クローゼットから異世界の料理人が現れた
――ニサヤ王国
「うーむ、困ったのぉ」
王座に座り、唸りながら悩む年配の男性。
頼りないが、彼こそがこの国の国王である。
現在は国難の解決のため、城の者を集めて会議をしている最中だ。
「……あの、何で私達までこんなところに呼ばれたんですかね?」
「……わからん」
困惑しながら小声で話すこの2人。
女性で初の宮廷料理人となったソフィとその先輩料理人のマルコ。
普段なら会議に呼ばれることなどあり得ない、料理人やメイドといった者たちが一堂に集められていた。
「皆も知っての通り、現在我が国は長期の大雨による水害に悩まされておる。……が、万策尽きてしまったんじゃ。様々な土地から来ているそなたらの知恵も、貸してもらおうと思っての」
国王の言葉に皆は安堵し、緊迫していた部屋の空気が緩む。
理由も知らされず呼び出されれば、何か仕出かしてしまったのかと思うのも自然なことだろう。
ただ、呼び出さなくても、聞き取りだけで良かったのでは? と思う一同であった。
「正直、先輩が何かやらかして、連帯責任取らされるのかと思ってました」
「それはこっちのセリフなんだが」
なんだかんだ仲の良いソフィと先輩である。
「誰か雨を止ませる方法を知っている者はおるか? 儀式でも迷信でも構わんぞ。有力な情報を提供してくれた者には金一封も出そう」
金一封と聞きざわめきが広がったが、効果がなかった時のことを考えると情報提供する者は誰もいない。
国王は誤った情報でも罰するつもりはなかったが、他の上層部も同じ考えとは限らない。
「先輩、確か晴れ男って言ってましたよね?」
「お前、もしそれ言い出したら、お前が皿洗い担当の時だけこびり付きやすい料理にするからな」
「絶妙に嫌なとこ突いてきますね」
先輩も晴れ男などその場のノリで言っただけで、本物の晴れ男が存在する訳が無い。
もし存在するのなら、こんなに水害で悩まされるはずはないのだから。
それがわかっていて、ソフィは先輩をからかっているのだ。
一方、子供の頃から料理のことばかり考えてきた先輩は、仕返しが油汚れの皿洗いくらいしか思い付かない、からかい甲斐のある人物でもあった。
勝ち気な性格のソフィが先輩をからかうのは、必然だったと言えるだろう。
「やはり誰も良い方法は知らんようじゃのぅ」
王はそもそも良い案が出ないことなど分かっていたように淡々と呟く。
それはそうだ。国中から秀才天才鬼才が集まっている大臣や文官達でも解決出来ないものが、料理人やメイドに分かるはずもない。
それでも何かヒントになることは無いかと、藁にもすがる思いで皆を集めたのだ。
「皆も忙しいじゃろう、もう仕事に戻って良いぞ」
本当にこれで戻っても良いものか周りを伺い、誰が最初に立ち上がるのか牽制を始める。
……が、そんな時間も無駄だとばかりに、ベテランのメイド長が颯爽と先陣を切った。
これ幸いとそれに続いて、皆ぞろぞろと退室していく。
「さすがメイド長。うちの料理長にも見習って欲しいですよね」
「いや、料理長にそれを求めるのは可哀想だろ」
宮廷料理長、つまりこの国一番の料理人。
作る料理の味が良いのはもちろんのこと、見た目や匂い、独創性など他の追随を許さない。
料理長が作り出し、流行となったレシピは数知れず。
だがしかし、性格はリーダー向きではなかった。
弱気で心配性で根暗。本当は料理のことだけ考えていたい、そんな人物。
上層部からはその性格のおかげで、安全安心な料理が作られていると評価する声もあるのだが。
料理長の下で働く者たちにとっては、予算が取れなかったり、無茶な要求を断れなかったりと損することも多い。
料理の腕が本物でなければ、すぐに料理長の座を降ろされていただろう。
……本人は料理長の座を譲れるものなら譲りたいと思っているのだから、どちらが良かったかは神のみぞ知るところではあったが。
「それにしても雨には困ったものですよね。これじゃ、小麦も野菜もダメになっちゃいますよ」
「そうだな、それが一番の問題だよな。どんな雨の中でも育つ野菜が、どっかにねーものか」
