異形の王
白昼堂々、怪人によるプロヒーロー養成機関への襲撃。
いつもいつも遅れてやってくるヒーローたちも、鼻先を殴られてはたまったものではないらしい。彼らは、腹立たしくなるほどの迅速さで集結した。
この学校の教師たちは、元ヒーローだったり現職のプロヒーローを兼任していたりする。最初に集まったのは彼らだ。それ以外にも、この街にいるヒーローたちが次から次へと応援にかけつける。
それがどういうことかと言うと。
怪人アンビバレントは、数人のプロヒーローが集まったくらいではどうにもならないということだった。
アンビバレントは本気だ。以前戦った時とは比べ物にならない。
異形化の能力をフルに使い、体のパーツを調整して戦いに適応する。痛んだパーツは即座に切り捨て、新しい体に取り替える。切り捨てたパーツは囮に使い、身をくらませて奇襲をしかける。
以前とはまるで別人だ。あの時、私たちが戦ったこの男が、本当に遊んでいただけなんだということをまざまざと見せつけられていた。
それでも。ヒーロードライブがあれば、私は、戦える。
「夜永ァッ!」
シケモクが空中に雲を作る。それを足場に、私は跳ねた。
立体的な機動で上を取る。アンビバレントは背中から生やした三本の触手を鞭のように振るった。それを手刀で切り払いながら降下し、背中に踵落としを叩き込んだ。
ずるっとした感触。アンビバレントは皮を脱ぎ捨てることで、ダメージを和らげた。気色悪い真似をするヤツだ。
――後ろの触手をつかもう。
後隙を狙った反撃を捌きつつ、後ろから忍び寄っていた触手を掴み取る。それを支点に、ぐいっと体を持ち上げた。
ぶるんと振るわれた触手に吹き飛ばされる。飛ばされた先は校舎の三階だ。外壁に着地するような形で勢いを殺し、重力に引かれるまま地上に落下する。
「シケモク先生」
落下地点に先生が雲を引いてくれる。雲を足場に無傷で着地した。どうも。
「くそっ、夜永テメエ、いいように使いやがって……! 後で死ぬほど説教してやる。覚悟しとけよ!」
「終わった後なら、喜んで」
「教師を舐めやがって……。家に帰れると思うなよ……!」
…………。この人、女生徒を監禁する趣味とかあるのかな。ちょっと怖くなってきた。
まあ、うん。なんでもいいや。終わった後なら好きにしてもらって構わない。それよりも今は、殺さないと。早く、あいつを、殺さないと。
――今は行かないようにしよう。
声が止める。何かあるぞ、と。私は足を止めた。
だけど……。何だ。一体、何がある。
「あー……。さすが、に……。多く……な、って、き……た……」
集結したヒーローたちは波状攻撃で怪人を攻め立てる。色とりどりの能力が戦場を彩り、アンビバレントはそれを防ぐことだけで手一杯だ。
すでに彼に人間としての面影はない。腕も足も流動的に本数が変化し、肌は硬質化と軟質化を柔軟に切り替える。バッタのような豪脚と脇腹から広げた疑似翼を活用し、高速で飛び回りながら刃腕で降りかかる攻撃を切り落とす。
防戦一方ではあるが、そもそも戦えていること事態が異常だ。これだけの数のヒーローに囲まれて、異形化の能力と身体能力だけで渡り合う。恐ろしいほどの戦闘センスと、執念めいたヒーローへの憎悪がなせる技だった。
それでも……違和感がある。あの男は確かに強い。だけど、こんな戦い方をするようなやつだったか。
こんな風に、無策でヒーローの懐に飛び込んで、力任せに暴れまわるような戦いをするような――。
「そろそ、ろ、か……」
ぞわり、と。全身が騒ぎ立てた。
悪寒が走る。何かが変わったことを肌で感じる。ヤツの悪意が動き出したことに本能が警鐘を鳴らす。
声の指示はもう出ている。今は行くなと。何だ、あいつ、一体何をしてくる?
