僕のヒーロー・私のヒーロー
ヒロアカを一気読みした勢いで書きました。よろしくおねがいします。
どうか、私に報いが与えられますように。
積み重ねてきた罪の業火が、この身を余すことなく焼き滅ぼしますように。
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ヒーローについてどう思うかと問われれば、十人中十人が憧れを口にするだろう。
人々に特別な“能力”が発現するようになった数十年前から、ヒーローはいつだって人気者だ。能力を悪用して犯罪を行う“悪者”を、卓越した能力で打ち倒す無敵のヒーロー。弱きを助け強きをくじく、高潔にして精強な正義の味方。
そんな素敵に無敵なヒーローたちのおかげで、社会は今日も平和に回っている。
私たちのような小学生に、憧れるなという方が無理があった。
「だからさ、アクセルレディのすごいところって速度だけじゃないんだよ。あれだけの速度で移動しながら、助けを求める声は絶対に聞き漏らさない。あの速さは敵を倒すためだけのものじゃない、最速で誰かを助けるための力なんだ!」
だけど、彼の憧れは少しばかり度が過ぎていた。
日向太陽。名前からして暑苦しいこの少年は、今日も今日とてヒーローについての熱弁を振るっていた。
太陽はヒーローが好きだ。ものすごく好きだ。部屋の中には小学生に集められるヒーローグッズがところせましと並んでいて、将来はヒーローになると臆面もなく宣言しては両親を困らせていた。
まるで少年漫画から飛び出してきたような少年だ。強烈な憧れに突き動かされ、元気いっぱいヒーローを夢見る。
ヒーローになるべくして生まれてきたような少年に、幼馴染の私としても、ああ、彼はいつかヒーローになるんだろうなと、半ば諦めに近い確信を抱いていた。
「なあ、つみきもかっこいいと思うだろ? アクセルレディ」
「ああ、うん。そうね」
私もヒーローは好きだ。文房具は好きなヒーローがプリントされているものを選んで買ったし、日曜朝のヒーロー番組は毎週かかさず見るようにしている。
だけどそれは、私たち小学生にとってはやって当然のことであって、けして特別なものではない。この少年の入れ込みっぷりを見ると、少し引いてしまうのも本音だ。
それに。私こと、夜永つみきにとっては、ヒーローよりも気になるものがある。
「太陽はさ、今はその、アクセルレディが好きなの?」
少し、声の調子が外れていたかもしれない。
アクセルレディ。ぴっちりとしたライダースーツに身を包み、高速で飛び回る女性ヒーロー。私よりも背が高く、色々なところが育ちに育った大人の女性。
太陽がそれに興味を持ったことは、なんだか面白くなかった。
何が面白くないのかは自分でもわからない。だけど去年の夏祭りの時から、私は何度かこんな気持ちになっている。
あの夏祭りの日――。家族と一緒にお祭りを楽しんでいた私は、人混みの中で迷子になってしまった。どれだけ家族を探しても見つからず、歩き疲れて神社の境内でじっとうずくまっていた時、声をかけてくれたのが太陽だった。
探しに来てくれたのかと。赤く腫れた目を向けた私に、太陽はやけに神妙な声でささやいた。小さい方が漏れそうなんだ、と。
この男、ただトイレを探していただけらしい。それでも太陽は、境内の裏でこっそりと小を済ませた後、ずっと私の側にいてくれた。
なんだか呆れてしまったが、おかげで心細くはなくなった。その後大人が来て、私たちはそれぞれの家族に連れられて別れたのだが、私は妙に気恥ずかしくて素直にお礼を言えなかった。
きっと太陽はそんなこと気にしていないのだろう。だけど、あの時言えなかったお礼の言葉が、ずっとこの胸に引っかかっている。
その時からだ。その時から私は、それまで以上に太陽のことが気になっていた。
「もちろん。でも、一番はやっぱりキャプテン・レッドだ」
「……レッド? アクセルレディじゃなくて、キャプテン・レッド?」
「ああ。やっぱりレッドが一番かっこいいからな!」
太陽はきらきらと目を輝かせる。その言葉を聞いて、面白くない気持ちが霧散する。ああ、これは当分大丈夫そうだ、と不思議な納得感があった。
「ヒーローはいっぱいいるけど、スーパーヒーローはレッドだけだ。レッドはさー、もう理屈とかじゃないんだよなー。とにかく強い! とにかく無敵! とにかくかっこいい! どんな怪人が来ても絶対に負けないし、ピンチになっても必ず逆転するんだ。いいよなー、かっこいいよなー。俺、将来はキャプテン・レッドみたいなヒーローになるんだ!」
――太陽を止めよう。
「太陽。語るのはいいけど、前見て歩いて」
「いや、聞いてくれって。最近さ、レッドのコスチュームがちょっと変わったじゃん。腕にバンド? みたいな、メカがついてさ。あれ、絶対秘密兵器だと思うんだよね。だから俺、明日、キャプテン・レッドにあれは何なのか直接聞きに行こうと思ってるんだ! レッドって今近くの街に来てるらしいじゃん。なら、ひょっとしたら会えるかも!」
「転ぶよ」
言うがいなや、太陽は縁石に足をつんのめらせた。
ほら、言わんこっちゃない。転びかけた太陽の襟をひっつかむ。バランスを取り直した太陽は、バツが悪そうに笑った。
「うわっとと……。わり、サンキュー」
「まったく、危なっかしいんだから」
「今のは、つみきの“能力”か?」
頷く。“能力”と言っても、私の能力はそう大したものではない。
数十年前から、すべての人々には色々な“能力”が発現するようになった。能力の種類は人それぞれだ。アクセルレディの『高速走行』やキャプテン・レッドの『一騎当千』といったヒーロー向きの強力な能力から、『小さなものを浮かせる』や『指先から水を出す』といったいまいち使い道がわからない能力まで。とにかく、色々だ。
私が発現した能力は、『時々声が聞こえる』というもの。さっき聞こえた、「太陽を止めよう」とささやく声がそれだ。
声は私がやるべきことを教えてくれて、それに従うと大抵の場合はいいことが起きる。使い道がわからないとまでは言わないが、ヒーローになれるほど強力というわけではない。まあ、そこそこだ。
「いいなー。俺も早く能力目覚めないかなー」
「慌てなくても、そのうち目覚めるよ」
「んなこと言っても気になるじゃん。ひょっとしたらものすごい能力に目覚めて、キャプテン・レッドからスカウトされるかもしれないだろ!?」
「そんなわけないでしょ」
「わかんないぞー。もしもそうなったら、つみきも一緒に連れて行ってやるからな!」
いかにも彼らしい都合のいい想像。はいはい、と笑って流した。
能力発現の時期は人によってまちまちだ。小学生のうちから目覚めた私はかなり早い方で、人によっては高校生くらいまで目覚めないこともある。
太陽はまだ見ぬ自分の能力が気になって仕方ないようだが、そんないつ来るかわからない未来のことよりも、私にはもっと気になることがあった。
「それで、キャプテン・レッドに会いに行くんだって?」
「おう。つみきも行くか?」
しょうがないな、という風を装って頷いた。
明日は休日。一緒にどこかに出かければ、それは素敵な一日になるだろう。