売られたわたし、買ったチャラ男 1-1
推しへ。
──ごめん。今日の配信には行けません。私は今、セリにかけられています──
そう、茶化し気味に呟く彼女の名前は、篠塚萌菜。
日本生まれの日本育ち。
反射的に謝り謙遜し、いえいえと首を振る、どこに出しても恥ずかしくない〈立派な現代日本人〉だ。
27歳・中途半端な都会に住む平凡な社会人。
仕事はコールセンターのスタッフ。
幼いころの憧れやキラキラはとうに捨て、毎日クレーム処理で「申し訳ございません」「恐れ入ります」を繰り返す日々。
もはや愛想笑いも擦り切れて、推し活だけを生きがいに生活していた彼女は今────
〈目の前〉から逃避していた。
なんだか気持ちのいい酩酊感から抜け出して、気が付いたら森の奥。
ぐるっと木で囲まれた広場。
みんな見たことない民族衣装ですっぽりフード。
石造りのステージの上。
動かすたびに首元に触れる硬い金属の感触、後ろ手首には多分縄。
服装は──囚人服、というか麻袋?
足元、素足。
日差し、やわらか。
聞こえてくるざわめきは日本語。
だけど、妙に〈リアル〉。
なにこれ映画? 撮影? え。なにこれ?
目に映る光景に、混乱するモナは、数分前を遡ることもおろそかに、ぐるりと瞳を回す。
隣には同じような奴隷が二人。
大柄の男性と華奢な女性。
二人とも金の髪に青い瞳。
作りこみが本物レベルの外見。
すっご。外人さん……!
言葉通じるかな? せめて主演が誰なのかだけでも聞きたい……!
と。
ガンマイクがないことだけを確認し、モナは隣の少女に声をかけた。
「……す、すみませんあの、これ、なんて映画ですか? 主演ってどちら様ですか?」
「意味わかんない!」
「ふざけてんじゃねえ!!」
「あ、す、すみませ……っ」
瞬発的に返ってきた悲壮感と怒りの混ざり合った反応に、素早く謝る篠塚モナ。
こういう時、火急的速やかに謝ってしまうのは、日本人の習性である。
しかしそんな「すみません」の内側では、びっくりドキドキフェスが起こっていた。
す、すごい剣幕……!
びっくりした!
演技派~っ……!
ってかマイク拾っちゃうよね、わたしが間違ってたごめんなさい……
そう、全身で畏縮しながらも、うっすらと引っかかるのは彼らの表情だ。
まるで本当に奴隷に売られたような絶望と怒り。
滲み出る悲壮感。
それは思わず怯むほどで、そんな彼らの剣幕は、まるっきり映画エキストラに巻き込まれた気分のモナに、混乱と冷静をもたらすのである。
え? 映画じゃないの?
あれ?
そもそもエキストラ応募とかしたっけ?
あれ? 待って?
さっきまで何してたっけ──?
と、数分前を思い出そうとするモナをよそに、奴隷商の男は意気揚々だ。モナをぐいっと前にひっぱり、群衆に向かって腕を上げると、
「さあさあさあさあご覧あれ! 久方ぶりの出品だ! まずは一人目この女! どこぞの国のお嬢様か? 白い肌に赤い髪! 空の色の瞳の上等な面立ち!」
………………だれ?
赤い髪?
わたし髪の毛そんな色に染めてないけど、
「え。赤い」
思わず頭を振って、落ちてきた髪色にぼそり。頭上で奴隷商の愉快な声がする。
「働かせるには細すぎて使い道はないかもしれませんが──眺めるだけなら間違いなく逸品ですぞ!」
わたし?
待って? 品? え?
『わたしたちはお買い上げされた』??
混乱する脳内の片隅で、ネットで見た情報やトレンドが巡りまくる。〈空転とはまさにこのこと〉と、ナレーション風の声が響き渡るが、声には出ないのだ。
そんなモナを競り落とそうと、客らは意気揚々だ。皆、フードでしっかり顔は隠しながらも、我先にと手を挙げ、
「10!」「20!」「30!」
おおお……!!
「さあ! まだあるか!」
どよめく民衆。
まだまだだと言わんばかりに煽る奴隷商。
そんな目の前を、他人事のように傍観しながら、テンションを落としていくのはモナだ。
民衆はその値段にどよめいているが──
さんじゅう……30かあ……
国民的駄菓子の棒三本分……
あ。消費税入れたら二本だ……
瞬間的に円換算し、表情が死んでいく。
なにが悲しくて、27年生きて、30円という値段をつけられなきゃいけないのか。いや、ネタにできると思えばいいのかもしれないけど、これってどうなのよ。
そんなカナシミを抱くモナを置き去りに、威勢の良い声が響いているのだが、値段は一向に上がらない。
「51!」「く! 52!」「ええい55!」
ご、ごじゅうご……
今日日、55円で買えると言ったら──もやし?
