夢中朦朧~願いの形~
「あれ、ここは……」
気が付くと、私は霧深い山奥のような場所に立っていた。
あたりの景色に見覚えは……ある。
「昨晩ぶりであるな、レンゲよ」
霧の奥から遺跡が現れて、その中央にドッカリと腰を下ろしているのは紫色のウロコを持つドラゴン──"ヤトさん"だった。
「昨晩ぶりです、ヤトさん。あれ、でもなんでだろ……私、つい今まで昨晩の記憶をすっかり失くしちゃっていて、」
「それは仕方のないことだ。起きているとき、夢の内容を覚えている者の方が少ないものだ。よほど"強い想い"が無い限りはな」
なるほど、これはあくまで夢らしい。
昨晩の夢の内容を今思い出せるのも、ここが夢の世界だからなのだろう。
私としては、できればこの夢は忘れたくないんだけどなぁ。
「あ、そうだ。ところで今日私が呼ばれたのって……」
「うむ。無論、昨晩の続きだ」
「昨晩っていうと……あ、神を討つ力がどーとか……」
「そうだ。昨晩の事態があり、ワシの方で今後の対応を持ち帰って検討しておった」
「はぁ」
「結論から言おう。レンゲ、おまえにこれ以上の力を授けるのは不可能だ」
そう断言して、ヤトさんは残念そうに顔をしかめる。
「この国最古の竜神であるというのに不甲斐ないばかりだが……こればかりは仕方がない。レンゲ、おまえが規格外過ぎたのだ」
「そ、それはなんというか、すみません……?」
「謝ることではない。むしろ心強いばかりだ。それほどまでの力が善人に渡ってよかったというもの」
ヤトさんはウンウンと自らを納得させるように頷いたあと、
「とはいえ、わざわざこの世界におまえを呼び出しておいて何も持たせずに帰らせる、なんていうのも竜神の名折れ。ゆえにレンゲ、おまえ自身が欲する"ナニカ"を何かひとつ与えることにしようと思う」
「えっ……ナニカ、って?」
「金でもよい。名声でも富でもよい」
「えっと、でも今の生活、すごく充実してるので……」
「では優れた知性でも、健康でもよい」
「知性は欲しいですけど……でも、できるんですかね? 私、自分で言うのもなんですけど、"相当なアレ"なんですが」
「フム、ではやってみよう」
ヤトさんは言うやいなや、私の頭に再びその大きな指の腹を押し当てて、何かを探るように目をつむった。
かと思いきやすぐに目を見開いて、
「こっ、これは確かに……ひどいな。手の施しようがない……」
「そこまでっ!?」
「レンゲ、おまえはこれ以上賢くはなれないだろう。知性を上げれば命に関わってしまう」
「そ、そこまでだったなんて……!」
私はどうやら、賢くなりたいなら死を覚悟する必要があるらしい。
そういえば以前、無理やり賢くなろうとしたら50度近い熱が出たんだっけ……
確かにアレは辛かった。
「私、賢くなるのは諦めます……」
「うむ、それがよかろう。では、他に何か欲しいものはあるか?」
「う、うーん……」
そうは言われてもすぐには思いつかない。
「まあ急いで決めることではない。レンゲ、おまえの中に"願いの形"が作られたときに、ワシは再びおまえの夢の世界へと現れようぞ」
ヤトさんがそう言うと、再び世界は深い霧で満たされていく。
またもこれがお別れの合図のようだ。
現実世界で起床した私は、ここでのことを忘れるのだろう。
「欲しいもの……願い、か。昔はたくさんあった気がするけど、なんだか今はそれほど……」
独り呟いていると、ヒョッコリ。
霧の中から出てきたのは竜の頭。
「あっ、竜太郎。またお見送りしてくれるの?」
その問いに、竜太郎は頷くでもなく私のことをジッと見つめたかと思うと、その口を開く。
〔"願いの形"は、いろいろある。自分がどうなりたいかだけじゃない。"誰にどうなってほしいか"。それもまた、レンゲ自身の"願いの形"だから〕
頭の中に直接響くような不思議な声と共に、霧はいっそう濃くなっていく。
……というか、ちょっと!
