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■■・努力・勝利


 国立プロヒーロー養成機関高等部。


 ぷよ高という可愛らしい俗称で呼ばれるこの機関の目的は一つ。日毎に増す怪人の脅威に対抗するために、職業ヒーローであるプロヒーローを、一人でも多く養成することだ。


 この学校を卒業できれば、プロヒーローの仲間入りはまず間違いなく約束される。まさにぷよ高は、ヒーローを目指すための登竜門。ヒーローになるための最短ルートだ。


 しかし、ヒーローという職業の人気を裏付けるように、入試倍率は極めて高い。入学するためには、高い身体能力と確かな教養、そして強力な能力のすべてが求められる。


 とまあ、そういった脅し文句が転がっているわけだけれども。

 比較対象はあくまでも同年代、という但し書きがついた。


 世界は広い。身体能力に恵まれた人も、ずば抜けた頭脳を持つ人もいる。私の“声”なんて比較にもならないほど、強力な能力を持つ人なんていくらでもいる。

 だけど。私よりも人生をかけてきた人なんて、試験会場には一人もいなかった。


 第一選考、筆記。シンプルに学力を求められる簡単な試験だ。ヒーローたるものある程度の教養は求められるとは言えど、ぷよ高が求めてくる学力はそこまで高くはない。ここで引っかかるような道理はなかった。


 第二選考、実技。関門となるメインの試験だ。身体能力の検査や、能力の審査。そして直接的な戦闘能力が求められる。

 鍛えに鍛えたとは言え、私の身体能力は人間の範疇だ。身体能力を増強できるような能力を持つ人にはさすがに敵わない。まあ、上の下といったところだっただろう。


 能力の審査についても正直ぱっとしなかった。正解を伝える“声”が聞こえる能力なんて、人が聞いてもいまいちピンと来ないだろう。そういう能力なら、ヒーローではなくサポートをするオペレーターの方が向いているのではと勧められたが、私はヒーローを志望した。


 評価が覆ったのは、直接的な戦闘能力。怪人に扮した教員と、一対一で戦う試験だ。

 私にはすべて聞こえていた。どう攻めればいいか、どう守ればいいか。どの攻撃を避ければいいか、どこで反撃を加えればいいか。すべて、私の“声”が教えてくれた。


 教員はたしかに手加減していたが、それでも負けるつもりはなかったはずだ。私は教員の攻撃をすべて紙一重で捌き、実践なら有効打となるだろう攻撃を何発も何発も打ち込んだ。

 “声”を最大限に生かした独学の格闘術。三年間、鍛え続けた私が手にしたものだ。


 そして進んだ第三選考、質疑応答。ヒーローを志望する者なら持っていて当然の道徳心を、口頭で確認するだけの簡単な試験だ。


 私が一番身構えていたのがこの試験だった。この胸には大きな穴がある。ヒーローの理念なんて微塵も理解できないし、そもそもヒーローなんて大嫌いだ。だから私は、太陽のように、ソラのように振る舞って、それでもどう答えればわからない時は“声”を頼った。


 そうしてすべての試験が終わって。ほどなくして、合格証書が郵送されてきた。


 今思えば、最大の関門は書類選考だっただろうか。小学校は途中からろくに通えず、中学校なんて一度も行っていない。学歴も内申もひどいものだっただろう。

 それでも私は、狭き門をくぐり抜けたのだ。


 私がぷよ高に合格したことに、両親は泣いて喜んだ。これは快挙だと。つみきの努力がついに実を結んだのだと、久しぶりの笑顔を見せていた。

 私も二人に合わせはしたが、何がそんなに嬉しいのかはわからなかった。


 こんなものは通過点だ。私は“声”が言う通り、ヒーローにならなければいけない。合格証書一枚で喜んでいられるほど能天気にはなれない。

 本番は、これからだ。



 *****



「夜永。お前は危うい」


 入学して早々に、私は面談という形で担任に呼び出された。

 私のクラス担任にして、プロヒーローでもあるシケモクだ。本名は別にあるが、生徒たちはもっぱら彼のことをヒーローネームのシケモクと呼んでいた。


「実技試験、見てたよ。正直驚いたさ。毎年ガキどもの中でも光るやつの一人や二人はいるが、お前は明らかに別格だ。いくら手加減してたとは言え、クリーン・ダートがあそこまでボコボコにされる姿なんて初めて見た」


 クリーン・ダート。実技試験の時、私が相手した教員のことか。


「あのな。普通、ああいうのってためらうんだよ」


 シケモクは顔をしかめていた。


「いいか、お前らはつい先日までただの中学生だった。いくら能力が秀でていようともただのガキだ。そんなガキどもを突然実戦に放り込んで、どう適応するかを見るのがあの試験だったんだ。そりゃ戦闘能力も見るが、そんなのはオマケだよ」


 そうなんだ、と思った。だとしても私が合格したことは変わらない。彼の言いたいことがわからず、私は首を傾げた。


「お前はためらいなく戦った。実戦に適応するなんていうプロセスをすっ飛ばして、即座に実戦を繰り広げた。そんな覚悟、一体どこでキメてきた。何を経験すれば、その年であんなにも効率よく生きた人間を壊そうとできる」


 壊そうとできるなんて心外だ。そんなことをした覚えはない。相手を殺したら不合格になるのはわかっていたから、ちゃんとそうならない範囲で戦ったはずだ。


「気になってお前の経歴を調べたんだ。一発で納得したよ。お前、過去に二度、怪人に襲われてるな」


 私は表情を作り続けた。無表情と笑顔の中間。先生の話を真面目に聞いています、という模範的な生徒の顔を。


「別に悪いことじゃねえぞ。復讐心を糧にヒーローになったやつなんていくらでもいる。お前が道を踏み外さない限り、止めるような野暮はしないさ」


 別に復讐がしたいわけじゃない。私はヒーローにならないといけないんだ。

 だって、“声”がそういうから。それ以上の理由はない。


「で、問題はその次。質疑応答の道徳検査。お前、自分があの時なんて答えたか、わかってるのか?」


 困惑した。おかしなことを答えた覚えはない。私はちゃんと、道徳的な答えを並べたはずだ。


「全部模範解答だよ。俺たちが求めるヒーロー像そのものの答えを、気持ち悪いくらいぴたりと当ててきた。――ふざけんな、そんなわけがないだろ。二度も怪人に襲われて、何食わぬ顔でいられるようにはできてねえんだよ、人間ってやつは」


 シケモクは苛立たしげに机を叩く。私は、変わらぬ表情を作り続けた。


「ヒーロー舐めんなよ。壊れた人間なんていくらでも見てきた。お前はそれだ。夜永、お前、腹の中に何抱えていやがる」


 ああ、なるほど。理解した。これは警告なのか。

 この男は、私のことを危険視している。だからこうして釘を刺しているのか。


「そう思うなら、どうして合格にしたんですか?」


 シンプルな疑問。シケモクは盛大に舌打ちをした。


「お前みたいなやつ、放っておけるわけないだろうが。俺たちは教員である以前にヒーローなんだよ」


 その言葉はよくわからなかった。

 太陽とソラを助けられなかったヒーローが、どうして私は放っておけないのだろう。

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