友情・努力・お説教
お手柄ぷよ高生、訓練中に遭難者救助!
夕方には、今日の事件はそんな見出しで報道されていた。世間的な評価も明るく、私たちはヒーローの卵ながらに温かい称賛を受けることになった。
というのは外から見た話。内部的には、私たち四人は生徒指導室に呼び出され、正座をしながらシケモクの説教を受けていた。
「それで、お前らの行動の何が間違っていたか、わかるか」
すぐにロープを切れなかったことですかね、と内心で答えた。
あの時迷うことなくロープを切っていれば、天元寺くんの突撃に巻き込まれることもなかった。“声”の指示には考えるよりも先に即応するクセをつけたつもりだったけれど、私もまだまだツメが甘い。普通に反省しよう。
「はい! 俺が! 突撃したことです!」
「よーし。元気がいいな、天元寺。減点だ」
「あざっす!」
天元寺突破。ノリと勢いの男である。
「まあ、あれは確かに大きなミスだったな。あの状況でお前が突撃するのは悪手だった。なんでかわかるか?」
「……夜永を巻き込んだから?」
「それは別にどうでもいい」
おい、シケモク。どうでもよくない。どうでもよくないぞ。おかげで私は死にかけたんだぞ。
「風来がいたからじゃないですか」
代わりに答えたのは心見くんだ。その答えを聞いて、シケモクは一つ頷いた。
「そうだ。あの場には神出鬼没が使える風来がいた。天元寺がわざわざ突っ込むよりも、風来に任せたほうが安全で確実だ」
それはそうだ。事実、私も天元寺くんじゃなくて、風来さんに行ってもらうつもりでいた。だけど、それよりも先にこのバカが動いてしまったんだ。
「天元寺だけじゃなくて、風来。お前にもミスはあったぞ」
「え、私なんかやっちゃいました?」
「お前、夜永が天元寺に引きずられてふっとばされていった時、何してた」
「爆笑してました」
…………。
風来さんは素直でいいなぁ。今度殴ろう。
「お前の能力だったら夜永助けられただろ。なんで俺にやらせてんだよ。減点だ」
「確かにそう言われるとそうかも……。でも、つきみんですよ。つきみんだったら、ほっといてもなんとかなりそうじゃないですか?」
「それはまあ、確かに。情状酌量の余地は認めてやろう」
「やったっ」
なんともならねえよ。お前ら私に何を期待してんだ。何度も言うが、私の能力は“声”が聞こえるだけ。あんたらみたいに超常現象を引き起こす力は私にはない。
「一方、心見。お前のミスは、見逃してやってもいいくらいだが、あるっちゃある。考えてみろ」
「えっと……。みんなを焦らせるようなことを言ってしまったこと、ですか?」
「それもあるが、そうじゃない。お前、ちゃんと心眼で周り見てればもっと早く遭難者がいることに気づけただろ。夜永に呼び出される前に」
あ、と彼は声を漏らした。
「山を登ることに必死で、周囲への注意がおろそかだったんだよ、お前は。ヒーローには広い視野と柔軟な対応力も求められる。目の前のことに固執するな。減点だ」
「すみません……。反省します」
「わかればいい。で、それはそれとして一つ聞きたい」
シケモクは、心見くんにずいっと近寄った。
「ふっとばされていった夜永の心。何色だった」
「珍しく黄色かったです。さすがに焦ってるみたいでした」
「そうか。加点」
なんだこの、なんだこれ。なんで私こんなにいじめられてるの? 夜永さんも普通に傷ついたりとかするんだけど。怒っていい?
