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災厄の姫君  作者: 日向あおい
第二話 妖の姫君
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・5・売られてたまるか

 

 5・売られてたまるか




 意識を取り戻した瞬間に、小春丸は全身の激痛に襲われ、目を覚ましたことを真剣に後悔した。

 いや、その前にあのお転婆姫に従って、こんな所まで素直に付いてきてしまった自分の素直さを呪うべきだろうか。命があってこその忠義だというのに。

(ああ、俺ってバカ……いい人すぎ、頭良すぎ、かっこ良すぎ。なのに嫁さん来ないってどうなの? あー、そうだよ、これから嫁さんを貰って、あーんなことや、こーんなことを毎日する予定だったのにどうしてくれるっていうんだ、ええ!? まてまて、そんなことより、逃げるか。そうだ、逃げなきゃ!)

 小春丸は、心の中で怒濤のボヤキを繰り広げるのに飽きると、即座に行動に移した。

 とはいえ、両手両足は縛られ、猿ぐつわに目隠しまでされていては、できることは限られていた。現在、自分がどんな状況に置かれているのかすら、ろくに把握できない。

 妙に肌寒いから、屋外に放り出されているんじゃないだろうか。それに、頬に粒のそろっていない石ころを感じるのが、何よりの手がかりだった。

 もっと情報はないかと、何とか首をひねってみる。少し身動きするだけで全身を切り刻まれるような激痛が走った。

(くっそお、ちょー痛ぇ……)

 それでも、必死に顔を反対側へ向けようと試みた。

 と、その時。

「今、ほどくから」

 天の助けだ、と小春丸は小躍りしたい気持ちになった。だが、どこかで聞いたことがある声だ。はて、どこだっけ?

 その答えはすぐに出た。だが、にわかに信じられない。

「……姫さん?」

 声の主は、小春丸の質問に答える代りに、声をひそめ、口早に言った。

「他に誰がいる。さあ、人が来る前に逃げるぞ」

 徐々に自由になる両足と、復活した視界全面に見慣れたお転婆姫の顔が飛び込んできた。

 自然と、ほっとした。

 無事だったようで、それはそれで良かった、とは思う。しかし、自分と同じように縛られていたはずなのに、何だってこんなに自由に歩き回れるのだろうか。

(まあ、何でもいいか、逃げられれば)

 小春丸はこれ以上深く考えないように決めた。

「急いで!!」

 姫の背後から別の娘の声が飛んできた。暗くてよく見えないが、これまたどこかで聞いたことがある声だ。

(ん? 暗い?)

 それで初めて小春丸は周囲を見回した。

 そこは洞くつに見えた。だが、出口はすぐそこにあるようで、光が差し込んでいた。そのわずかな光で、暗闇に慣れた小春丸の目には、白黒であっても、周囲がはっきり見渡せる。逃げるには十分だ。

「呆けてる場合じゃない。足の縄を外せば走れるだろう? 後は逃げてからだ!」

 そう言うと姫は小春丸の体を起こす手助けをし、付いてくるようにという仕草を見せた。

「もがっ!?」

 てっきり、自分の口を塞いでいる忌々しい猿ぐつわも外されて、思いのままに愚痴が言えると思っていただけに、愕然となる。

「ほら、急げ!!」

 呆けていた小春丸を、再度、姫が促した。

(へいへい! 言われなくても逃げます、逃げますとも。けど、酷くない? その前に手と口を開放してくれてもよくないっすか?)

 必死にモガモガ言いながら不条理と理不尽を訴えたが、姫の次の一言で小春丸は今までの人生において一番の俊敏な動きを見せることになる。

「いいか。お前は捕まれば、蝦夷に売り飛ばされる。生きて家に帰りたければ走れ!」

「ふがんがっ!?」

 なんだって!? 

 それはまずい。

 非常にまずい。

 売られる? 俺が? まじで?

(ムリっ!!)

「ふぬっ!!!!」

 小春丸は、最大級の気合いを入れて、すくっと立ち上がると、脱兎のごとく走り出した。突如、本気で走りだした小春丸に、一瞬びくりと驚いた姫だったが、慌てて自分の後を追いかけてくる気配を感じる。

 洞くつの出口で、さっき野犬から助けた娘とすれ違った気がした。

 しまった。小春丸は舌打ちする。

 すべての元凶はあの娘に出会ったのだから、文句の一つや二つ、いや百個ぐらい言ってやればよかった。

 今は、それどころではないのも事実。覚えていろ。次に会った時は、容赦なく非難の雨あられを、嫌よやめて、およしになって、と言われるまで、浴びせてやる。

 イヤラシイ笑みで勝手な妄想を始めた小春丸は、ふと、顔を引き締める。そして、すぐ横を追いかけてくるお転婆姫に冷たい視線を投げかけた。

(……違うな。災厄を連れてきたのはこの姫さんだ)






