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上げたら下げる


 本日の実習は、市街地のパトロール。

 四人一組でチームを作って、街中を見て回り、困りごとを解決する。いかにもヒーローらしい実習のようで、その実ただのボランティアだ。


「先に言っとく。怪人と遭遇してどうこうって実習じゃないぞ。お前らが今日やることは、主にただのゴミ拾いだ」


 そもそも、怪人なんてそうそう頻繁に現れるようなものではない。奴らだって、何もぷよ高のお膝元であるこの街で事を起こそうとはしないだろう。私だったらもう少し離れたところでやる、って言ったら怒られるだろうか。


「ま、そうは言っても万が一ってこともあるからな。もしも怪人と出会ったらどうするか。天元寺、答えろ」

「スーパーかっこよくやっつける!」

「よーし、減点。わかったなお前ら。そういうことだ」


 シケモクは、逃げろとまでは言わなかった。助けを呼びつつ時間稼ぎ、状況に応じて撤退も可。可能な限り被害は避けろ。ただし、怪人を倒そうとすることだけはやっちゃダメ。

 基本的には自分で考えて動け、ってことだ。

 そういうわけで、私たちは自分で考えてゴミを拾い集めていた。


「……飽きた」


 最初にそんなことをいい出したのは天元寺くんだ。


「なんで俺がゴミ拾いなんてやらなきゃいけねえんだよ。パックマンじゃねえんだぞ」

「天元寺。パックマンは、ゴミを集めてるわけじゃない」

「やってらんねえ……」


 そうして彼はゴミバサミを投げ出した。開始五分での脱落だった。

 ちなみに、彼が第一脱落者ではない。最初に逃げ出したのは風来ふわり。あの女は開始三十秒にして、神出鬼没の名のままに忽然と姿を消していた。


「頼む。夜永さんからもなんとか言ってやってくれ」

「いやまあ、私もそんなにやる気ないかな。心見くんは私のモチベーション知ってるでしょ」

「このグループ味方がいない……!」


 別にサボりはしないけど、一生懸命頑張るつもりもなかった。だって私、道徳心とかそういうのちょっとよくわかんないし。夜永つみきにそういうものを期待しないでほしい。

 そういうわけで、道徳少年心見瞳の孤軍奮闘を応援することにした。がんばれがんばれ。


「夜永さん、夜永さん」

「はい夜永さんですが」

「あの子。色が青い」


 彼が指差す方向。横断歩道を待つ小さな人だかりの中に、顔をうつむかせた女の子がいた。

 泣いている、というわけではない。ただ下を向いているだけ。横断歩道の縞模様が気になっていると言われても、別におかしくないような様子だ。だけど、近くに保護者らしき人はいない。


「張り詰めた青色だ。泣きそうなのをこらえてる」

「迷子かな」

「たぶん。話、聞いてきてもらえる?」


 わかった、と頷いた。そういうのは私のほうがいいだろう。

 あの山岳訓練での一件以来、心見くんは感心するほどに視野が広い。心眼の使い方もどんどんうまくなっている。誰かの不調に最初に気がつくのは、いつも決まって彼だった。

 女の子に話を聞いてみると、やはり迷子だった。雑踏の中で母親とはぐれてしまったらしい。


「お母さんとどこではぐれたか、わかる?」

「……わかんない」

「いつはぐれたの?」

「ちょっと前」

「今日はお母さんの車で来たの?」

「ううん。電車」


 ――駅前の交番に行こう。


 声が聞こえた。能力が導き出した結論はそれらしい。


「心見くん。駅前だってさ」

「わかった。じゃ、行こうか。がんばれよ、もうちょっとの辛抱だからな」


 心見くんは女の子に手を差し出す。だけど、彼女は心見くんの手を取らなかった。

 男の人が怖いのだろう。わからないでもない。私もこんな年頃だった時は、年上の男の人には近寄りがたさを覚えていた。


 ――この子と手をつなごう。


「え……」


 少女はうつむいている。強い子だ。泣かないように、一生懸命我慢している。

 手をつないであげれば、この子も安心するだろう。それはわかる。でも。


「……ふわり」

「はいはーい」


 誰かと手をつなぐこと。それはまだ、私には難しい。

 あらわれた風来さんに、代わりに手をつないでもらう。それで、彼女も安心した。


 ……これで、よかったのかな。


 一抹の不安を覚えながら、駅前に足を向ける。声の指示を無視する時は、いつだって妙な緊張感がある。お願いだから何事も起きないでほしい。そう願っていた。


 毎日のことながら、駅前の混雑具合はかなりのものだ。ぷよ高を有するこの街は、これで結構な大都会。慣れていなければはぐれてしまうというのも頷ける。

 私と、心見くんと、風来さんと、女の子。まわりとぶつからないように気をつけながら、少女の歩調にあわせてゆっくりと歩く。なお、天元寺くんはどこかに消えた。……まあ、彼は元気でやっているだろう。


