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夜永つみきの地獄は続く


 生きていた。

 私は、また、生き延びてしまった。


 死んでいてもおかしくない重傷だった。失血量は危険域をとうに振り切り、骨も肉も無事なところを探す方が難しいくらいで、その上異形の芽なんていうものを飲み込んだのに、それでも私は生きていた。

 医療系の能力者が死にものぐるいで治療してくれたらしい。何としても死なせてはいけない、と。彼らは彼らの崇高な理念を燃やして、私の命をつなぎとめた。

 異形の芽もなんとか取り除けたが、代償に寿命は随分と減ってしまったらしい。


 どうでもよかった。


 目を覚ました時、私は立派なヒーローというやつになっていた。

 白昼堂々あらわれた大怪人に、命がけで立ち向かった四人のヒーロー候補生。それが、私たちに与えられた世間的な評価だ。

 世間はあの一件を美談として扱っているらしい。候補生たちの命がけの奮闘により怪人は撤退し、民間人の被害も奇跡的にゼロ。ただし、一人を遺して三人の候補生は死んでしまった。

 彼らはヒーローの模範だったと。有望なヒーローの卵を失ってしまったのは社会全体の痛手だと。道半ばで命を散らす結果となってしまったが、それでも彼らは最期までヒーローの志を守り抜いたのだと。そんな悲しくも前向きなニュースが、私とは関係のないところで連日のように報道されている。


 どうでもよかった。


 三人は死んでしまった。

 異形の芽を植え付けられて、怪人として一時的に蘇ったものの、彼らが人間として生を取り戻すことはなかった。

 あらわれたヒーローたちに確保され、特別な病棟に収容されて異形の芽の切除を試みられたが、結局は人間に戻ることはかなわずに、最後はヒーローの手で安楽死を遂げた。

 ヒーローを目指した若者たちは、その身を怪人と変えられ、ヒーローの手で殺されたのだ。


 その知らせは、私の心に黒い炎を灯した。


 殺さないといけない。あの男を、怪人アンビバレントを、絶対に殺さないといけない。

 私が殺す。必ず殺す。何があっても、この手で地獄に送ってやる。

 私のために。死んでしまった三人のために。


 あいつだけは、絶対に、私が殺してやる。


「お前さ、ヒーローやめちまえよ」


 見舞いにきたシケモクは、そんなことを言い放った。

 面会謝絶の札は立てている。だけど彼は当然のように病室を訪れ、テーブルに足を乗せてタバコを吸った。


「やめちまえ。お前には向いてない。自分でもわかってんだろ」

「……いいえ先生。私は、ヒーローになります」


 ――ヒーローになろう。


 声が言うことは変わらない。意図は相変わらずわからないけれど、今でもヒーローになれと私を急かす。


 それに、今は“声”だけが理由じゃない。私は私の意思でヒーローを目指している。

 なぜなら、ヒーローでなければ怪人を殺せないからだ。


「夜永。もうやめとけ」


 シケモクは天井に紫煙を吐いた。


「お前は頑張った。お前は苦しんだ。だからもういいだろ。これ以上過去に向き合うな。逃げていい。忘れていいんだ。全部忘れて、普通の人生を歩め」

「逃げろなんて、らしくないことを言いますね。ヒーロー」

「……らしくない、か。そうだよなぁ」


 シケモクはガリガリと頭をかく。彼の目は複雑な色彩に濁っていた。


「お前を見てるとさ。揺れるんだよ。ヒーローと教育者の間で。今だって、お前になんて声をかけたらいいか、ずっと迷ってる」


 シケモクのそんな姿を見るのは初めてだった。

 雲のように掴みどころがなく、お世辞にも真面目とは言えない人だが、そのくせ生徒のことはよく見ている。いつだって生徒を教え導くこの人が、こんな風に迷うのは、私が知る限り初めてだ。


「ヒーローとしての先生は、私を見てなんと言いますか」

「復讐なら手を貸すぜ」


 即答。それもまた、彼らしくない言葉だ。


「はらわた煮えくり返ってんのはお前だけじゃない。教え子三人もぶっ殺されて、黙ってられるわけがねえだろ。あんなことをしてくれやがった怪人も、あの場に駆けつけられなかった俺も、全部、ぶん殴ってやらないと気がすまない」


 彼の手の中でタバコが握りつぶされる。固く握り込まれた拳は、ぶるぶると震えていた。

 かと思えば、彼は力を抜いて長く息を吐く。


「……復讐なんてやめとけよ、夜永」

「言ってることが違いますけど」

「言っただろ、揺れてるって。こっちは教育者としての言葉だ」


 ヒーローとしての彼と、教育者としての彼。その二つが目の前でぶつかっている。


「お前は背負わなくていい。あの三人は、全て覚悟の上であの場に臨んだ。それをお前が自分の責任にしちまうのは、あいつらの覚悟に失礼じゃないのか」


 正論だ。だけど、納得はできない。

 私は背負わなければならない。背負って、あの怪人に叩きつけなければならない。

 あいつが奪っていったものを。あいつが弄んだ命の重さを。


「夜永、復讐なんて考えるな。お前がやるべきは、あいつらの覚悟を讃えることだ。あの三人は懸命に怪人と戦って、人々を守り抜いて散っていった。だから、せめて笑って送ってやれ」

