凍てついた時は日差しの中で
ソラと出会ってからの日々は、それまでよりも少しだけよくなったのかもしれない。
住む場所は遠く離れていたが、私たちは毎週のように顔をあわせた。ソラはヒーロー嫌い仲間として私を求めていたし、私はソラの強い心に惹かれていた。
ソラは理想に燃える少女だ。世の中の不義を見つけ出しては、あれが悪い、これが間違っている、と一つ一つやっつけて回るのが趣味である。ヒーローが嫌いと言うよりも、間違ったことが嫌いな性分。本人が言う通り、彼女は実にヒーローに向いている。
弱っていた私の心に、ソラの言葉は一つ一つが劇薬だ。何かと戦おうとする意思なんていう久しく経験していないものを浴びて、ほとんど無理矢理に私の精神は持ち上がった。
だけど、ソラと一緒になって世の中が悪いと叫んで回るような真似はしなかった。確かに私はヒーローが嫌いだ。それでも、太陽が死んだのはヒーローのせいじゃない。
あれは紛れもなく私の罪だ。それだけは忘れていいものではない。
むしろ私は、言いすぎるソラを諌める役割を買ってでた。彼女の理想は幼いながらに賢明ではあるが、それ以上に苛烈がすぎる。
物事を良くするために、誰かを不幸にしていい道理はない。ソラの言い分を認めつつも、言葉は選べと何度も言い含めた。
当然、喧嘩になることもある。しょっちゅうだ。
そんなことができるくらいには、私は元気になっていた。
「お前さ、やっぱいいやつだよ」
何度目かの喧嘩の後、言い争っていたことも忘れて、ソラは上機嫌に笑っていた。
「あたしってバカだからさ、気に入らないことがあってもどうすればいいかわかんないんだ。でも、つみきならどうすればいいかわかるだろ」
「無理だよ。ソラの言うこと全部叶えようとしたら、国家転覆クラスの大仕事になる」
「無理ってことがわかるのがエラいんだよ。あたしだけだったら、わけも分からず突っ込んで、結局何も出来ずに終わっちまう」
まず、わけもわからず突っ込むなと、内心でため息をついた。
この革命家志望の少女の手綱は、なんとしても私が握っておこう。放っておくと何をしでかすかわからない。下手すればヒーローどころか怪人になっていそうな危うさが、彼女の内には常に燃えていた。
そんなソラの炎にあてられて、私の寒さは少しずつ和らいだ。外の世界はまだ怖いけれど、出られないほどではない。日中なら一人でも外に出られることをそろそろと確認して、私は久しぶりに学校に行った。
二年ぶりの学校。学年も変わり、夜永つみきは気づけば六年生になっていた。
学校に行くのは怖かったけれど、いつまでも逃げてはいられない。だって、太陽は四年生のまま死んでしまったのだ。生きている私が現実に向き合わなくてどうする。太陽のためにも、私のためにも、重い体を引きずって、二人分の通学路を一生懸命に歩いた。
正直、不安はあった。かなりあった。勉強はなんだかんだでコツコツやっていたけれど、問題は対人能力の方だ。この二年で話した相手は両親とソラと主治医だけ。今さら学校に行って、みんなの輪に加われる自信なんてあるはずがない。
だけど、一言で言ってしまえば、そんなの杞憂もいいところだった。
クラスのみんなは二年前と変わらず接してくれた。子どもなりの不器用な気遣いを一身に浴びて、逆に私のほうが心配になってしまったくらいだ。
いいか、男子ども。給食のプリンをたくさんもらって喜ぶのは君たちだけだ。気持ちだけ貰っておくから自分で食え。そう伝えると、彼らは泣いて喜びながら自分のプリンと感動の再会を演じはじめる。そうだ、思い出した。男子ってバカなんだ。
そんなこんなもありつつ。放課後、私は先生と級友たちに、校舎の花壇に案内された。
そこに何があるのか。見ればわかると言われて、背中を押されるまま花壇に足を踏み入れて、私は、それを見た。
一組の椅子と机が、花壇の片隅に置かれていた。
座席にはネームプレートがかかっている。
六年一組、日向太陽。
「思い出すのは辛いかもしれないけれど……」
担任の先生は、ややためらいながらも。それでもはっきりと言った。
「日向は、今でも俺たちのクラスメイトだよ」
…………人前で。
泣いてしまったのは、いつぶりだろうか。
私の時が止まっていた間も、太陽はここにいた。花に囲まれた花壇の片隅で、校庭で繰り広げられるサッカーを眺めながら、彼は毎日ここにいた。
太陽は、この場所で六年生になっていたのだ。
「……太陽」
それが墓前というわけではないけれど。
私は、二年ぶりに彼に向き合うことができた。
「久しぶり。待たせてごめんね」