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災厄の姫君  作者: 日向あおい
第三話 妄執の姫君
39/40

・3・ 初夜の襲来(4)

 




「いいんじゃないか? お前が気に入ったのなら」


 将門はさわやかに答えて、内心、ほくそ笑んでいた。

 尚子のことを、一番に考え、動ける者は、多ければ多い方がいい。そして、今この屋敷に、それができる者は誰もいない。尚子はそれに本能的に気がついているのだろうか?

 そして、将門の命令で尚子に付けた者では、最後に将門に従う。それではだめなのだ。尚子自身が、信頼のおける者を見つけ、下に置かねばならない。そのことに、気がついているのだろうか?

 将門は、自分の許可を得て、無邪気に喜ぶ尚子を見ながら、そんなことを考えていた。


「それと……」

「ん? まだあるのか? なんだ、全部言ってみろ」

「うん。それが、子供を拾ったの」

「子供?」

「……えっと、親を亡くした幼子で……」


(なんだ、歯切れが悪いな、何かあるのか?)


 将門は眉を寄せる。


「おい。本当に子供だろうな?」

「え?」

「お前と同じぐらいの年頃の男ではないだろうな、と聞いてる。そんなの許さんぞ! 絶対に駄目だ!! 娘のことだって、娘だっていうから許可したんだ! 助けたのが男だったら、いくら命の恩人でも却下だ、却下!!」

「はあっ!?」


 思いっきり、尚子の眉毛がつり上がったので、「あ、女児なのね」と将門は小さく呟いた。


「とにかく、身寄りのない子供を拾ったから、屋敷で面倒を見たい」

「身寄りのない子供か。大方、どこかの廃れた村の孤児だろうよ。悪いのは俺だ。餓死しないでいてくれただけ、有難い。可愛がってやれ。ただし……」

「ただし?」

「この屋敷を孤児だらけにするわけにはいかぬぞ。孤児を減らす方法を考えなくてはな。一緒に考えてくれるか?」

「うん!」


 まるで、幼い少女のように、頬を蒸気させて喜びを露わにした尚子に、将門も思わず笑顔になった。


(その女児も、すぐに尚子の忠臣となろう。このままなら、尚子の意のままに動く人材があっという間に集まりそうだな。俺が出るまでもなく、な。大したものよ)


 それで、いい。

 そうやって、自分の居場所を、足場を確立していけばいい。

 そのうち、誰もが尚子をこの国の国母と認めるだろう。無くてはならぬ存在として、将門の横に並ぶものとして――家臣、民が自然と頭を垂れる女主人になっていくのだろう。


「それから……もうひとつ」


 将門が、目を細くして何年か先の尚子の幻を追っていた時、そう言った尚子の顔付きが急に固くなったことに気がついた。


「どうぞ?」


 その言葉を受け、尚子がわざわざ座り直し、将門の真正面を取る。


「なんだ、改まって?」


 将門も、怪訝な顔になって、尚子をのぞきこんだ。

 尚子は、将門と目を合わせることなく、つつ、と三つ指を立て、ゆっくりと頭を下げた。

 そんな一つ一つの尚子の動きを、将門は食い入るように見つめていると、尚子の口から出たというのに、抑揚のない無機質な声が、将門の耳に届いた。


「わたくしに子をお授けください」


 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

 しばらくの間、ぽかんと情けない顔で、いつまでも頭を上げない尚子を見下ろしていた。


「な…………っんだと?」


 やっとでた言葉がそれだった。


「殿の子が欲しいのです」

「…………」


 なんだか頭が痛くなってきた。

 将門は額を片手で抑えて、がっくりとうなだれた。


(何がどうして、こうなった?)


 誰かが何かを吹き込んだのか?

 いや、尚子の望みは願ったりかなったりなのだ。

 子供は欲しい。

 たくさん欲しい。

 欲しいし、子作り自体もたくさんしたい。


(だがしかし!! これは何か違うぞ! 尚子がこんなことを言いだすはずがない!! だいたい、こんな改まって言うことか!? おかしい。なんだ。どうなってる?)


 ぐるんぐるんと、思考を巡らせるが、的確な言葉が見つからない。


(なんか、好立あたりが高笑いしている声が聞こえて来た……空耳か?)