「竜太郎っ、喋れたのっっっ!?」
その問いに答えが返ってくる間もなく、私の意識は暗転した。
* * *
~受験生 "乙羅サヤ子" 視点~
入学試験説明会の翌日。
その日は座学の講習の1日目だったが、それらは午前中にすべて済んでいた。
午後は丸々、自主訓練に充てていいとのこと。
多くの受験生たちがいち早く外に駆け出して提携しているダンジョン管理施設へと向かっていった。
ワタシたちも遅れを取らぬよう、ダンジョン管理施設へと向かう……
ものだと思っていたのだが、
「第1回"チームN"ミーティング~」
気の抜けた声を伸ばし、Nさんが雑に拍手する。
ワタシたちが居るのはダンジョン管理施設ではなく、ファミレスのボックス席だった。
ドリンクバーで取ってきたジュースをそれぞれ目の前に置き、2人ずつ向い合せになって座っていた。
「わ、わ~」
パチパチパチ、と。
Nさんに追従し、ワタシもいちおう場を盛り立てようと拍手をしてみるが、むなしい。
緒切さんは無言のまま膝の上に置いた手が微動だにしないし、それに、
「はぁ……なんだ"チームN"って、僕、結論を急ぎ過ぎたかなぁ……」
ワタシが昨日のうちに会場で勧誘して、めでたくOKをもらったハズの城法くんに至ってはずっと肩を落としていた。
「旧い詠唱式身体強化魔法の"アクティブエンハンスメソッド"しか使えない乙羅さん、それに魔力そのものを使用できない緒切さん、何もかも謎なNさん、そして……選ばれた100人の受験生の中に置いては何もかもが平均か、それ以下の力しか持たない僕……このチームでいったい、どうやって他のチームを出し抜けるっていうんだ……?」
「じょっ、城法くん、まだそんな、悲観的になるには早いんじゃ……」
「ハハハ、しょせん僕なんか、頭でっかちって部分しか評価されず、座学枠で受験生に選ばれたに過ぎないんだ。ああ、そっか。きっと人より頭が重いから速く走れないんだろうね。頭を引きずって走ってみせたらせめてウケを取れないかな……」
城法くんはブツブツとうわ言を呟いて自分の中の世界に入り込んでしまう。
なんてめんどくさい人なのだろう……
それとも、思春期の男子というものはみんなこうなのだろうか?
「オラちゃん、アンタとんでもなく面倒くさそうな男を連れて来たわね。もしかしてこういうのが好みなの?」
「いっ、いえいえっ! まさかぁっ、全然ですっ! 全然好みなんかじゃないですよっ!」
「アンタ、けっこう容赦なくバッサリいくのね……まあいいわ。人選は任せるって言ったのは私だし」
Nさんはそう言ってグラスのメロンソーダをチュゥーっとすすると、
「じゃあ、試験突破のための、これからの2週間の動き方について。この期間はオラちゃんとつるぎ、あなたたち2人の"潜在能力"を引き出す期間に充てるわ」
「ワタシたちの、潜在能力……?」
「ええ、そう。改めて前提の共有から始めましょう」
Nさんはそう言って、緒切さんを見た。
「まずはつるぎの力について。つるぎは装備の刀を通じて思念を飛ばすことで技が使える。しかし力の制御が効かないという問題点がある」
「思念を飛ばす? 力の制御が効かない? いったい何を言ってるんだ……?」
口をはさんだのは城法くんだったが、ピシャリと「アンタは少し黙ってて」と言われてしまい、再び肩をすくめてしまう。
「そして次に、オラちゃん」
「はっ、はいっ!」
「オラちゃんに関しては記録に残っている実績もなければ、データもほとんどない。でも自衛隊の機密情報、それに新聞とネットニュースや、わい雑なネット掲示板に転がっている情報を照らし合わせれば見える真実はあった……それを詳しく話すつもりはないけれど、」
そこで、Nさんはワタシの目を覗き込むようにして言う。
「オラちゃん、あなたは極上の身体を授かりし者なのよね」
Nさんの問いに、ワタシはただコクリと頷いて応えた。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
もしここまでで
「おもしろい」
「続きが気になる」
など感想を持っていただけたら、ブックマークや評価ポイントをいただけると嬉しいです。
よろしくお願いいたします。