さすが宮廷料理人ともなると、料理のことしか頭にない。
ともすれば、料理で雨を止ませることはできないか、などと考える者も出てくるだろう。
「さっさと戻って、食事の準備を始めるぞ。お前は倉庫に行って、足りない調味料取ってから戻って来いよ」
「先輩、そんなに人使いが荒いとモテませんよ」
「俺は料理の女神に愛されてるからいいんだ」
「はいはい。行ってきますよ」
息が合っているのか、いないのか。
傍から見ると噛み合っていないようにも感じられるが、二人の中では成立しているらしい。
二人は別れ、ソフィは雨が降る庭を抜け、倉庫へと向かった。
「どうして食糧庫じゃなくて、倉庫に調味料を運び入れちゃうかなぁ。間違えた奴、絶対に許さん」
間違えて運び入れた新人の下男はこの瞬間、くしゃみか身震いをしたことだろう。
そんなこんなを考えている間に、倉庫へと到着する。
「ここだここだ。早いとこ持ってかないと先輩がうるさいからね」
倉庫の扉を開けると、想像している倉庫とは違いとても綺麗に管理されている。
いや、それどころか大理石の床に魔導灯まで設置されている、豪華な空間であった。
なぜ権力者というものは、無駄に贅を凝らしてしまう生き物なのか。
急いでいるソフィは、そこを小走りで進んでいく。
しかし、大理石の床の上を濡れた革靴で走るとどうなるだろうか?
「きゃあ!!」
そう、滑って転ぶのは必然である。
なんとかバランスを取ろうと踏ん張るが、盛大にずっこけ頭から突っ込んでいく。
ちょうどその先には、古ぼけた鏡が。
この世界の法則に則るなら、頭から鏡に突っ込めば大怪我は免れない所だが、何がどうして今回に限ってはそうなる前にソフィの姿は消えていた――
◇
――日本
「一人暮らしって最高ー!」
今年の4月から私は大学生となり、晴れて一人暮らしを始めることが出来た。
そして今日は、大学が始まってから最初の休日。
朝からゴロゴロして、お菓子を食べて、またゴロゴロして、タブレットで映画を見て、一日中怠けて夕方になってしまっても、小言を言ってくる親はいない。
「あたしは自由だー!」
ぐぅ〜
でも時間になってもご飯が出てこないのだけは、一人暮らしの面倒くさいところだ。
簡単に食べられるもの何かあったかなぁ?
引っ越しを手伝ってくれた母が、冷凍庫に色々入れていってくれていたはず。
期待を込めて冷凍庫の扉を開く。
あったあった!
冷凍カルボナーラに冷凍グラタン、やっぱり私の好みわかってるなー。親の愛に泣けてくるよ。
あっ、味がモットーの冷凍ギョーザだ!
フライパンに並べて焼くだけで、簡単にパリパリの羽根つきギョーザができちゃうんだよね。
今日は休日だし、豪勢にギョーザ食べちゃう? 食べちゃってもいいよね?
確かサイトウのごはんもどこかにあったはず。
そうと決まれば、フライパンフライパン――
ガタンッ!
『痛ったー!』
何々!? 何の音!?
今の音、クローゼットの中から聞こえたよね?
……いや、まさかそんな訳無いよ。うんうん、多分隣の部屋で誰かが転んだんだ。
……この部屋、角部屋で隣なんてなかったー!
ガラッ
パニックに陥っている間にクローゼットの扉が開き、白い腕がニョキッと生えてくる。
あたしは咄嗟にフライパンを構えた。
「何、この狭い部屋は。独房……? にしては窓が大きいわね」
そんな失礼なことを言いながらクローゼットから出てきたのは、キラキラ光るロングの金髪に、勝ち気な性格を思わせる切れ長ツリ目の碧眼をした女性。
服装は白いコックコートにコックパンツ、革靴を履いて――革靴?
「土足!?」
「――!?」
私の声に驚いたのか、目を見開いた綺麗な顔がこちらを向く。
本当にお人形さんのように可愛らしい。
「ボサボサの黒髪、冴えない顔、汚らしい服装……あなた、城の者ではないわね? どうやって忍び込んだのかしら?」
前言撤回、全然可愛らしくない。
まるでクリオネのような女だ。
普段は天使みたいに可愛いのに、何かの時には頭が割れて悪魔みたいに恐ろしくなる。そんな感じだ。
「……いや、ここあたしの部屋なんだけど……?」
あたしの部屋だよね?
