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ある暖かい春の日に


 卒業も間近になった春の日に。私は、ソラと一緒に街に出た。

 行き先はデパートだ。ソラはデパートにはびこる悪徳商法をやっつけるのが、私は新しいシュシュを買うのが目的だ。


 小物屋の中をたっぷりと見て回り、気に入ったシュシュを買う。ソラは興味なさそうにしていたけれど、なんとか言いくるめてお揃いのものをくれてやった。本人はすっかり無頓着だが、彼女のポニーテールを縛るヘアゴムが傷んでしまっていたのが気になっていたのだ。


 目当てのものを手に入れた後も、二人でデパートの中を見て回った。私たちにはまだ早そうな服屋や、ゴツゴツとした登山用品が飾られたアウトドアショップ。電気屋に陳列されたテレビの群れには、素晴らしい画質のニュース映像がシンクロして流れている。


「しっかしなー。デパートってこう、なんか、ちょっと嫌な感じだよな」


 この女はいつもの調子だ。ソラの言葉が聞こえたのか、売り場のお姉さんがぎょっとしていた。ごめんなさい、と小さく頭を下げる。


「ありとあらゆるものがお高く止まってるじゃん、この場所って。なんつーか、あたしらみたいなのがいる場所じゃないよって言われてる気しない?」

「しないよ。高級感にそういった意図はない」

「でもさ、実際高いじゃん。あたしに買えるのなんて飴玉くらいだ」


 高いのは否定しないけれど、こういうのは見ているだけでも結構楽しい。だけど、ソラはそうでもなさそうだ。

 ……あの時のことを思い出す。太陽と一緒に、繁華街を見て回った時のことを。あの時も私は、自分ひとりだけが楽しんで、そして。


「……ゲームセンター、行く?」

「お、いいね。行こう行こう」


 頭を振って嫌なことを忘れる。今、思い出すことではない。

 私たちはゲームセンターに向かった。ソラは当然のように対戦ゲームをやりたがり、私はそれを嫌ってメダルゲームに誘った。今どきの対戦ゲームなんて、ヒーローVS怪人のゲームばっかりだ。たとえゲームであろうとも、怪人なんて見たくもない。


 ちなみに私、こういったメダルゲームは大の得意としている。なぜかと言うと。


 ――メダルを入れよう。


 “声”が聞こえたタイミングでメダルを投下する。レーンを走って転がったメダルは、狙い通りの位置にとどまって、テーブルの動きにあわせて複数のメダルを押し出した。


 私の“声”は、メダルをいつ落とせばいいか教えてくれる。ちょっとずるい気もするけれど、これくらいは役得だ。もっともこれも、ソラに言わせれば「ずるい、不公平だ」となるので、彼女には内緒でこっそりと使っていた。


「……つみきぃ」

「またメダルなくなっちゃったの?」

「うん……」

「つみき様とお呼び」


 一方、ソラは適当にメダルを投げては毎回のように大損をこいていた。彼女にメダルをせびられるのもこれで何度目だろう。その度に確立していく主従関係に、私は気をよくしていた。


 私の呼び名がつみき様からつみき大先生にかわり、つみき大将軍を経てつみき・オブ・ゴッドとなった頃。デパート内に、六時を告げるアナウンスが流れた。


「あ……」


 とくん、と心臓が跳ねる。遊ぶのに夢中で、すっかり遅くなってしまった。

 六時。もうすぐ日が暮れる。子どもが遊ぶには遅すぎる時間だし、私にはそれ以上の意味があった。


「ソラ、ソラ」

「はい、なんでございましょうか、つみき・オブ・ゴッド様」

「それはもういいって。それよりソラ、帰ろう」


 彼女の袖をくいくいと引く。ソラはもう少し遊びたそうにしていたが、私の顔を見て思い直した。


「そっか……。お前、夜、ダメだったか」

「……うん」


 ソラのおかげで外に出られるようになったけれど、私のトラウマは消えてない。夜に広がる遠い闇の奥から、あの怪人があらわれたらと思うだけで、私は簡単にダメになってしまう。


「よし。じゃ、帰るか。急ぐからな。はぐれるなよ、つみき」

「ん」


 ソラは私と手をつないだ。

 こうすると安心する、というのは前に伝えてあった。手のひらのぬくもりを通じて、いつも私の手を引いてくれていた彼を思い出せるから。ソラの手は太陽よりも柔らかいけれど、力強さはおんなじくらいだ。その強さが、今は何よりも嬉しかった。


