夜明けの空に陽は昇る
アンビバレント事件の結末は、それは酷いものだった。
戦場となったぷよ高は半壊。駆けつけたヒーローたちも軒並み倒され、最後まで残ったのは私とキャプテン・レッドとシケモクだけ。あれだけヒーローが集まったのに、決して褒められた結果ではないだろう。
異形の芽を植え付けられたヒーローたちは、なんとかして一命をとりとめた。
それが可能だったのは、三人の先例があったから。医療系能力者たちは先例を糧にし、もう二度と犠牲を出さないという使命を燃やして、今度こそ異形の芽の脅威を取り除いてみせたのだ。
大事件だった。それでも、死者は一人も出なかった。
それならいいやと思ってしまうのは、私の感性がズレているからなのだろうか。
ヒーローなんて死ななきゃ安い。生きてさえいれば、また夢を語ることも、希望を抱くこともできる。
世間的には大きな爪痕を残す大事件になったようだが、私としては一件落着なのである。
それと、アンビバレント事件が残した爪痕はもう一つあった。
スーパーヒーロー、キャプテン・レッドの引退だ。
今回の事件で実力不足を痛感し、レッドは引退の道を選んだ。というのが、表向きの建前。
実際のところ彼はとっくに限界を迎えていて、ヒーロードライブなんてものを使ってなんとか戦っていたというのは、一部のヒーローだけが知る真実だ。
当然、スーパーヒーローの突然の引退に世間は揺れた。何もそこまでする必要はないんじゃないかと。たとえナンバーワンではなくなったとしても、まだまだ戦えるんじゃないかと。そんな世論が湧き上がる。
そこで駆り出されたのがこの私。未来のスーパーヒーロー、夜永つみきちゃんだ。
「……あの。そりゃ私、威勢のいいこと言いましたけどね。でも、だからって、この扱いはないんじゃないですか」
「すまない」
「すまないでなんでも解決できるわけではないんですよ、レッド」
「すまない」
最近私は、このいかめしい顔の男が恐ろしいほど口下手であることを知った。
キャプテン・レッドは、アンビバレントにトドメを刺したこの私を、希望の象徴の後継者として指名した。以後はその育成に注力するための引退という形で、世論を納得させたのだ。
「まあ、いいじゃねえか。レッドが指導してくれるってのは嘘じゃねえ。スーパーヒーロー、やるんだろ、夜永」
「それはそうなんですけど……。こうもあからさまにヒーローの大嘘の片棒を担がされると、さすがにちょっと思うところが……」
シケモクは私の背中を叩いた。本当に、これだからヒーローってやつは嫌いだ。
あの後、私はシケモクと話をした。自分の過去や、背負ってきたものについて。そして、アンビバレントが私と似たような過去を背負っていただろうことについても。
本質的に、私とあの男は同じなのだ。私は自分を責め、ヤツは世界を責めたという違いがあるだけで。ゆえに私の心は、どちらかと言えば怪人よりなのだと言うことも、きちんと話した。
その上で返ってきたのがこの言葉だ。「そういうヒーローがいてもいいんじゃねえの」、と。さすがの私も言葉を失った。
……いつか、心見くんが言っていた。私だからこそ救えるものが、この世界にはあるのだと。だからまあ、私は、そういうヒーローになろうと思う。
「いいか夜永。お前の『超・超直感』には弱点がある。お前自身の戦闘能力だ。異形化だのヒーロードライブだの使って誤魔化してたが、これからはそうもいかねえ。みっちり鍛えてやるから、覚悟しとけよ」
「なんですかその、めちゃくちゃダッサい能力名」
「私が名付けた」
「レッドが!?」
なんていうか……。その、ヒーローってさ、こういうところあるよね。こう、必殺技を恥ずかしげもなく叫ぶような、無邪気な少年感というかなんというか。
正直私は、絶対無敵のスーパーヒーローっていう肩書もどうかと思うよ。あの時はなんかテンション高かったから私もそう名乗ったけど、今思うと結構普通に恥ずかしい。
「い、今まで通り、“声”じゃダメなんですか……?」
「ダメだ。そんな能力名じゃ格好がつかんだろ。スーパーヒーローってのはな、まず形から入るもんなんだ。そうじゃないと安心感を与えられない」