「で。諸悪の根源」
「つーん」
「お前だよ、夜永」
目を合わせる気はなかった。この教員、入学時の一件以来、なにかと私を目の敵にしているのだ。こんなに当たりが強い人に、そうそう心を許す夜永さんではない。
「お前が一番の大ポカだ。自分が何をやったか、ちゃんと言ってみろ」
「知らないです。私、なんにも悪くないもん」
「減点するぞ」
「したけりゃすればいいじゃないですか。喫煙者に何言われたって気にしません」
「お前に喫煙者の何がわかる」
「そんなんだから、姪御さんに臭いって嫌われるんですよ。ヒーローやってて嫌われるようじゃ世話ないですね」
痛恨の一撃。シケモクはマットに崩れ落ちた。勝利である。
ちなみに情報源は風来さんだ。彼女は時々、こういったゴシップをどこからともなく拾い集めてくる習性を持っていた。
「……夜永。今は授業中だ。真面目に答えろ」
「はい先生。私のミスはまず、天元寺くんを止められなかったこと。あの場において天元寺くんの暴走を許してしまったのは、パートナーである私の責任です。そして二点目に、状況判断が遅れてしまったこと。私の能力の弊害ではありますが、状況を把握するよりも先に行動を起こしてしまいます。今回はその点に気を配らず、即断即決を急ぎすぎたせいで、冷静な判断をする時間をみんなに与えられませんでした。従って、心見くんが焦らせるようなことを言ってしまったのも、天元寺くんが暴走したのも、風来さんが事態を傍観してしまったのも、私のミスに端を発するものになります」
「こいつ、答え準備してやがったな……。そうだよ、正解だ。優秀な生徒じゃねえか、なあ?」
先生は私の頭をぐりぐりしはじめた。
やめてください、横暴です。こういうの普通の学校だと体罰になるんですよ。そう訴えると、先生はぐりぐりを強めた。くそう、いい気になりやがって……。
「とまあ、救助対応におけるミスはそんなところだ。だけど、それ以外にも一つデカいのがあるんだよ。お前ら全員のミスだが、強いて言うならお前だ、夜永」
「まだあるんですか……。陰険ですね、ほんとに」
「喫煙者だからな」
「根に持ってます?」
そう言われても、それ以上のミスは私にもわからない。強者の立場にいるシケモクは、気を良くしてにやにやと笑っていた。
「お前らな。異変に気づいたんだったら、まず俺を呼べよ」
ものすごく当然の指摘だった。
「自分たちで解決しようとするんじゃねえよ。大人を呼べ。判断を仰げ。そういうとこちゃんとしろ。お前ら、ヒーロー候補生っつってもまだガキなんだから」
「……でも、先生を呼んだって、どうせ私たちにやらせたんじゃないですか」
「そりゃそうだ。だが、お前らが独断でやるのと、俺の指示でやるのとじゃ責任の所在が違うだろ」
その言葉で、わかってしまった。
責任。ヒーローが言うところの、責任。その言葉が意味するところ。
私はそれを、知っている。
「今回は救えたからよかった。でも、最悪のケースだった場合、お前らが背負っちまってたかもしれないんだぞ」
背負うものは、救えなかった誰かの命だ。
私は知っている。あの時、太陽を救えなかったキャプテン・レッドの厳しい顔を。葬儀会場で、私に頭を下げ続けた彼の顔を。
スーパーヒーローがあんな顔をしても、何も救われなかったことを。
私は全部、知っていた。
「……ごめんなさい」
誰にともなく、私は謝った。
先生にだけではない。巻き込んでしまった三人にも、だ。
私はもう、二つ背負っている。その重みだけで潰れてしまいそうなほどだ。こんな重みを誰かに背負わせていたかもしれないなんて、それは言い訳のしようもないほどに、愚かしいミスだった。
「……先生」
心見くんが先生を咎めるような声をだす。きっと、彼の目には、私の心は黒く染まって見えているのだろう。
「あー……。ちょっと、効きすぎたか」
シケモクはガリガリと頭をかいた。
「説教は以上だ。今日のことは各自反省しておくように。それと」
シケモクは、私たちの顔を一人ずつゆっくりと見回した。
「お前ら、よくやった。今日、お前らは確かに一人の命を救ったんだ。誇っていいぞ」
その言葉に、天元寺くんは満足そうに、風来さんはまんざらでもなさそうに、心見くんは嬉しそうにしていたけれど。
そんなことを言われたって、私は何を誇ればいいのかわからなかった。