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災厄の姫君  作者: 日向あおい
第二話 妖の姫君
18/40

・4・見えない道

 

 4 見えない道

 

 

 

 尚子たちが男たちに連れられ、けもの道をしばらく進むと、不意に道を外れ雑木林の中に入り込んだ。葉をかき分け、さらに奥へと進む。

 いったいどこへ連れていかれるのだろうか。

 道はない。しかし、男たちの足取りに迷いはない。きっと男たちにはわかる、何か目印があるのだろう。

 尚子にはただの生い茂った雑木林にしか見えないのに、道が見えているかのような男たちの振る舞いに、不安はいっそう募っていった。

 間もなく、驚くことに、人の手で整備された道へと出た。

 方角的に尚子たちが来た道とは違う小道であることは明らかだ。しかし、どこをどう歩いたのか、全くわからなかった。

 尚子は足を止め、背後の雑木林を振り返る。

(――……)

 もう何処から自分が出てきたか分からない。

(参ったな、無事に帰れる気がしない……)

 わざと外界からの道とはつながず、間に他者を阻む雑木林の “道”を挟むことで、この先にあるものを隠そうとしているのは明らかだ。

 盗賊だから、追手を巻くために、というのは分かるが。

 それにしては、隠れるというより……。 

(……何かを恐れているみたいだ)

 男たちに先を促されながら、尚子はそんなことを考えていた。

 

 

 小道を進むと、小さな村にたどりついた。それは、尚子の想像をはるかに上回る立派なものだった。

 村は生垣で囲われ、その外側を用水路が一回りしている。透明度の高いこの水路の水は、湧水と言われてもそん色のないもので、きらきらと光を反射しながら村の中央を通って奥へと続いていた。

 不思議なことに、それまで喉の渇きを感じていなかったのに、その美味しそうな水を見た途端に、尚子の喉は、焼けるようにヒリヒリと痛み出した。

 いつ殺されるかわからない緊張の中、歩き通しだったのだ。当然かもしれない。

 今にも駆け寄って、喉を潤したい衝動を必死で抑え、尚子は村の内部に視線を運んだ。

 ざっと見たところ建物は二十戸。建物の隙間から、村の奥の方に田畑が在るのが垣間見えた。

 どう考えても、昨日今日で出来上がった村ではない。

(まさか、これがあの『祟り村』なのではないか?) 

 尚子が小春丸に目配せしようとした瞬間、小春丸のすぐ前にいた男が彼のみぞおちを強打した。

 短いうめき声をあげて、小春丸が崩れ落ちていく。

「!!」

 反射的に、尚子は彼のそばへ駆け寄ろうと地面を蹴った。が、身動きした瞬間、両脇を二人の男に掴まれてしまう。

 そればかりか、そのまま尚子だけを別の場所へと引きずっていこうとする。

 尚子は焦った。

 このままでは、小春丸と引き離されてしまう!

「んんーーっ!!」

 彼の名を叫んだつもりだったが、猿ぐつわのせいで上手くいかない。

 なんとか首をひねって、どこか別の場所へ運ばれていく小春丸の姿を目で追ったが、ついに尚子自身も小さな納屋の中へと放りこまれてしまった。

 

 

「――っ!!」

 まるで米俵のように放りだされたおかげで、尚子はほこり臭い納屋の床に全身を強打した。

 激痛に一瞬、息ができなくなる。縛られているおかげで、体を起こすこともできず、床に倒れ込んだまま、息を整えるしかなかった。

 そうこうしている間に、背後で納屋の戸が閉められる音がした。

 あたりに静寂と、暗闇が訪れる。

(とりあえず私は殺さないということか? 待って……じゃあ小春丸は!?)