「60!」「61!」「ぐうう! ……62!」
「……はーい、63~、64~、65~、チョトルチョコふたつぶん~。映画の中まで不景気影響しなくてもいいのに~」
もはや、「マイクに声拾われてるかも」とか「迷惑かも」という気遣いもどこへやら。モナはヤケクソ顔で呟いた。
これまで27年、まっとうに生きてきたのに〈62円〉。ヤサグレたくもなるというものだ。
しかし、そのヤサグレた一言は思いのほか──入札客に響いてしまった。
モナの斜め上の愚痴に、客たちは顔を見合わせると、
「変な奴隷だな……」
「なんだあいつ……」
「奴隷の自覚あんのか……?」
「さっきまで放心してたくせに……」
どよどよ、ざわざわ。
皆口々に怪訝を露わにする。
まあそれはそうだろう。
奴隷と言えば皆、泣き出すか暴れるか、その場で舌を噛み切ろうとするかのいずれかで、今までこんな──やる気の無さそうに文句を言うやつなど、見たことがない。
そんな、〈毛色の違う奴隷〉に、奴隷商を含めた皆が懸念を走らせた時。
モナはなんとなしに顔をあげ、天を捉えた。
鬱蒼とした木々のフレーム。
その向こうに広がるのは、くすんだ青い空ではなく────見たこともない深い青。
「……ヤッバ!! そら、あおっ! 見て! やばい!」
「は?」
ぐわん! と体中の血が駆け巡り、モナはところ構わず声を上げた!
青い、青い、青い!
凄い凄い、綺麗!
「だってほら見て!
そら真っ青! 綺麗すぎる!
わかった! ここ、沖縄! 沖縄なんだ!! やばー! 撮る! スマホ! スマホどこ???」
「……なんだぁこいつ」
「意味わかんねえこと言い出したぞ」
「おかしな魔法でも喰らってんのか?」
必死にスマホを探すという、モナの奇行に、どよめく群衆、引いていく空気、やばいと思い始める奴隷商。
──しかし。
「Hey Siri! へいしり! おーい、シリちゃーん?? シリ~~??」
モナはそんなこと知ったこっちゃないのだ。
縛られた手をなんとかもぞもぞし、声でスマホを呼びまくる。
──そんな彼女に、入札客は口を開くと、
「ごめんやっぱさっきの62なしで」
「えええええ困りますよおおお」
「ねえSiriどこ? 返事して、しりー! しりぃぃぃ??」
「お、おい! 静かにしろ! 値がつかんだろうが!」
「あっ、す、すみません!」
「………………ぷ! あははははは!」
凄まれ慌てて謝るモナ。
値下げに怒り心頭の奴隷商。
そんなカオスを切り裂くように、軽快な笑い声が響いた。
周りの視線を集めながら、大きな笑いを上げた男が一歩踏み出し手を挙げる。
周りより頭一つ出ているそいつは、目深にかぶったフードから見える白い歯を煌めかせると、
「いーじゃん、その子、おもしれーじゃん! ねえご主人! オレ、その奴隷50で買うけどどう?」
「……ご、ごじゅう……ですか??」
値下げにまともに引きつる奴隷商。
チャラく緩く交渉してくるフード男。
……その隅で、〈値切られた〉とショックを受けるのはモナ・シノヅカ。
わたしのお値段、50ェン…………
「そ♡ 50で買い取るよ! なあご主人! いいだろ? な?」
「……いやあの……50はちょっと……」
「えええ? だめえ? 他にあの奴隷買いたいやつ、いるー?」
しぶる奴隷商に、フードの陽気な声。
問いかけに返ってきたのは、明らかな『あれは無理。いらねえ』な空気と囁きだ。
「いや俺はちょっと」
「変なやつだし……」
「わけわかんねえヤツはなあ……他の奴隷にも悪さするし……」
悪さしないし。腐ったミカンじゃないし。
「──ほら。ご主人。50が最高値みたい♡」
「……う、くッ……!」
嬉しそうなチャラフード。
悔しそうな奴隷商。
がんばれ、もう少し頑張れ奴隷業者。
50ェンはとても複雑。
と、モナがこっそり応援を送るその先で。
にこやかに引かないフード男と、奴隷商の駆け引きが火花を散らして────
…………はあああああああああ……ふううう……
響いたのは、奴隷商の諦めと悲しみに染まったため息だった。
「…………はいはい、わかりましたわかりました、赤髪の女、50でお買いあげ~、ありがとうございました~」
「え。まってほんとに!? ちょ……え!?」
投げやりに響く鐘の音。
かからなかった「カット!」の声。
呆然と引かれながら、(……これ、映画とかじゃないかもしれない……)と呟く彼女はまだ知らない。
この世界の彩りも、先にある〈余白ある暮らしの日々〉も。
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