 とにかく……。



 こんなことは望んでない。

 こんな関係は、イラナイ――。



「ふう」


 自分を落ち着かせるために、将門はため息をついた。それを、後ろ向きな反応と捉えたのか、尚子がびくりと体を震わせた。


「尚子、顔を上げてくれ」

「はい」

「それから、もっと俺を見てくれ」

「……?」

「俺の顔を見ろっていう意味じゃない。俺の心を見ろ」

「見ている」

「見てない」

「……私の産んだ子供が、必要なのでしょう?」

「必要?」


 将門の眉がぴくりと反応する。


「だって、私にしか出来ないことだって。だから、それは小次郎の望みは、私が子供を産むことだって思ったんだ。私の産んだ子は、父上の国とこの国の共存の道を作ってくれる、そうでしょ?」

「だからかっ!?」


 将門は思わず腰を上げた。

 暗闇の中、尚子を無言で見下ろす。


「だから、俺の子が欲しいのかっ!?」


 ――我が子を(まつりごと)に使うと、それをお前が言うのかっ!? 


 気がつけば、睨んでいた。


「――――小次郎?」


 尚子が不安そうに声を震わせ、こちらを見上げている。が、それ以上何も言わない。

 それでいい。

 今は何も聞きたくない。

 何も言いたくない。


(今は、抱けない……抱きたくない。今、尚子を抱いたら、何もかも失ってしまう……)


 尚子の心も。 

 将門自身の夢も――。

 将門は、ぎりっと奥歯を噛みしめた。


(くそう、どうしたらいい)


 分かっている。尚子は必死なのだ。

 自分の居場所を見つけることに、躍起になっている。それも、仕方のないこと。

 回りには、自分に味方する者がいない。そればかりか、敵視する者までいる。そんな状況下で、己の役割や価値を見出そうとするのは、至極当然なことだし、将門だってそうするだろう。むしろ、周囲から認められないことを他者や環境のせいにして、己を顧みないような娘だったなら、将門も一気に興醒めしたことだろう。


 ――――認められないなら、認めさせるまで。


 そのくらいの心意気と根性がなければ、将門の隣に並び立ち、共に歩んでいくことは出来ないだろう。


(今は、尚子に余裕がないだけだ。自分が見えていない。……大丈夫、時は必ず来る。尚子に俺のこの想いが伝わる時は、必ず来るはずだ。今はその時ではない。それだけだ)


 将門は自分に言い聞かせるように、心の中でつぶやいた。そして、ため息と共に、尚子の名を呼ぶ。大きな瞳に、今にも零れそうな涙をためたまま、尚子は静かに見つめ返してきた。


「……今日は自室で休む」


 続けて、何か言葉をかけてやろうと、言葉を探した。けれど見つからず、迷いに迷った挙句、そのまま部屋を後にしようと身を翻そうとした、その時だった。


「…………何も……」


 かすれて今にも消え入りそうな尚子の声に導かれるように、再び尚子に視線を戻す。目を伏せた尚子の瞳から、月明かりを反射した想いの雫が零れ落ちた。


「私には……何も…………ない……何もできない……」


 まるで宝石のように、きらきら煌めきながら落ちる涙。

 一つ、また一つ、尚子の心の声を乗せた雫が落ちていく。

 ――もう、限界。お願い、助けて。どうしていいか分からない。


「小次郎の……役に……立ちたいのに……何も……できない……」


 最後の方は、顔をくしゃくしゃにし、ついには両手で顔を覆うようにして泣きだしてしまった。


 ――――何もできない。私には何の力もない。


 無力。

 無能。

 不要。

 邪魔者。

 要らないもの。


 ―――――でも、あなたの力になりたい……。

 どうしていかわからない。

 何ができるのかわからない。


 声を我慢しながら、泣き震える尚子の姿に、将門は胸をぎゅっと鷲掴みにされたように、苦しくなった。言葉にしなくても、尚子の気持ちが直接流れこんでくるように分かったのだ。


(くっそっ!!)


 将門は、力いっぱい尚子を抱き締めた。


次回最終話!

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  また『活動報告』に作品裏話&次回予告があります。 
 
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