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少女は寒空に火を掲げた


 太陽の葬儀はひっそりと行われた。


 路地裏に迷い込んだところ、怪人に襲われて死亡。通りがかったヒーローが駆けつけて怪人は倒したが、太陽を助けることはできなかった。

 太陽の死はそういう形で“処理”された。

 怪人による被害は後をたたない。小学生が犠牲になったと言っても、一人死んだくらいでは今どきニュースにもならない。大人たちはそんなことを言っていた。


 私には理解できない言葉だった。


 通りがかったヒーローが、キャプテン・レッドだったというのもまずかった。レッドはヒーローの中のヒーロー、絶対無敵のスーパーヒーローにして希望の象徴だ。そんな男が小学生を救えなかったなんて、公になったら物議をかもす。

 こんな厄ネタ、警察はそうそう表には出さないだろう。大人たちはそんなことも言っていた。


 私には理解できない言葉だった。


 葬儀の途中、一人の男があらわれた。

 似合わない喪服を着た、力強くも優しい目をした男。太陽がずっと憧れていた、ヒーローの中のヒーロー。

 彼は私の前に立ち、深々と頭を下げた。日向太陽を救えなかったのは自分の落ち度だと。自分がもう少し早く駆けつけていれば、彼が死ぬことはなかったのだと。周囲の大人たちにどれほど止められようと、彼は私に頭を下げ続けた。


 私には理解できない言葉だった。


 あの日から、私の世界は色を失った。

 太陽が握ってくれた手を呆然と眺める。あの時はあんなに暖かかった手も、今は冷たくて仕方ない。


 太陽がいない世界はひどく寒い。寒くて、寒くて、凍えてしまいそうで。私は、布団にくるまって一日をすごした。

 外に出るのが怖かった。外のことを知るのが怖かった。今日も外ではあんな怪人がうろついていて、私の手を握ってくれる太陽はもういない。それが怖くて、私は、一人で家から出ることができなくなっていた。


 怪人と接触し、友人の死に触れたことによる心的外傷(トラウマ)。それが、私に下された診断だ。


 なんだっていい。太陽がいない世界で一人で生きていくなんて、私にはできない。それに、そんな資格もない。

 だってそうだろう。太陽が死んだのは私のせいだ。キャプテン・レッドのせいじゃない。


 もしもあの時、私が空き缶を蹴飛ばさなかったら。もっと静かに移動できていたら。あの路地に入ろうとする太陽を強く止められていたら。もっと真剣にキャプテン・レッドを探して、太陽を不機嫌にさせることもなかったら。そもそもあの街に行かなかったら。

 何か一つでも違っていれば、太陽は死ななかったはずなのに。


 私には“声”があった。あの状況でどうすればいいか、ちゃんと聞こえていた。なのにそれをやらず、この結果を招いてしまったのはこの私だ。


 事故じゃない。人災だ。私が、太陽を殺したんだ。


 そんな考えが何度も頭をよぎって離れない。処方される薬は段々と増えていく。私は外に出られず、学校にも行けないまま、一年が経ち、二年が経った。


 転機になったのは、自然公園に行かないかと両親に誘われた時のことだ。

 気持ちのいい日差しの中、自然に囲まれれば少しは気持ちも晴れるだろうと思ってのことだったのだろう。


 相変わらず外の世界は怖かったけれど、そう言うと両親はきまって悲しそうな顔をする。この二年間、私の存在が両親を苦しめているのは知っていた。今まで以上に優しくなった父が、私に何を望んでいるのかもわかっていた。その期待に答えられず、ごめんなさいと呟くと、母が泣きそうな顔をするのも全部知っていた。

 だから私は、行きたいと嘘をついた。


 自然公園の中でも、私はじっとしていた。ベンチに腰掛け、帽子を目深に被り、誰とも目を合わせないように。

 両親は少し離れたところで私を見守っていた。親が近くにいると遊びづらいと思ったのかもしれない。遊ぶなんてとんでもない。私はもう、外の世界という恐怖から耐えるだけで精一杯だ。