ダブルブッキングで、もう一人住人が居たとかじゃないよね?
あたしと彼女は不思議そうに見つめ合い、鏡合わせのように首を傾げる。
「……確かに、貧乏くさい部屋ね。城なら大理石の床に魔導灯のシャンデリアが普通だもの」
「あのー、わかってもらえたなら出て行ってもらえると……」
「――! あなた、そのフライパン! 部屋は貧乏くさいのに、なんて良いフライパンを使ってるの。歪みは少ないし、表面はツルツルだし、外側がオレンジ色に塗られているなんてシャレてるじゃない!」
顔を近付け、早口でまくし立ててくる彼女。
これは……絶対オタクだ!
金髪碧眼のオタクに悪い人はいない。
「一般的なフライパンだと思いますけど……その辺のホームセンターに売ってる安物の」
「ホームセンターって何?」「信じられない、これが安物なの?」「それなら私に売ってくれる?」
矢継ぎ早に質問され、圧倒される。
が、なんとか気持ちを切り替え、逆に質問を返す。
「ちょ、ちょっと待ってください! その前に一体あなたは誰なんですか?」
「あら、失礼。私は女性で初めて宮廷料理人に選ばれたソフィよ。あなたは?」
「あたしは大学生の裕理ですけど……」
宮廷料理人って何?
今どきそんな職業の人がいるの?
ドラマの中でしか見たことないんだけど。
「へぇ、あなた学生なの? 見かけによらず優秀なのね。それより、フライパン持ってるってことは料理しようとしてたのよね? どんな料理を作るのか、見せてちょうだい。も、もちろん、宮廷料理人である私の方が、凄い料理が作れると思うけど」
「は、はぁ……」
料理っていうか、ただ焼くだけなんだけど……
まぁ、ギョーザは外国の人にも人気だって、この前テレビでも言ってたし大丈夫かな。
「それじゃあ、こちらへどうぞ」
ソフィさんをキッチンへと案内する。
「ここが調理場ね。確かに調理道具はあるようだけど、火はどうするのかしら。かまども魔導コンロも無いようだけど」
興味深そうにあちこちを見回すソフィさん。
目を見開いて驚いていると思ったら、目を細めて不思議そうに観察したり、表情がコロコロと変わって見てて飽きない。
小動物みたいでちょっと可愛いかも。
でも、IHヒーターも知らないなんて、どんな田舎から出てきたんだろう?
その割にはこっちを下に見てるみたいだし。
「これが火の代わりになるんですよ」
「……? これが? 火が出る穴も無いのに?」
「そうですよ」
私は『ピッ』とスイッチを入れる。
するといつものように、IHは赤く光った。
「……赤く光ったけど、まさかこれが火じゃないわよね? おもちゃか何かかしら」
ソフィさんは恐る恐る、IHに手を伸ばす。
「――! ほ、ほら、熱くないじゃない! このソフィ様を騙そうったって、そうはいかないんだから」
ふふっ、あたしも初めは驚いた。
実家はまだガスコンロだったから、IHはここに来てからなんだよね。
初めて使った時は、『あれっ? 熱くならない! 故障!?』とびっくりしたもんだ。
「ソフィさん、大丈夫ですよ。フライパンを置いたら熱くなりますから。それより、今日は冷凍ギョーザですけど、いいですか?」
「冷凍……ギョーザ……? ……あ、あぁ! ギョーザね! はいはい知ってるわよ、冷凍してある冷たいやつね」
あ、これ絶対知ったかぶってるやつだ。
あたしは大人だから指摘しないであげるけど。
こちとらもう一人暮らししてる大学生ですから!
「これが冷凍ギョーザですよ。フライパンに並べて焼いたら出来上がりです」
「ふーん、これが。小麦粉の生地で何かを包んで凍らせてるみたい。い、いえ、もちろん知ってたけど、田舎のギョーザは都会とは違うかもしれないから、一応ね」
ソフィさんがギョーザを食べて驚く顔が、今から楽しみだ。
あたしはフライパンにギョーザを並べ、フタをして中火に掛ける。
あとは5分経ったらフタを取り、パリパリのきつね色になるまで数分焼いたら完成だ。
「油を引かないとくっついて大変なことになるわよ?」
「ちっちっちっ、この国の技術を甘く見てもらっちゃあ困りますよ」
あたしは人差し指を左右に振り、ドヤ顔で応える。
「……? 私はちゃんと忠告したわよ? 後で泣いても知らないから」
そう言いながらも、ソフィさんは料理に興味津々なようでソワソワしている。
本当に料理が好きな様子が伝わってくる。
女性初の宮廷料理人とか言ってたもんね。
よくわからないけど、多分これまで並大抵の努力ではなかっただろうことはわかる。
「パチパチと音がしてきたわ。本当に火が無くても熱くなるのね」
「あの、焼けるのを待ってる間に、質問してもいいですか? ソフィさんはどこの国の方なんでしょうか?」
「ニサヤ王国だけど……ここはそうじゃないということかしら?」
そんな国、地球には多分無いよね……?