 二人仲良く手をつないで、エスカレーターを下っていく。私たち子どもにとっては帰る時間でも、デパートの中はにわかに混み始めていた。

 そんな喧騒の奥に、甲高い悲鳴と、かすかな血臭を感じ取ったような気がした。


 ――上に逃げよう。


 頭の中に声がする。この場における、正解を知らせる声が。


「ソラ、上に行こう」

「あ? どうしてだ?」

「いいから、早く!」


 何が起きているかはわからない。だけど、とにかく今は上に逃げるべきだ。声がそれを勧めた以上、逃げなければ悪いことが起きる。


「でも、上に行くって言っても。ここエスカレーターだぞ?」


 ソラの言うことは正しい。エスカレーターは下っていく。逆走しようにも、後ろにも人が詰まってしまっている。

 だけど……。


「どうしたんだよつみき。忘れ物でもしたのか?」

「そうじゃなくて、その……。えっと……」


 説明するのがとても難しかった。

 私はソラに、自分の能力のことを話していない。無能力者の彼女に自分の能力をひけらかすのは、とても失礼なことだと思ったからだ。だけど、それがここに来て状況を悪化させる。

 結局私は何もできず、エスカレーターに流されるまま下の階についてしまった。それでも、今からでも上りのエスカレーターに乗ろうとして。


 ――トイレに隠れよう。


「こっち!」


 私はソラの手を引いて、トイレの方に走ろうとした。

 それと同時に、またどこかで悲鳴が上がる。今度ははっきりと聞こえた。人混みがざわめいて、人の流れが止まる。立ち止まった大人たちは、私にとっては大きな壁のようだ。

 動けない。先に進めない。焦燥感が募る。早く、早く行かなければいけないのに。


「つみき、どこ行けばいいんだ」


 ソラが私の手を握ってくれる。彼女なりに状況を察したのか、質問は必要最小限だ。


「トイレに隠れよう」

「わかった」


 ソラは大人の壁をおしのけて、ぐいぐいと進み始めた。

 彼女のおかげで無理にでも進めているが、急がなければならない。この群衆は近い内にパニックに変わるかもしれない。そうなったら、私たちはもう身動きもできない。

 状況は私にもわからない。だけど、とにかく急がないと取り返しのつかないことになる。そう思った。


 ――壁に張り付こう。


「ソラ、壁!」


 叫ぶ。だけど、これだけの言葉で意図は汲めない。ソラは壁を見て、きょとんとした顔で私に向き直ってしまった。


「壁に――」


 張り付こう、と言う前に、大きな悲鳴が上がった。

 人混みの奥の方で、大きな血しぶきが上がる。鼻をつく死の匂いが一気に強くなる。それを引き金に群衆にどよめきが走り、悲鳴は連鎖的に膨れ上がっていった。

 異常事態が起きていることを理解したのだろう。人々は我先にと逃げ始めた。向かう先はエスカレーターと階段。パニックに陥った群衆は、その二つを目指して走り始める。


 大人にとっては、急いで移動する程度のつもりだったのかもしれない。だけど私たち子どもにとっては、その勢いは突進に等しかった。

 たくさんの大人たちが、大きな一つのうねりとなって突き進む。私たちは二度、三度と突き飛ばされながら、なんとか壁にたどり着いて、壁沿いにじっと流れが過ぎ去るのを待った。


 ――トイレに隠れよう。


 身動きできる程度に流れが過ぎた後、ソラに声をかけた。


「ソラ……」

「つみき、無事か」

「うん、私は大丈夫。でも……」

「あー……。ちょっと、ドジったかも」


 傍目にもわかるくらいに、ソラの片足は腫れていた。

 流れに押されてくじいたのだろう。見るからに痛々しい。友だちのそんな姿を見て、私は泣きそうになってしまう。


「くそっ、あのデブ、思いっきり蹴っ飛ばしやがって。顔覚えたからな……」

「ソラ。大丈夫? 歩ける?」

「めちゃくちゃ痛い、って言いたいけれど、そうもいかないんだろ。行こうぜ」


 ソラは壁に手をついて、怪我した足をかばいながら歩き始める。

 彼女のことは心配だ。だけど、じっとしているわけにはいかなかった。

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