆はその値段にどよめいているが──



 さんじゅう……30かあ……

 国民的駄菓子の棒三本分……

 あ。消費税入れたら二本だ……



 瞬間的に円換算し、表情が死んでいく。


 なにが悲しくて、27年生きて、30円という値段をつけられなきゃいけないのか。いや、ネタにできると思えばいいのかもしれないけど、これってどうなのよ。



 そんなカナシミを抱くモナを置き去りに、威勢の良い声が響いているのだが、値段は一向に上がらない。

 


 「51!」「く! 52!」「ええい55!」



 ご、ごじゅうご……

 今日日、55円で買えると言ったら──もやし?



「60!」「61!」「ぐうう! ……62!」

「……はーい、63~、64~、65~、チョトルチョコふたつぶん~。映画の中(こんなとこ)まで不景気影響しなくてもいいのに~」



 もはや、「マイクに声拾われてるかも」とか「迷惑かも」という気遣いもどこへやら。モナはヤケクソ顔で呟いた。



 これまで27年、まっとうに生きてきたのに〈62円〉。ヤサグレたくもなるというものだ。



 しかし、そのヤサグレた一言は思いのほか──入札客に響いてしまった。

 モナの斜め上の愚痴に、客たちは顔を見合わせると、



「変な奴隷だな……」

「なんだあいつ……」

「奴隷の自覚あんのか……?」

「さっきまで放心してたくせに……」



 どよどよ、ざわざわ。

 皆口々に怪訝を露わにする。

 まあそれはそうだろう。


 奴隷と言えば皆、泣き出すか暴れるか、その場で舌を噛み切ろうとするかのいずれかで、今までこんな──やる気の無さそうに文句を言うやつなど、見たことがない。



 そんな、〈毛色の違う奴隷〉に、奴隷商を含めた皆が懸念を走らせた時。



 モナはなんとなしに顔をあげ、天を捉えた。

 鬱蒼とした木々のフレーム。

 その向こうに広がるのは、くすんだ青い空ではなく────見たこともない深い青。



「……ヤッバ!! そら、あおっ! 見て! やばい!」

「は?」


 ぐわん! と体中の血が駆け巡り、モナはところ構わず声を上げた!



 青い、青い、青い! 

 凄い凄い、綺麗!


「だってほら見て!

 そら真っ青! 綺麗すぎる!

 わかった! ここ、沖縄! 沖縄なんだ!! やばー! 撮る! スマホ! スマホどこ???」

 

「……なんだぁこいつ」

「意味わかんねえこと言い出したぞ」

「おかしな魔法でも喰らってんのか?」



 必死にスマホを探すという、モナの奇行に、どよめく群衆、引いていく空気、やばいと思い始める奴隷商。

 ──しかし。


「Hey Siri! へいしり! おーい、シリちゃーん?? シリ~~??」


 モナはそんなこと知ったこっちゃないのだ。

 縛られた手をなんとかもぞもぞし、声でスマホを呼びまくる。



 ──そんな彼女に、入札客は口を開くと、

「ごめんやっぱさっきの62なしで」

「えええええ困りますよおおお」


「ねえSiriどこ? 返事して、しりー! しりぃぃぃ??」

「お、おい! 静かにしろ! 値がつかんだろうが!」

「あっ、す、すみません!」


「………………ぷ! あははははは!」



 凄まれ慌てて謝るモナ。

 値下げに怒り心頭の奴隷商。

 そんなカオスを切り裂くように、軽快な笑い声が響いた。



 周りの視線を集めながら、大きな笑いを上げた男が一歩踏み出し手を挙げる。

 周りより頭一つ出ているそいつは、目深にかぶったフードから見える白い歯を煌めかせると、



「いーじゃん、その子、おもしれーじゃん! ねえご主人! オレ、その奴隷50で買うけどどう?」

「……ご、ごじゅう……ですか??」



 値下げにまともに引きつる奴隷商。

 チャラく緩く交渉してくるフード男。

 ……その隅で、〈値切られた〉とショックを受けるのはモナ・シノヅカ。


 わたしのお値段、50ェン…………



「そ♡ 50で買い取るよ! なあご主人! いいだろ? な?」

「……いやあの……50はちょっと……」

「えええ? だめえ? 他にあの奴隷買いたいやつ、いるー?」



 しぶる奴隷商に、フードの陽気な声。

 問いかけに返ってきたのは、明らかな『あれは無理。いらねえ』な空気と囁きだ。

 


「いや俺はちょっと」

「変なやつだし……」

「わけわかんねえヤツはなあ……他の奴隷にも悪さするし……」


 悪さしないし。腐ったミカンじゃないし。


「──ほら。ご主人。50が最高値みたい♡」

「……う、くッ……!」



 嬉しそうなチャラフード。

 悔しそうな奴隷商。


 がんばれ、もう少し頑張れ奴隷業者。

 50ェンはとても複雑。


 と、モナがこっそり応援を送るその先で。

 にこやかに引かないフード男と、奴隷商の駆け引きが火花を散らして────



 …………はあああああああああ……ふううう……


 響いたのは、奴隷商の諦めと悲しみに染まったため息だった。



「…………はいはい、わかりましたわかりました、赤髪の女、50でお買いあげ~、ありがとうございました~」

「え。まってほんとに!? ちょ……え!?」



 投げやりに響く鐘の音。

 かからなかった「カット!」の声。

 呆然と引かれながら、(……これ、映画とかじゃないかもしれない……)と呟く彼女はまだ知らない。


 この世界の彩りも、先にある〈余白ある暮らしの日々〉も。



異世界転生系にチャレンジです!

気軽にブクマしてくださいね!



 カクヨムですでに完結済み・全42話

 毎日投稿

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