薄々感じてはいたけど、もしかしてもしかするとラノベでよくあるあの――
『うちの部屋にあるクローゼットが何故か異世界と繋がっている件』とかいうやつじゃない!?
「はい、ここは日本という国です。あたしはニサヤ王国という国を聞いたことないのですが、ソフィさんはどうですか?」
「私も日本という国は聞いたことないわね。どういうことかしら?」
「多分ですが、異世界なのではないかと」
異世界などと伝えるのは恥ずかしかったが、そう考えないと説明できない。
「異世界って……あの小説とかに出てくる、あの異世界?」
「そうです! そちらの世界にも、異世界ものの小説ってあるんですね!」
「もちろんあるわよ。本は高いから中々買えないのだけど、異世界ものは一時期ブームになってたのもあって何冊か読んだわ」
「こちらの世界でも異世界ものは人気があるんですよ!」
共通点が見つかって、ちょっとテンションが上がる。
「あ、そろそろフタ取りますね」
5分が経ち、フタを取る。
フタに付いていた水滴が落ち『ジュワ~!』と音を立てて弾けた。
「えっ、油を引いていないのに、いつの間に油が!?」
「ふっふっふっ、企業秘密ですよ」
なんで油無しでもキレイに焼けるのかな?
あたしも原理はよく分かっていない。
「うーん、いい匂い。これでもう完成よね? ね?」
「まぁまぁ落ち着いてください。皮がパリパリのきつね色になるまで、もうしばらくお待ち下さい」
「パリパリ……きつね色……」
ふふっ、ソフィさんはもうギョーザに釘付けだ。
マンガだったら、絶対よだれを垂らしてる顔だね。
さて、ここからがあたしの腕の見せ所だ。
フタを取ってからきつね色になるまでの時間は、火加減や焼く個数などによって変わってくる。
実家では『冷凍ギョーザ焼き名人のユーリ』として活躍した経験を、今ここで全て出し切る。
感覚を研ぎ澄ませる。
周りの羽根の色を見る視覚、焼ける音を聞く聴覚、香ばしい香りを嗅ぐ嗅覚。
精神を統一し、ギョーザに意識を向ける。
ソフィさんも何かを感じ取ったのか、静かに見守ってくれている。
「……ここだ!」
あたしはお皿をギョーザの上に急いで被せ、勢いよくフライパンをひっくり返す。
そしてゆっくりとフライパンを外すと、綺麗にきつね色に焼けたギョーザがお目見えした。
隣から『ごくりっ』と生唾を飲み込む音が聞こえる。
「こ、これがギョーザ……! なんと美しいのでしょう……」
そうだろうそうだろう、日本の冷凍食品は世界一、いや宇宙一なのだ。
「じゃあ、もう食べてもいいわよね?」
上目遣いで期待するように見つめてくるソフィさん。
くぅ~、あたしが男だったらイチコロだったね。危ない、危ない。
「まだです。味がモットーの冷凍ギョーザはそのまま食べても美味しく出来てますが、タレをつけるとまた違った美味しさになるのです」
「まだ美味しくなると……?」
あたしは冷蔵庫からしょうゆとお酢を取り出す。
「しょうゆとお酢を混ぜます。このギョーザは結構味が付いているので、お酢多めで。あっ、あれを忘れてた」
棚からラー油を取り出す。
「最後にこのラー油を一回し入れたら完成です!」
「ら、ラー油!? ラーと言ったらあの太陽の神の!?」
「い、いや、由来までは知らないですけど……」
ラー油ってなんでラー油って言うんだろう?
ラーメンのラーと一緒かな?
だったら多分中国語だよね。
「では、早速。神に感謝を」
ソフィさんは素早く祈りを捧げると、ギョーザを一口。
パリパリッ!