 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 遊べなくてごめんなさい。立ち直れなくてごめんなさい。いつまでも引きずってごめんなさい。元気になれなくてごめんなさい。迷惑をかけてごめんなさい。外が怖くてごめんなさい。学校に行けなくてごめんなさい。怪人が怖くてごめんなさい。

 太陽を……。殺してしまって、ごめんなさい。


 震える体を必死に抑えながら、わけもわからずに、私は何度も小さく謝り続けた。

 その時だ。彼女が、私の隣に座ったのは。


「あんたさ。ヒーローのこと、どう思う?」


 当然のように話しかけてきた少女に、私はしばし面食らった。

 快活そうな少女だった。ポニーテールを一本縛り、オーバーオールに包んだ足をぷらぷらと揺らす。

 塞ぎ込んで以来すっかり心が弱ってしまっていた私には、彼女はまるで別世界の生き物のように見えた。


「え、と……」

「ヒーロー。どう思うって聞いてんの」


 彼女は私ではなく、公園の中でヒーローごっこに興じる少年たちを見ていた。

 ヒーローについて、思うことは色々ある。かつての私は人並みの少女として、ヒーローにそれなりのあこがれを抱いていた。だけど今もそうかと言われると、首を振ってしまう。


 ヒーローは嫌いだ。かつて持っていた文房具なんて、全部捨ててしまった。ヒーローの活躍なんて聞きたくもないし、彼らが並べる都合のいい言葉を聞くと吐きそうになる。

 だって。太陽が憧れたヒーローは、太陽を助けてくれなかったから。


「嫌い。大嫌い」


 短く答えたつもりだったが、嫌悪感はこもっていた。

 ヒーロー嫌いなんて、私たちの世代では異端者と同義だ。ヒーローは誰しもが憧れるもの。それを嫌うのは悪者だと相場が決まっている。

 口にしてから、自分が言ったことに気がつく。気を悪くさせてしまったかもしれない。


「あたしもだ」


 少女はにかっと笑った。

 ごめんなさい、と謝ろうとした矢先のことだ。少しどころではなく、戸惑った。


「大体さ、自分たちが世界の中心ですって顔が気に入らないよね。ちょっと強い能力が手に入ったからって、綺麗事並べまくりやがってさ。その能力がなくても同じこと言えるんかっつーの」


 マシンガンのようにまくしたてる彼女に、私はぱちくりと目をまたたく。

 異端者だ。人のこと言えた口ではないが、私以上の異端者がここにいた。


「えっと……。ヒーロー、嫌いなの?」

「だからそう言ってんじゃん。あんただって嫌いなんだろ? イイね、一目で気が合うと思った」

「なんで?」

「無能力者だから」


 あっけらかんと言い放った言葉に、もう三度目ともなる驚きを隠せなかった。

 無能力者。すべての人が能力を発現するこの社会における、極めて稀な数少ない例外。何かしらの理由で能力を発現できなかった人間は、分類として無能力者として扱われる。

 無能力者たちの扱いは、多くの状況において、社会的な落伍者と同等だ。


「気に入らないんだよね。能力だけで何もかも決まる世の中がさ」


 彼女の目には、空に挑みかかるような鋭さがあった。


「すべては能力の強弱で決まるんだ。強い能力を持っていればそれだけでヒーローになれる。そりゃ本人の資質だって問われるけれど、そんなものは後付だ。逆に言えば、どんなに立派な人間だって能力が弱ければ決して認められることはない。だろ?」


 苛立ちと呼ぶには透き通った感情。自分の境遇と今の社会との軋轢を認めた上で、前に進もうとする強さ。自分の手で世の中を変えられると信じ切る強い心。


 彼女の言葉は過激だ。

 だけどそれは、いつまでも立ち止まっている私にとって、とても眩しいものに見えた。


「だから、あたしはヒーローになる。無能力者のあたしがヒーローになれば、きっと世の中だって、本当の正義に気づくだろ」


 ヒーローを嫌いながら、ヒーローを目指す少女。

 篝火(かがりび)ソラ。空を焼く炎のような心を持つ少女に、私は出会った。

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