「だから、私はそういう嘘が嫌いなんですって。そういうことやってると、また私やアンビバレントみたいなのがあらわれますよ」
「そういうのを生み出さないようなヒーローになるんだろ」
ほんと、このシケモクとかいうエセ教育者は、ああ言えばこう言ってくれる……。
たしかにそうだよ。私はレッドとこの男に、誰一人として取りこぼさないようなヒーローになりたいと言ったよ。二度と私やアンビバレントのような、ヒーローに救われなかった人を生み出さないようなヒーローになると誓ったよ。
でもさ、だからってお前らの嘘につきあうとは言ってないんだよね。
「いつか、ヒーローの嘘を暴く告発本を書いてやる……。地獄で見ていてください、アンビバレント。あなたの遺志は、この夜永つみきが確かに継ぎましたので……」
「死んでないぞ、あいつ。刑務所の中だ」
「知ってますよ。たまに面会に行ってますし」
ヒーローと怪人。引導を渡した人間と、渡された人間。そんな関係性ではあるけれど、私は結構あいつと仲がいい。
なんと言っても同類だ。私たちは同じ地獄をさまよい、異なる結論を選んだ。私の気持ちを完璧に理解できるのはあいつだけだし、あいつの気持ちを完璧に理解できるのも私だけだ。
もちろん、だからと言って友だちというわけではない。私はアンビバレントに大切なものを奪われた。心見くんと、風来さんと、天元寺くんを殺した罪は、塀の中でしっかり償ってもらう。
そんな奇妙な関係性は、きっと、宿敵と呼ぶのが正しいのだろう。
「夜永くん。そろそろ行こう」
「あ、はい。では、行ってきますね、先生」
「おう。今日もきっちりやってこい」
キャプテン・レッドに連れられて、私は街へと歩き出す。彼の教育方針は現場主義。とにかく場数を踏んで、その手で人を助けながら強くなれというもの。要は、やって覚えろということだ。
なんとも旧時代的な教育だけど、これは私の肌に合っていた。一人も取りこぼさないことを目指すのなら、ゆっくりしている時間はない。
――ヒーローになろう。
声が聞こえて、ふと空を見上げた。青く高い空には、太陽がさんさんと輝きを放っている。
その光に懐かしい顔を思い出す。記憶の中の彼らは、今日ものんきに笑っていた。
後悔が燃え尽きたとしても、私はみんなを忘れることはなかった。むしろその存在は、ヒーローを目指す原動力となって、力強く私の背中を押してくれる。
もう、寒さは感じない。彼らがくれた沢山のものが、私の胸を暖かく包んでくれるから。
空に向かって手をのばす。誰かが、私と手を繋いでくれたような気がした。
太陽、ソラ。心見くん、風来さん、天元寺くん。
私、ヒーローになるよ。
*****
全てを救おうと願って、ヒーローを志した。
一人も取りこぼさないことを誓って、この名を掲げた。
ヒーローとして活動する中、私は多くの人を救った。この手が届くすべての人を救ってきた。取りこぼすことのないように、持てる力の全てを費やしてきた。
あの日の誓いは今日のところ果たせている。だけどそれは私の力ではなく、助けを信じて待ち続けてくれた人々の懸命な努力のおかげだ。まずはそれに最大級の謝辞を述べたい。
その昔、私は絶対無敵のスーパーヒーローになるのだと、キャプテン・レッドに宣言した。その名で呼ばれるようになった今、あの頃のことを懐かしく思う。
かつて、ヒーローとは虚構だった。世界に溢れていた悲劇から目をそらすために、いつかはヒーローが助けてくれるのだと、大人たちは必死になって嘘を守ってきた。
しかし嘘は度々暴かれて、現実は無情に牙を剥く。かくいう私も、そんな嘘に深く傷つけられた一人だ。
だから私は、その嘘を本当に変えようと願い、そして、今がある。
今は違う。私がいる限り、一人たりとも取りこぼしはしない。
助けを求める限り、私は必ずあらわれる。だから、この言葉を胸に、どうか信じて待っていてほしい。
どんなに夜が永くとも、夜明けの空に陽は昇る。
プロヒーロー サンライズスカイの述懐より
リスペクト:
・僕のヒーローアカデミア
・個性『RTA』があまりに無慈悲すぎるヒーローアカデミア
・他にもいろいろたくさん
ありがとうございました。
あと姉貴、ヒロアカ貸してくれてありがとう。