 交番までもう少しまで来たところで。不意に、ざわめきの中から、何かが淀むような気配を感じた。


 ――右斜め前に急いで向かおう。


 弾かれたように走り出す。反応したのは、私と、心見くん。彼も何かを感じたらしい。

 雑踏をすり抜けながら、声の指示に従って走り続ける。たどり着いたのは改札前。

 もっとも、混雑する場所だ。


「夜永さん! その、パーカーの男! 燃えるように黒い!」


 ――男を止めよう。


 足に力を溜め、群衆を飛び越える。ヒーロー候補生として訓練を積んだ私の身体能力は常人を凌駕する。

 一足飛びでパーカーの男に肉薄した私は、着地ざまに、男を殴り飛ばした。


「ぐかっ……!」


 凄まじい腕力で殴りつけられた男は、体を強かに地面に打ち付けてバウンドする。一瞬の容赦もためらいもない一撃。だけど、これが最適解だ。


 ――周りの人たちを遠ざけよう。


「ぷよ高の者です。離れてください!」


 宣言と共に生徒手帳をかざす。ぷよ高の生徒はヒーロー候補生。その発言はヒーローと同じ意味合いを持つ。

 人々はざわめきと共に距離を取り、人混みが作った円の中心には、私とパーカーの男だけが残された。


「くく……。かかかか……。いきなり、殴るなんて、酷いじゃないか……。人違いだったらどうするつもりだ……」


 ゆらりと、男は這い上がる。異常な様は見て取れた。

 人違いじゃない。そんなことはありえない。こんな風に粘ついた瞳をしたやつを、間違えるわけがない。


「ご明察、ヒーロー。お前らの大好きな怪人だよ」


 男はゆらりと両手をかざした。

 不気味な腕だった。手というものが存在せず、代わりにあるのはカマキリのように鋭利な刃。人間一人を串刺しにできるほど大きな剣が、腕の代わりに備わっていた。


 怪人を見るのはこれで三度目。太陽が死に、ソラが死んだ、あの時以来だ。

 怪人なんて怖くないと言えば嘘になる。この胸に刻み込まれたトラウマは根深く、外に出られなくなってしまったこともあった。


 だけど、私は知っている。本当に怖いのは怪人じゃない。怪人の恐怖なんて、失うことの怖さに比べれば問題にもならない。

 ……大丈夫。私は、戦える。手のひらを開いて、握って。覚悟なんてそれで十分だった。


 ――周りの人たちを遠ざけよう。


「皆さん、落ち着いて行動してください。ここから離れて。ただし、慌てなくて大丈夫です。ここにはヒーローがいます。パニックにならないよう、気をつけて移動してください」


 ヒーロー到着宣言。授業で習った、ヒーローの到着を知らせ、パニックを抑制するための宣誓だ。

 私はまだ候補生だけど。これくらいならできる。


「へえ、中々サマになってるじゃないか。あんた、まだヒーローの卵なんだろ?」

「いいえ。スーパーヒーローの卵です」

「言うね。子どもは元気がいい」


 ……何がスーパーヒーローだ。

 自分で言っておいてヘドが出る。なってたまるか、そんなもの。だけど、この状況では威勢のいい言葉が価値を持つ。

 ヒーローがここにいるということもあって、人々は落ち着いて行動してくれた。しかし、怪人がそれを待つ道理はない。


「全員、動くな」


 静かな、しかし憎悪のこもった声。日常ではそうそう経験することのない、暴力的な悪意のこもった響き。

 群衆の中を抜けるように響いた声は、人々の足を縫い付けた。


「動くな。動いたやつから殺す。何のためにこんな人目のつくところで事を構えたと思ってんだ。逃げちまったら台無しじゃないか。なあ」


 何かの能力か、と思った。

 人々に言うことを聞かせるような種類の能力。だけど違う。能力は一人一つまでしか持てない。彼の能力が何なのかは、あの不気味な腕があらわしている。


 なら、彼はどのように人々の足を縫い付けたのか。


 憎悪だ。

 言葉にこもった憎悪だけで、彼はこれを成し遂げた。


「よし、よし。いい子だ。おい、お前ら。やるぞ、出てこい」


 男は余裕のある身振りで手を振った。

 すると、別の怪人があらわれた。マンホールの中から。排水溝の下から。天井の空気孔から。スタッフルームの中から。改札の奥から。あるいは普通に入り口から。全部で六体の怪人が、出入り口を塞ぐように人々を取り囲む。


 それらは、一目でわかるほどに人体を逸脱した怪人だ。筋骨は不気味に隆起し、瞳は虚ろで正気があるのかどうかもわからない。人間には存在しない器官がついている個体すらもいる。


「さあ、これで逃げられなくなった。安心しろ、変な真似しなきゃ何もしねえよ。こいつらには、ここで証人になってもらうだけだ」

「……何が、目的ですか」


 強い、と思った。

 ヒーローがあらわれたと言うのに、この余裕に溢れた立ち振舞い。事前に複数の怪人を伏せておく用意の良さ。そして何より、今も私に注がれている溢れんばかりの黒い憎悪。

 間違いなく、並の怪人ではない。


「ちょっと、衆目の中で派手にヒーローを殺してやりたくなっただけさ」

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