やり直しバッドエンド
初投稿です。拙いのは許してください。
もう何度目の夢なのか、数えるのも諦めた。深夜0時00分をちょうどを過ぎた頃、東京近郊にある駅のプラットフォームから寂しそうな笑顔を見せたサキが転落する。スピードを緩めない無慈悲な新宿行き快速急行が、鈍い音と警笛をならした所で朝が来る。
最初に見たのは、定期テスト最終日の夜。あの日俺はエナジードリンクを飲み、カフェインを体にブチ込んで、完全に放置していた英語の課題と格闘していた。なんとか最後のページにたどり着いた頃の俺には睡魔に抗う気力もなく、そのまま机に突っ伏して眠りについた。
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奇妙な夢だな、と思った。目の前にはあの頃の姿のサキがいる。目線を落とすと、自分の手や足も記憶のそれより一回り小さい。これは果たしてあの時を元にした夢なのだろうか。あの時の夢ならこの後サキはーーそもそもこれは夢なのか?と微かな疑問を抱くが、夏の訪れを伝えるはずのジメジメした風が肌にあたる感触がない事がこれが夢であることを決定づける。
「こんな時間まで遊んじゃって、私たちイケナイよね」
あぁ、サキの声だ。俺が忘れたくても忘れられなくて、それでももう二度と聞けないと思っていたサキの声。母親譲りのハキハキとした喋り方も愛おしい。
「今日はごめんね?巻き込んじゃって」
どこかデジャヴを感じるようなセリフが飛び込んでくる。あの日もこんな会話をしていただろうか。
「まさかお母さんが急に倒れちゃうなんて、ほんとにびっくりしたし、命に別状がないってお医者さんから聞いた時はすごい安心したな」
そうだ。あの日サキの母親は家で家事をしている時突然倒れた。原因は未だにわかっていないらしいが、日頃からの栄養失調による低血圧がなんたらとかだった気がする。それよりもーー
「でもほんと、シンスケがいてくれて良かったよ。心強かった。」
改札をくぐってエスカレーターを昇る。まだギリギリ終電があるはずだ。プラットフォームの屋根に吊り下げられたLCD表示板には0時05分発、普通新宿の文字がある。
「え?今日はうちに泊まらないか?んーそうだなぁ」
さすがに母親は入院してしまい、その看病に父親が付きっきりでいっているため、サキの家には誰もいない。それなら俺の家で泊まった方が安心だろう。それに俺は、こういう日にはサキと過ごしたい。そんな思いを抱いていたはずだ。
「シンスケの家に行って、私ジャマにならない?」
生憎俺は兄弟などおらず、俺含め3人で暮らしているため、1人増えたところで窮屈感はそこまで無い。それに俺の部屋なら押し入れに敷布団があったハズ。
「そっか。じゃあお願いしよっかな」
内心ドキドキしていた。不安だったサキの母親の安否は無事だから心配いらないし、郊外の大病院にいったから処遇も大丈夫だろう。なにせ看病に父親が付き添ってるからな。安堵していた心はいつの間にか、サキか家に来ることに対する緊張へと変わっていっていた。
「ねぇ待って。今日って何日?」
8月10日、いやもうすぐ8月11日に変わるところだ。
「11日ってなんの日だか分かってるよね?」
もちろん忘れるわけが無い。サキの誕生日だ。伊達にサキの幼馴染をやっていない。そうだ、プレゼントの準備をしていたな。家に置いてあるから後で渡そう。サキの好きなキャラクターのグッズをわざわざ池袋まで買いに行ったのだ。
「そう、だよね。覚えてるよね」
なにか記憶と違う台詞だった
ーー否、夢なのだから記憶通りになるはずがない。気にせずいよう。
「私もう15歳になっちゃうんだね」
そうだ。俺の誕生日はちょうど2週間後の25日だから、サキの方が少しだけ年上。今年で中学も卒業という年だ。
ーーカタカタカタカタカタ
通過電車がやってくることを伝えるアナウンスが流れ出す。オレンジに光る幕は快速急行、この駅には止まらない。
「シンスケの家、楽しみだなぁ」
ふと、後ろから黒い影がやってきた。中年のサラリーマンといったところか。列に並ぶんだろう。そう思った時。
ーードスッ
日付が変わった8月11日。サキは線路に転落した。いや、転落"させられた"。快速急行はスピードを緩めない。そして
「※※※※※※※※?」
なんと言ったか分からないような声が聞こえた次の瞬間、プラットフォームに警笛と鈍い音が鳴り響いた。
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「ゔっっ」
気味が悪い。吐き気がする。人生17年生きてきて、これ程までに胸糞悪い寝起きが過去にあっただろうか。テーブルには空きっぱなしのノートが散乱していた。