「う~~~ん! 皮はパリパリモチモチで、中からジュワ~っと肉汁が溢れ出てくる! ニンニクとニラの香りがフワッと香ってくるけど、キツくはなく嫌な感じは一切ない。他にもいくつもの調味料や香辛料が絡み合って、複雑な味を組み立てている。くっ、こんなに美味しい料理は初めてだわ」
「うんうん、そうでしょうとも」
異世界宮廷料理人も絶賛する日本の味。
あたしもいただくとしますか!
「いっただっきま――」
「これは持ち帰って研究しなくては。それじゃ、これで失礼するわ!」
ギョーザとタレのお皿を持ち、クローゼットに入っていくソフィさん。
「えっ、ちょ、ちょっと……」
「美味しいものをありがとう。お礼はいずれ、またの機会に」
クローゼットの扉が閉まり、隙間から光が漏れ出たかと思うと、すぐに静かになった。
「あ、あたしのギョーザ…………まぁ、また今度買いに行けばいっか。今日はパスタでも食べよう」
ソフィさん、料理に真っ直ぐで熱心でカッコよかったな。
あたしも大学でそういうものが見つけられるように頑張りますか!
◇
――ニサヤ王国
「ここは……倉庫に戻って来られた……? 夢かとも思ったけど、ギョーザを持ってるってことは本当だったみたい」
ソフィは倉庫の鏡の前に立っていた。
両手にギョーザとタレという食いしん坊スタイルで。
「早くこのギョーザを研究しないと。あんまり遅くなると先輩にバレちゃうからね」
「誰に何がバレちゃうって?」
びくりとするソフィ。
ソフィが後ろを振り返ると、先輩が立っていた。
「あまりにも遅いから見に来てみれば、お前は何をしてるんだ?」
先輩は腕を組み、苛立ちからトントンと足で床を叩いている。
「チッ、先輩今日だけは見逃してください。お腹が腹痛で痛いので、部屋に戻ります」
「そんな美味そうなもん両手に持って腹痛だって? もったいないから、俺が食べてやるよ。てか、それどっから持ってきたんだ?」
先輩が不思議に思うのも当然だろう。
戻ってくるのが遅いと倉庫に来てみれば、見たこともない料理を持って騒いでいるソフィがいたのだから。
「はぁ……わかりました。3個で手を打ちませんか?」
「5個だ」
「半分じゃないですか! これは私が苦労して手に入れたんですよ!」
ソフィは全く苦労していないが、自分の取り分の為には手段を選ばない。
「わかったよ。間を取って4個でどうだ?」
「……それで手を打ちましょう」
「で、それは何なんだ?」
「ギョーザという食べ物ですよ。このタレに付けて食べるんですが、なんとラー油というものが入っているんです!」
胸を張りドヤ顔で教えるソフィ。
そこら辺の男ならその胸の膨らみに目がいってしまうところだが、そこはさすが先輩、ギョーザにしか目がいかない。
自分の知らない料理に、目で、鼻で、何とか情報を得ようとしている。
「ラー油だと!? 太陽神様の名前を冠する食べ物なんて、なんと畏れ多い……」
「やっぱり先輩もそう思いますよね。これを持ってた女性は、気にもしていませんでしたが」
「とりあえず、美味そうだし食べてみるか。お前はもう食べてみたんだよな? じゃあ、毒じゃないから安心して食べられる」
なんとひどい先輩なのか。
後輩の女性を毒見に使うとは。
だがそれはソフィへの信頼の裏返しとも言える。
なんとも不器用な先輩である。
先輩はギョーザを一つ手に取ると、しげしげと見つめる。
そしてタレにチョンッと弾ませ、口へと運ぶ。
パリパリッ!
「う……!」
先輩が急に苦しみだす。
「先輩! 大丈夫ですか!?」
先輩の体からは、黄金色のオーラのようなものが溢れ出ていた。
「……うまいぞー!」
先輩が叫ぶと、オーラは光の柱となり空へと伸びていく。
その光は雲を切り裂き、どこまでも止まらない。
しばらくして光が消えた時には、もう雨は止み、太陽の光が王国に降り注いでいた。
そう、ラー油が世界を越える時、その理が神によって書き換えられていたのだ。
こうして人知れずこの国は救われた。
2人の探究心溢れる料理人と、1人の日本の大学生の手によって――