(とりあえずここまで走れば大丈夫だろう)

 村が見えなくなってしばらく走ると、汗を拭いながら尚子は足を止めた。息苦しさに耐えながら、小春丸を振り返る。尚子よりも息があがって、尚子が走るのをやめるのを今か今かと待っていた様子の馬番と目があった。

 小春丸は、尚子のそばまで何とかたどり着くと、すぐさま、仰向けに倒れ込んでしまった。

 その疲労ぶりに、尚子は思わず声をかけずには居られないほどだった。

「大丈夫か?」

「ふへ、ふへ、ほへっ」

「なんだ? 何が言いたい?」

 すぐさま言葉を使うことを諦めた小春丸は、猿ぐつわを指さし、口の自由を必死に訴えてくる。

「ああ、すまない」

 尚子は猿ぐつわをそっと外す。と、小春丸の口から、今まで我慢に我慢を重ね満杯になっていたドス黒い不満が、一気にあふれ出るような叫び声が上がった。

「どあああああああああ」

「ちょ、ちょっと、さ、叫んだら居場所がばれるじゃないか!」

 慌てて尚子は小春丸の口を塞いだ。

「ここはまだ、奴らの領域だ。油断できない」

 そっと尚子の手を口からずらしながら、小春丸が反撃に移る。

「あのね~。猿ぐつわしながら全力疾走ってしたことある? ないよね~? 死ぬよ、マジ死んじゃうから。苦しいったらありゃしない。姫さん、俺に何か恨みでもあるわけ? ああ~、今日だけで俺の寿命がどんだけ縮んだかわかんねぇ……」

「す、すまない。気が付かなかった」

「ええ、そうでしょうよ。姫っていう人種は、たいていそうなのよ。自分の無知でどんだけ下位の者を苦しめているか分からない、残酷な生き物なわけ。しかも、『知らなかったの、ごめんなさ~い、えへ』で済まそうっていう最悪最強、極悪非道な人種なんだ。分かってた。分かってたんだ。分かってたくせに、なんで付いてきた、俺。ああ、俺ってなんてバカなんだ」

「ちょ、ちょっと落ち着いて」

「落ち着け? 俺は、ちょー冷静ですよ? 冷静沈着、容姿端麗、頭脳明晰。これ全部、俺のこと」

「……とにかく」

「あ、スルーするんだ、いいけどね。俺ってそういうキャラだしぃ? そういう扱い方には慣れてるしぃ?」

 尚子はこの時そっと後悔した。そして、本気で悩んだ。

 この男から外した猿ぐつわをもう一度はめてやろうか、と。

「と、に、か、く!!」

 もう一度仕切り直し、尚子は小春丸に向き直る。

「日が暮れるまでにこの森を抜けねばならない。夜になると、我らに命はないそうだ」

「なぬ?」

 やっと小春丸が、尚子の言葉に耳を傾けた。

「この森は、随分と野蛮な住人がいるらしい。昼間の野犬とは比べ物にならないほどの」

「マジッスか」

「……さっきから、何なんだ、その“まじ”とか“ちょー”とか」

「いいから、スルーしちゃって。俺の国の言葉だから」

「す、するう?」

「キニシナイ、キニシナイ。んで、何がいるっていうんです、この森に?」

「神だそうだ」

 小春丸が目を見開く。

「…………まさか」

 尚子は答える代りに、深く頷いた。

「森の守り神。ここはヒトの背丈を遥かに超えた、犬神が住む森だそうだ」

 ごくりと、小春丸の喉が鳴るのが聞こえた。

「あの娘に聞いたんですか……?」

「そうだ。我々が助けたあの娘が、ここまでの道を教えてくれた」

 じっと小春丸の瞳を見つめる。その瞳は明らかに説明を求めていた。

 尚子の表情に迷いが浮かぶ。今は、夜明けまでにこの森を抜けることが先決だ。だが、何も説明しないまま走れば、小春丸の不安は増長されていくに違いない。人一倍、臆病な面を覗かせる彼のことだ。不安に押しつぶされて奇怪な行動をとられても面倒を起こされても困る。

 尚子はもう一度、小春丸の瞳の奥を覗きこんだ。その瞳が、一瞬だが、かすかに揺れるのが見えた。

「……わかった」

 尚子は観念して、ことの経緯を話すことにした。





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