「……私は」


 言葉に宿る、怒りと憎悪を抑えられなかった。


「当事者でもないくせに、訳知り顔でそんな綺麗事を並べるワイドショーが、心の底から嫌いなんですよ」


 シケモクは強くテーブルを叩く。


「……俺もだよ」


 心見くんが。風来さんが。天元寺くんが。復讐を望むかなんてわからない。

 たぶん、彼らは望まない気がする。なんと言ってもヒーロー候補生だ。私よりもずっと高潔な精神を持つ彼らが、そんなものを望むとは考えにくい。


 それでも、私が望むのだ。怪人アンビバレントの死を。あの男を、この手で地獄に突き落とすことを。

 だから、私は。


「邪魔するよ」


 病室に男が入ってきた。

 赤いマスクと、赤い帽子で顔を隠した大男。トレードマークのコスチュームこそ着ていないが、その声と顔は知っている。


 キャプテン・レッド。

 なるほど、ヒーローは漢字が読めないらしい。今度、面会謝絶の札には読み仮名を書いておこう。


「夜永つみきくんだね。少し、君と話がしたい」

「キャプテン・レッド。先日は、どうも」


 結果として私は、この男に助けられたわけだが。

 だからと言って感謝しているかと言えば、そんなわけがなかった。


 あの時、私はアンビバレントに手が届いた。一時的に異形の力を手にし、ヤツを殺す千載一遇の好機を手にしていた。声だってそれを承認していたのだ。あそこで仕留められた可能性は十分にある。

 なのに、それを阻んだのは、この男だ。


「夜永くん。君に謝罪したい。本当に、申し訳なかった」


 レッドは深々と頭を下げる。私はそれを、無感情な目で見ていた。


「あの時、少しでも早く私が駆けつけていれば、君の友人たちは死ぬことがなかった。すべて私の不徳の致すところだ。心より謝罪させてほしい」


 その言葉は、テレビ越しに聞いていた。

 この男は、あの悲劇の責任をとったことになっている。駅を包囲する六体の怪人に手間取り、渦中の大怪人アンビバレントに到達するのが遅れてしまったのだと。それゆえに、若き勇士たちが命を散らす結果となってしまったのだと。責任はすべて、このキャプテン・レッドにあるのだと。人々の希望の象徴は、繰り返し、繰り返し、テレビの中で頭を下げ続けた。


 だけど。それもやっぱり、私にはどうでもいいことなのだ。


「あなたが私に頭を下げるのは二度目ですね、レッド」


 言葉には冷たい棘がある。隠す気もなかった。


「すまない。以前、どこかで?」

「……いえ」


 まあ、当然だろう。彼が一度目の時のことを覚えているなんて、もとより期待していない。


 私はとっくに、この男に幻滅している。

 絶対無敵のスーパーヒーローなんて、大嘘なんだって知っている。


 だって、キャプテン・レッドは。あんなにもレッドに憧れていた太陽を、助けられなかったんだから。


「重ねて、お礼を言いたい。君たちの勇気ある行動のおかげでヒーローの威信は守られた。もしもあの場所でアンビバレントを好きにさせていれば、ヤツはより大きな悲劇を引き起こし、ヒーローへの信頼は揺らいでいたことだろう。ヒーローの威信を、ひいては人々の希望を守り抜いてくれたこと。全てのヒーローを代表して、深く、御礼申し上げる」


 ギリ、と、歯を噛んだ。


 ヒーローの威信だと。

 ヒーローへの信頼だと。

 人々の希望を守り抜いただと。


 そんなもののために。そんなもののために、私は。

 私たちは、戦った、わけじゃない。


「……お話が、それだけでしたら、お引取りください」


 強い苛立ち。拳を強く握ると、いまだ傷の癒えていない腕が鈍く痛んだ。


「あー……。レッド、悪い。帰ってくれ。こいつには俺から言っておく」

「いや。シケモク、もう一つだけ話がしたい」

「あのなあ」


 シケモクは立ち上がったが、キャプテン・レッドは彼を制した。


「夜永つみきくん。君はまだ、ヒーローを目指すか」


 おい、とシケモクがレッドの肩を掴む。しかしレッドは続けた。


「ヒーローという夢を折るには、十分すぎる出来事があった。だけどもし、それでも君が正義の実現を志すならば、君には力が必要だ」


 ヒーローという夢。正義の実現。


 面白いことを言う人だ。

 そんなことを聞いて、私がどう思うのか、彼にはわからないだろう。


「だから君に、これを渡そう」


 レッドは私に、小さな装置が取り付けられたバンドを渡した。

 見覚えのあるものだ。これと同じものを、私は目にしたことがある。


「ヒーロードライブ。心を燃やし、力を増幅する、ヒーローの切り札だ」


 キャプテン・レッドの腕には、私が受け取ったものと同じ装置が取り付けられていた。

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