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『婚約破棄されたので、敵国の王子を口説いてきます』

作者: 早坂知桜


 王太子殿下に婚約を破棄されたのは、社交界最大の舞踏会の真っ只中だった。


「公爵令嬢ヴィオラ・アルステル。君との婚約は、ここに破棄する!」


 どよめきと、演奏の止まる音。――ひどく芝居じみた演出。


 私は静かに微笑んで、深々と頭を下げた。


「ご決断、感謝いたします。では、私は自由の身ですね?」


 王太子の顔が強張った。想定していたのは、泣き叫ぶ私だったのだろう。


「……なに?」


「こんなに大勢の前でわざわざ破棄とは。ご丁寧にありがとうございます。後腐れなく“別の方”と幸せになりますわ」


 私は軽やかにドレスの裾を翻し、王太子の前から去った。


 ――すべて、計画通り。



 舞踏会を抜けた私は、こっそりと外の馬車に乗り、王都のはずれにある“ある建物”へ向かっていた。


 そこには、黒髪に銀の瞳、常に黒衣を纏う、どこか異国の空気をまとう青年がいる。


 敵国・ルヴァレスト王国の第二王子、レオン=レオハルト。


 ……いや、その正体は“魔術兵器オルデン”。


 人間ではなく、国家が創り上げた禁断の存在。


「来たな、ヴィオラ」


 彼は私の姿を見ると、微笑んだ。

 この男は私のことを“王都の令嬢”として見ている。――本当の私は、王国諜報部のスパイだ。


「王子殿下、今夜は踊っていただけます?」


「……ふむ。踊りたいなら、踊ろう。おまえとなら、悪くない」


 踊りの間に、私は機密を探る。けれど、レオンは私の視線の動きも、指先の強張りも、すべて見抜いているようだった。


「……おまえ、誰の命で動いている?」


 ささやかれる声に、私は目を見張った。


「……何のことかしら?」


「王太子に婚約破棄されたその夜に、敵国の王子を“口説きに”来る。これは普通の令嬢の行動じゃない」


 私は笑うしかなかった。


「じゃあ、聞くけど。私をどう思ってるの?」


 沈黙。――やがて彼は答える。


「……俺にとっては、光だ」


 心臓が、跳ねた。



 その夜、任務中断が決定された。

 理由は、機密対象オルデンの暴走リスクが限りなくゼロに近いと判断されたため。


 ……つまり、“恋をした兵器”はもう兵器ではないということ。


「王太子がさ。泣きついてきたの」


 私は告げる。


「やっぱりおまえがいいって。でも、もう遅いよね?」


 レオンは、ほんの少しだけ笑った。


「今さら戻ってくる男より、口説きに来た女を信じるよ」


「……そう言うと思った」


 私は彼の手を取る。


 任務で近づいたはずが、――今はただ、一人の男として彼を選んでいる。


「これから先、国がどうあろうと、私がそばにいる」


 彼は言った。


「なら、俺は世界を敵に回しても、おまえを守る」


 


 ――かくして、婚約破棄された令嬢は、


 敵国の王子と、恋を始めた。



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