最初のうちは見る度苦しかった。もう思い出したくもない過去。でも消せない過去。過去は変えられない。そんなことはとうに分かっているのに、嫌がらせのように定期的に夢に出ては俺の目覚めを妨害してくる。
15回を過ぎたあたりからだろうか。俺は疑問に思い始めた。何度も何度も同じ夢を見て、なぜ俺は毎回同じ行動をとるのか。どうせ夢だとしても、サキが助かる方法は見つけられなかったのか。不定期にやってくるあの夢を、あの不快で見たくもない夢を、それでもあの夢の中に行かないといけないような気がして。
気がついた時にはレッドブルを3杯飲み干していた。胃が痛い、脳が訴えてくる。覚醒効果があるはずのカフェインは、俺を例の夢へと誘い込んだ。
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「私、15歳になるんだね。」
ここまでいつもと同じ。頼む、俺の脳働いてくれ。どうすればここから転落ルートに進まないんだ?そうだ、あの中年の男の阻害をすれば。待ってくれ。ほらこっちに来て。あぁ、もう、まただ。
ガタガタガタガタガタガタガタガタ
ーードスッ
「※っ※※※い※※?」
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残暑の厳しい9月半ば。もう蝉の声は随分聞かなくなったが、30度超えの外気温は、帰宅部の俺にとっては地獄とも思える暑さだ。
『次は新百合ヶ丘です。多摩線はお乗り換え下さい』
俺は向かっていた。あの駅に。あの場所に。あの日サキが何を思って、なぜ飛び込んだのか。俺には何も分からなかった。それでも行けば何かわかると、俺の直感がそう訴えかけている。
普通に乗り換えて数駅。夢で嫌という程見たこの駅に俺は再び降り立った。ホーム端には花が添えられている。俺は先程花屋で買った花を置いて両手を合わせる。
ーーー警察は、飛び込み自殺だとした。俺はずっと否定し続けた。中年の男が突き落とした。そう何度も証言した。あの場面でサキが飛び込む理由などどこ考えても見当たらない。サキの両親からは俺がなにか唆したのではないか、と俺を非難し続けたが、そんな事実は無い。しかし決定的な証拠がない。防犯カメラには、ちょうど死角であのサラリーマンは映っていなかったのだーーー
ふと、何かを感じた。いや、何も変わりない、平日の駅のプラットフォーム。ただこのホームに、つい3年前まではサキと一緒にいた。それだけだ。過去は変わらない。そんなことはわかり切っている。それでも何かに縋るような、そんな気持ちが俺をここまで突き動かした。
あの夢の最後、毎回サキは何か呟いていた。それが何かは聞き取れないような声だから、もう毎度のことだと考えていたが、あの事件当時、あんな台詞を言っていただろうか。あれがもし、夢に出てくるサキの願い事なら、せめて夢の中だけでも、叶えてやりたい。
それにもう、ほとんど整理はついている。あの時、サキのことが心から大切で、1番愛してると思っていた俺がすべきだったことは、もう分かりきっているんだ。
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何度目か分からない、夜のプラットフォームに、俺とサキは立っている。夜の風は相変わらずジメジメしていて、肌にあたる感触が気持ち悪い。俺は今日決意してこの夢に入った。いや俺がこの夢に入るのはもはや必然だったのかも知らない。
「楽しみだなぁ、シンスケの家」
その瞬間、影からやつの姿が現れた。何故だか、中年は少し怯えた顔をしていた。
『危ない!こっちに来い!』
俺は叫んだ。サキにせめて、この夢の中だけでも生き延びて欲しかった。俺はサキを庇って中年の前に出たーーつもりだった。
ーードスッ
サキと俺は同時に、いや少し俺の方が先に、線路に転落していた。おかしい。頭が、背中が、腰が、足が痛い。全身が痛い。それもそのはず転落したからな。
いや、これは夢のはず。でも痛覚があるのはなぜ?
「やっとこっちに来てくれたね」
サキの声だ。レールが軋む音がする。もう快速急行はすぐそこまで来ている。
「シンスケったら、ほんとに一途だね。私なんか死んだんだから、忘れて新しい恋すればいいのに。」
「シンスケ、ここは現実だよ?シンスケの私に対する思いが、貴方をここに連れ戻したんだよ」
ガタンガタンガタンガタンガタンガタン
ああ、時の進みが遅い。ホームの女性は慌てて非常停止ボタンを押そうとしているがもう遅い。何もかもが遅い。俺の判断も、遅かったんだ。
「いっ※ょに※こう?」
警笛の音がした。
直後、鈍い音が2つ、深夜の駅に鳴り響いた。