直感を裏付けるように、状況は動きはじめた。
この学校の全域に、ヤツの芽を植え付けられた異形が。異形の芽を植え込むことで作られた、かつて人間だった怪人たちがあらわれたのだ。
数にして――十八体。
周囲にあらわれた怪人たちに、ヒーローはにわかに色めきだつ。ここに来ての新手、ここに来ての逆包囲。警戒に足を止めるのも当然だ。
だけど、違う。そうじゃない。
――全力で上に跳ぼう。
警戒すべきは、そんな雑魚どもじゃない。
ヒーローがこれだけ集まっても、抑え込むことしかできなかった、あの男の方なのだ。
「先生! 上に!」
叫ぶやいなや、私は跳んだ。可能な限りの脚力を解き放ち、校舎の壁を蹴って。シケモクも私に続いて上に跳んだ。
空からは地上の様子がよく見えた。怪人を取り囲むヒーロー。そのヒーローを取り囲む怪人たち。そして、中心でぶるりと震えるアンビバレント。
ヒーローが怪人たちに注意を向けたのは一瞬だけ。アンビバレントにとっては、その一瞬があれば十分だった。
ヤツは全身から触手を放つ。放たれた触手は意識の隙をつき、ヒーローたちの体に突き刺さった。
意識の外からの攻撃に、ヒーローたちの足が止まる。だけどさすがはヒーローか、すぐに触手を振り払おうとして――。
どくり、と、体を脈動させた。
崩れ落ちる。次々に。一人ずつ倒れ伏し、体を脈動させ、絶叫を上げながらのたうち回る。そして変質が始まる。筋肉が膨れ上がり、内側から隆起し、ぼこぼこと体が巨大化する。
私は、知っている。あれが何か。目の前で起きているこの現象が、何なのか。アンビバレントが何をしたのか。
異形の芽。
「くそッ……! おい、マジかよ……!」
着地する。生き残ったのは、上に跳んだ私とシケモクだけ。
それ以外は全員、異形の芽を埋め込まれて、のたうち回って苦しんでいた。
私は、この状況が全てやつの計算の上で作られたことを察した。
正面から力を見せつけることで小細工を意識から外す。ヒーローが集まってきたら防戦に回り、狩られるものを演じて攻撃に熱中させる。ここぞというタイミングで伏兵を出し、ヒーローの注意を分散させる。
そして大詰めが、あの異形の芽。決まれば一撃で勝負が決するヤツの切り札。これまで一度も見せなかったその技を、あいつは、最悪のタイミングで切ってきた。
私たちは甘く見ていた。
あの用意周到にして狡猾な男が、こんな大胆な襲撃を仕掛けてきたことの意味を、甘く見ていたのだ。
「テメエら……!」
今まさに肉体を異形へと変異させ、のたうち回って苦しむヒーローたちを、シケモクは鋭い目で見下ろした。
「悔いはねえよな」
シケモクは頭上に手を上げる。一瞬のうちに生成された巨大な雲を、掴み取るような仕草をした。
――屋内に避難しよう。
ガラスを突き破って校舎に逃げる。シケモクは手を振り下ろした。
地上に雲が叩きつけられ、爆発する。荒れ狂う雲の爆発は、苦しむヒーローと怪人たちを、まとめて薙ぎ払った。
プロヒーロー・シケモクの代名詞的大技、クラウドバースト。
その一撃は、地上に静寂をもたらした。
「殺したんですか」
「殺してねえよ。爆弾低気圧をぶつけて気絶させただけだ。運が良けりゃ生きてんだろ」
「……運が良ければ、ですね」
ヒーローたちは気を失った。しかし、異形の芽は今も彼らの体の内にある。
早く取り除かなければ、行き着く末は一つだろう。
「夜永」
「逃げろなら、もう聞き飽きましたけど」
「……だよなぁ」
状況は最悪だ。あれだけのヒーローがいても仕留めきれなかった相手を、私とシケモクの二人で殺さなければならない。
だけど、それが何だというのだろう。私にとっては何人残っていようと同じだ。たとえ私一人しかいなくとも、やるべきことは変わらない。
……いや。何人でも同じというのは、少し違うか。
「先生。私が前に出ます。先生は下がっていてください」
「舐めんな、お前が下がれ。つーか逃げろ」
「役割分担の話です。先生の援護、期待してます」
もしも。もしも、だ。
もしもこの人まで失うような結果になったら。
私は、もう、戻ってこれないかもしれない。