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さあ、今度こそ■■■■になろう


 シケモクはレッドをぶん殴った。

 体重の乗った一撃。ヒーローの全力。キャプテン・レッドの巨体が浮き、壁に叩きつけられる。


「何考えてんだ、テメエ」


 シケモクはキレていた。見たこともないほどに直情を燃やし、激情となってレッドにぶつかっていく。


「お前は、自分が何をやったかわかってない。頑張ったガキの労をねぎらい、ご褒美をあげたつもりなんだろうけどな。そうじゃねえ。そんな簡単な話じゃねえんだよこれは!」


 レッドは立ち上がる。切れた頬からは、一筋の血が流れていた。


「それでも、希望の火を絶やすわけにはいかない」

「……っ! レッド!」

「シケモク。私は、彼女の中に光を見た」


 キャプテン・レッドは、もう一度深々と頭を下げる。そして、振り返ることなく、病室を出ていった。


「……くそっ!」


 シケモクは乱暴に椅子に座り直す。

 彼は出ていかないらしい。私としては、そうしてくれたほうがよかったのだけれど。


「夜永」


 シケモクは、私の手の中にあるヒーロードライブを鋭い瞳でにらんだ。


「言っとくが、それは自衛用だ。わかってんだろうな」


 ヒーロードライブ。

 心を燃やし、力を増幅する、ヒーローの切り札。


 キャプテン・レッドの言葉は私を苛立たせるばかりだったが、最後にあいつはいいものをくれた。

 これがあれば、私は。


「怪人アンビバレントは、なんでか知らんがお前に執着している。またヤツがお前の前に姿をあらわす可能性がないとは言い切れない。そのための自衛用だ。あいつを倒すためのものじゃない。それを使って時間を稼いで、助けを呼べ。絶対にそうしろ。いかなる状況だろうと例外は認めない。わかったか」

「……ええ。もちろんです」


 そんなこと、できるわけがないだろう。

 ヤツは狡猾だ。仕掛けてくるなら、ヒーローが逃げられない状況に決まっている。人質を取るなんて真似は当たり前にやってくるはずだ。


 まあ、別にそんな言い訳がなくとも私はやる。私は必ずあいつを殺す。ヒーロードライブは、そのために使わせてもらう。


「……夜永」


 深い葛藤。シケモクもわかっているのだろう。私になんと言おうとも、最終的にはそうなるのだと。

 だから彼は、教育者ではなく、ヒーローとして言った。


「呼ぶのは俺にしろ。俺がやる。あいつは、俺が、罪を償わせてやる」


 シケモクの瞳には、正義の心が赤く燃えていた。

 面白くないのは彼も同じだ。私だけではない。だけどやっぱり、この男はヒーローだった。

 罪を償わせるなんて。私は、あいつを殺したいんだ。


 長い沈黙。私も、彼も、しばらくの間何も言わなかった。


「ヒーロードライブは心を燃やす」


 やがて、シケモクは小さく呟いた。


「……先生?」

「独り言だ。黙って聞け。そして、誰にも話すな」


 何か異様な雰囲気を感じて、私は沈黙を守った。


「便利なパワーアップアイテムじゃねえんだよ、それは。そんな便利な代物だったらもっと世の中に知られてんだろ。ヒーローが切り札として隠し持っているのには、ワケがある」


 キャプテン・レッドをはじめとした一部のヒーローがこの装置を使っているのは、なんとなく知っていた。

 だけど、これが何なのかまでは、私は知らない。


「ヒーロードライブは心を燃やす。胸に秘めた正義や、夢や、理想や、情熱や、希望を燃やす。そういったものを燃料にして、ヒーローは一時的に凄まじい力を手に入れる。だけど、燃え尽きちまったら何も残らない。心を燃やし尽くしたヒーローは、最後には空っぽの抜け殻になっちまうんだ」


 ヒーロードライブの、代償。心を焼き尽くしたものの末路。


「本当は、引退間際のヒーローが強く希望した時にのみ渡されるものなんだよ、それは。衰えたヒーローが、たとえ心を燃やしてでも最後の最後まで正義に貢献したいという、強い意志の下にな」


 ……だけど。だとしたら。

 キャプテン・レッドは。これと同じものを取り付けていた彼は。


「レッドは、六年前からヒーロードライブを使っている」


 六年前、太陽が言っていたことを覚えている。

 最近、レッドのコスチュームに変化があったと。腕にバンドのようなメカがついたのだと。

 だとしたら。あの時からもう、キャプテン・レッドは。


「あいつはとっくに限界だ。ヒーローとしての寿命を迎え、心を燃やして騙し騙し戦っている。だから焦ってんだよ、なんとかして後継者を探そうって。希望の象徴の継ぎ手を探そうって。それで、あいつは」


 ……私に、これを、渡したのか。

 私の中に光を見たと。私に、象徴を、託そうとして。


「……私は」


 それでも、私は。

 そんなものを託されたって、私は。


「私は、ヒーローが嫌いだ」


 シケモクの前でこれを言うのは初めてだったか。

 そうだよシケモク。これが、入学試験の時に隠し通した、私の胸の内だよ。


 私は、ヒーローが大嫌いなんだ。



 *****



 病室で、一人。静寂の中、私は考えていた。


 絶対無敵のスーパーヒーローなんて、そんなものはいなかった。

 それは偽りの光だ。平和という嘘を守るために作り上げた、ヒーローたちの虚構だ。キャプテン・レッドがいる限り、正義は守り続けられるという都合のいい希望だ。

 だけどそれは、六年前から、とっくにほころびはじめていた。


 まだ、それを知るのは一部のヒーローだけ。だけど、ヒーロー以外にも気づきはじめている人はいた。

 夜永つみきと、怪人アンビバレント。

 私とあいつは、過去にヒーローに救われなかった。だから、ヒーローが嘘つきだということを知ってしまった。


 アンビバレントの目的はヒーローの嘘を暴くこと。もしもそれが成し遂げられ、絶対無敵のスーパーヒーローが虚構だと社会が知ってしまったら。

 ヒーローに守られていたこの社会は、またたく間に崩壊するだろう。


「……はは」


 だからなんだよ。

 それがどうしたっていうんだよ。

 社会の崩壊なんて、そんなものは知ったことか。


「私は……。ヒーローが、嫌いだ……」


 呪文のように唱える。私は私のために戦う。私が望むのは平和じゃない。私は、アンビバレントを殺したいんだ。


 あいつは殺す。必ず殺す。私がこの手で殺してやる。その結果として平和が守られようと、社会が崩壊しようと、そんなものはどうでもいい。

 たとえ全ての心を燃やし尽くそうと、私はあいつを地獄に落とす。


 ――ヒーローになろう。


 今も変わらず声は言う。ヒーローになれと。それが、私がやるべきことなのだと。


 いいさ、やってやるとも。私はヒーローになろう。ヒーローとして、怪人アンビバレントを殺そう。

 その先のことは知ったことじゃない。シケモクが何を望もうと、キャプテン・レッドが何を託そうと、私はただ、やつを殺すだけだ。


 それで。私は、どうやってヒーローになればいい?


 ――アンビバレントを殺そう。


 ほら。

 やっぱり、私は間違っていなかった。

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