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バーシリーズ

自殺の名所

作者: 通りすがり

カウンター席しかないバーでオカルトが好きな常連客の3人がアブダクションの真偽について話をしていたが、議論が尽きたのか、みな次第に口数が少なくなってきた。

そんな時、常連客の一人、40代くらいで身なりの良いスーツ姿、皆から”先生”と呼ばれる男が、先日出張で行った先で興味深い話を聞いたんですよ、と話を始めた。



「話は昭和初期のころ、西日本のZ県には自殺の名所として有名な崖がありました。

その崖は県南部にあるA山を少しだけ登ったところに張り出すように存在していました。近くの村落から歩いて1時間ほどで行ける場所だったみたいです。周辺の村落にはその崖に纏わる言い伝えがありました。その言い伝えとはこういうものです。

『近隣の村に住む貧しい農家の一家が、両親が病気になってさらに貧しくなったことを苦にして崖から一家心中を試みました。ですがその結果は、幼い姉妹だけが亡くなり両親と長男の三人が生き残るというものでした。そしてそれから十数年が経ち、両親はすでに他界し天涯孤独となっていた長男の元に姉妹の生まれ変わりと名乗る二人の女性が訪ねてきました。二人の女性は長男が住む周辺の土地を所有する大地主の娘で、今は何不自由せずに幸せに暮らしていると長男に話しました。

それを聞いて、いまだに貧しい生活を続けていた長男は生き残ってしまった自分の不幸を呪いました』

そこから、この崖から飛び降りて死ぬと来世では幸せな人生が約束されるという言い伝えが生まれたそうです。

その言い伝えを聞いた人々の中には、現世での人生を儚み来世での幸福を夢見て、実際にこの崖から飛び降りて自殺をはかる人がいて、そしてそれは後を絶たなかったようです。

この崖は下の地面までの高さが10mほどあったみたいで、この高さならば普通は落下すればかなりの確率で即死ですが、崖下には鬱蒼とした森が広がっており、飛び降りた人は大抵のケースで崖下の木々がクッションとなり死にまでは至らないケースが多かったようです。

正確な統計が取られたわけでないみたいですが、望み通りに死ねたのは大体10人中3人くらいだったみたいです」

先生はそこまで話すと、軽く一つ咳払いをした。そして目の前に置かれた水割りの入ったグラスを手に取ると一気に中身を飲み干した。グラスを置くと濡れた口元をポケットから取り出したハンカチで拭き取る。

店の女性マスターは空いた先生のグラスを手に取ると、新しく水割りを作り先生の前にそっと置いた。

先生がマスターに微笑んでお礼を伝えた。

「30%ねぇ...。あまり高い確率じゃないわね。私ならもし本当に来世で幸せになれるとしても、そんな確率にはのらないわ」

常連客の一人、派手な黄色の服を着けた年齢不詳で皆から”ミセス”と呼ばれる女はそう言うと、頭を左右に振る素振りをした。

常連の中で1番若い、皆から”坊ちゃん”と呼ばれる男も同意を示すように深く頷いた。

「だから死ねたら強運ってことになるのかな。つまり、それだけの強運なら来世で幸せになれるって論法」

「でも逆にそこで全部の運を使い果たしてるんじゃないのかしら」

ミセスはそう言って苦笑いをした。

「それは言えてるかも。ほんとに来世では幸せになれたのかな」

坊ちゃんがそう言うと、それを聞いていたマスターも、ミセスと同じように苦笑した。

「生き残った人たちもさすがに無傷という人はおらず、その後は負った傷の後遺症で苦しんだみたいです」

先生がそう言うと、ミセスは両手を肩の高さに上げて手をヒラヒラ揺らした。

「やっぱりそうよね。それでも崖から飛び降りる人がいることが信じられない。あまりにもハイリスクでしょ」

それを聞いて今度は先生が苦笑した。

「それは今私たちがその結果を事実として知っているからですよ。当時はSNSなどはなく噂話などは口伝だったわけで、人々はその噂話の真偽など知りようがなかったのですから」

坊ちゃんが突然右手をまっすぐに挙げた。

「はい。で、その崖はどこにあるの」

「まさか坊ちゃんはその崖に行ってみたいわけじゃないわよね」

ミセスが微笑みながらそう聞くと、坊ちゃんは首を激しく横に振った。

「まさか、俺が。違いますよ」

「ふふ、そうね。なにがあっても自殺するようなタマじゃないわね。坊ちゃんは」



ミセスと坊ちゃんの会話が終わると、一瞬の静寂が場を包んだ。

その静寂を待っていたかのように先生が再び話始めた。

「その崖は実は今はもう存在しません。戦時中に日本軍に撃ち落とされたアメリカの爆撃機が墜落した際にちょうど崖の辺りを直撃したらしく、崖は跡形もなくなってしまったらしいです。そのため、今では崖がどこにあったのかもはっきりしないそうで、この言い伝えだけが残されてしまいました。

ちなみに墜落したアメリカの爆撃機の乗員は全部で10人いたらしいのですが、そのうち7人が奇跡的に生き残って日本軍の捕虜となったと記録が残されているそうです」

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