 自分の出した答えに、背筋がぞっとした。

 一刻も早く、小春丸を助けねばならない。

 なんとかして、この納屋からでなくては。

 まずは、両手両足の自由の確保だと、尚子は縛られた腕や手首を動かし必死にもがいた。縄はびくともしない。

 それでも、ジタバタと腕を動かしてねばったが、上半身を起こすのが精いっぱいだった。おかげで納屋の中が見渡せるようになった。

 古い納屋は、外からの光がこぼれていて、十分に見渡せた。と同時に、尚子は息を飲む、

 目の前にうず高く積まれているのは、米俵だ。そして、今、尚子が寄りかかって座っているのは、干した大根。他にもさまざまな種類の野菜が、しかも数多く並んで積まれているのに気づく。

 これが盗んだものでないならば、この村はよほど広大な耕地を持っているということになる。

(もしかして、この村の奥にはとんでもなく大きな開墾地があって、ここの住人が田畑を耕しているのか? それとも、強大な盗賊団の村で、全部近隣の村々や行商から盗んだものなのか? ……それにしても――)

 かすかに尚子の眉が寄った。どうしても腑に落ちない点があったのだ。

 もしも、この村が盗賊の村だとしたら、女である尚子は女郎なりに売り飛ばすとしても、男の小春丸はその場で殺されたはずだ。村までわざわざ連れてきたからには、小春丸にも何かをさせようということなのだろうか。

(いや、その前に……本当にここが祟り村なのだろうか? それに、あの男たちが言っていたことも気になる)

 男たちは尚子たちが罪を犯したと言っていた。そして、その罪を自分たちで償えとも。

 いったい、尚子たちに何をさせようというのだろう。

(どっちにしても、さっきの娘はこの村の住人に違いないだろうが……無事かな……)

 

 ――――ガサ……。

 

 尚子ははっとした。

 今、何かの気配を感じた。

 首をひねってあたりを見回す。……誰もいない。

 もしかして、あの娘が助けにきてくれたのでは、と淡い期待を抱いたのだが、そう上手くことは運ばないようだ。しかし、何か気配がしたのは確かだ。

 ふと、尚子の脳裏に四つ足動物の名前が浮かんでくる。

(……ネズミ?)

 これだけの食糧があれば、一匹くらい入り込んでいてもおかしくない。一見しては分からないが、この納屋のどこかにネズミの巣穴があるのかもしれない。

 と、その時、尚子の中に、ひとつの突拍子もない考えが浮かんだ。

 まさか。

 そんなことができるわけがない。

 でも、二回もその起こるわけないことが起きたのも確かだ。

(猿ぐつわが邪魔して声がうまく出るか心配だけど……やってみる?)

 尚子は、ごくりと生唾を飲み込んだ。

 

 もしも、今、自分が思っていることが正しいならば――――。

 

「ほょっひにほひ」

 ゆっくりと、一音一音を大切に『こっちに来い』と発音したつもりが、猿ぐつわのせいで、やはり美味く発音できない。

 それでも、かすかな期待を込めて、尚子は気配を感じた方向を見つめた。

 全神経を、目と耳に集中させる。

 

 どんな物音も聞き逃さないように。

 かすかな動きも見逃さないように。

 

(さあ、出てこい……ネズミ!)

 自分が立てる鼓動や呼吸の音がやけに大きく聞こえた。

 尚子の頬を、一滴の汗が流れていく。

 そういえば、暑くもないのに背中も汗でぐっちょりと濡れている。

 それで、はたと自分の滑稽さに気がついてしまった。笑いさえこみ上げてきた。

(……やっぱり、そんなはずはない……動物と言葉が通じる、なんて……)

 何を考えていたんだろう。

 そんな非常識なことが起こるはずないのだ。

 さっきの野良犬ことも、先日の馬のことも、不思議な偶然が重なっただけで。

(自分の言葉を、意志を動物たちに伝えられるなんて、そんな夢みたいなことができるはずが――――……)

 嘲笑を浮かべながら、尚子が目を反らそうとしたその瞬間。

「――――っ!?」

 尚子は目を見張って息を呑んだ。

 

 


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