・1・ 金色の揚羽(4)
◇◆
小春丸は薄れゆく意識を、何とか保っていた。空腹も、喉の渇きも、もう感じなくなった。
自重で腕や腹に食い込む縄は、息をするたびに痛むし、なんだってこんな理不尽なことに自分が甘んじているのか、いくら考えてもわからない。本当にあり得ない。
でも、今はそれが自分の命の存在を確かめる唯一の方法でしかない。
そこへ、けたたましい音と共に、小春丸が吊るされている納屋に光が差し込できたのを瞼の裏で感じた。
「小春丸!!」
聞きなれた声が聞こえた気がしたが、瞼をあける力も残っていない。
「しっかりしろ、小春丸!!」
視覚で確認するまでもない。自分を心配して、駆けこんでくる人物なんて、一人しか思い当たらない。
ふいに、体が自由を取り戻した。床の上に下ろされたのか、久しぶりに味わう開放感。腕からも縄が外された。
「もう、大丈夫だ。本当に、もう、私は大丈夫だから。お前が死ぬ必要なんてないんだ! しっかりしろ!!」
急に、小春丸は自分の体が、柔らかで温かいものに包まれたような気がした。陽だまりの中で嗅いだ事のある、懐かしい香りがした。
尚子だ。尚子が抱き抱えているらしい。
「小春丸! お願いだ、死なないで!」
段々と、その声は震え、涙声になっていくようだった。
(あ~あ~……殿さま以外の男に泣いて、抱きついちゃうわけね……)
「死んだらだめだー!」
(生きてる生きてる……勝手に殺さないで……)
「目を開けてーっ!」
(今、無理ぃ~~)
小春丸は、笑いかけて、尚子に無事な所を見せてやりたかった。けれど、眉ひとつ動かすことができない。とりあえず、泣くのだけはやめてもらいたい。美女の涙には、弱いのだから。だが、残念なことにそれを伝えるすべがない。
打開策も見つからないまま、事は小春丸の頭の上で進んでいった。
「あやめっ!! 薬師だ、薬師を呼べ! それから、小春丸を私の部屋に」
「それはなりませぬ。姫さまのお部屋に、殿以外の男を運ぶことは……」
「そんなことを言っている場合ではない。一刻を争うのだ。それに、私の部屋の方が、世話がしやすい」
「ならば……少しの間だけ、私の部屋に運びましょう。手狭ではございますが、姫様のお部屋からも近こうございます。よろしいですね」
「わかった。すまないが、そうしてくれるか?」
「かしこまりました」
すぐに、小春丸は両脇を誰かに抱え込まれ、引きずられるようにして、納屋から運び出され始めた。されるがままになりながら、小春丸は人にみられないように、にやりと笑う。
(まったく、来るのが遅いんスよ……もうちょっとで、死ぬところだったじゃんか)
でも、自分は生き延びた。
生き延びたのだ。
(……俺の……勝ちだな……殿さまよ……)




