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第81話 探偵崩れ

「エディ、おいこら。なに新幹線で寝てるんだよ」

「私は基本眠りが浅いんだから、君たちが一緒の時に熟睡するのくらい赦してくれ給え」

「気持ち、悪い……」

「どこがかね、ジェーン女史……。添い寝してくれとかそんなことを言っているわけでもないのに」

「そういうところだぞ、エディ」


 旧い夢を見ていた気がした。かつて彼が戦いから遠ざけようとした存在が、今や暗殺稼業で右腕と左腕といってもいい、「戦力」となってしまっている。これでは今までさんざ嫌っていた、少年兵を使う指揮官そのものではないか、と。


 自嘲気味な笑いがこぼれる。自分が守ると耳あたりの良い言葉を並べて、彼女たちを戦わせているではないか。本当にあの日、あの夜。エドワードに見せた悲壮な顔は嘘偽りなく、戦いに臨むものの表情だったのか。心を読む能力でもなければ結論は出ないと悟り、再び眠りにつこうとしたところで、車内販売の台車がカラカラと彼らの横を通り過ぎる。


「すまない。ビールを一本もらえるかな?」

「エディ、これから、仕事。お姉さん、コーラ、三つ」

「かしこまりました」


 ジェーンは黒髪の三つ編みで、ティディベアを抱きしめている少女である。円らな黒瞳が可愛らしく、しかし、確かに侮蔑を孕んだ目でエドワードの注文をキャンセルし、新しく頼み直す。ぬいぐるみを抱いているにしては些か精神年齢の高い子だという認識しか一般人には得られないだろう。


 しかしジェーンの戦闘能力は隔絶していた。例えば乗車中の、この新幹線。乗客全てを殺害するのに、5分はかからない。彼女の姉にあたるメアリーも同様だ。正面きって、合図と同時の殺し合いでも、プロレスラーほどの男を一方的に制圧できる。先ほどの「佐藤太郎」にやったように。


□□□


 ミューズ探偵事務所の仕事内容だが、ミステリードラマでよくある、警察を差し置いて密室連続殺人犯に対して確固たる証拠をつかみ、大仰な口上とともに全ての謎を日の元に引きずり出すようなことはしていない。


 浮気調査や行方不明のペット探し。それくらいの簡単な足で稼ぐ肉体労働だ。そもそもあの事務所は探偵事務所。暗殺を依頼する人物とは足のつかない飛ばし携帯でやり取りをして、こちらの情報は一切出さない。という条件付きのもとでやっているのである。


 しかし、最近はその依頼されるものが全く新しいものに変わっていっている。


 空を流れる大光線、ロシアの新兵器説。


 どれだけ吹き飛ばされても死なない男、ミュータント説。


 踏み鳴らされたサンフランシスコ、人工地震説。


 ハワイオアフ島の集団幻覚、ウィルス兵器説。


 そして目下の問題は、夏場の東京大吹雪。気象兵器説。


 これだけ並べられたら、根っからの陰謀論者でも胸やけを起こしそうになるが、火のないところに煙は立たないと聞く。結果として被害者と被災地があるのだ。実際遺族からの依頼はしばしばあった。それを「不思議なこともあるもんだ」と流していたら探偵としては三流だ。だからそれらのバカげた説にどれだけの信ぴょう性があるのかを三人で調べていたところだった。


 そして今現在、福岡から大阪までの新幹線に彼らが乗っているのは、端的に報復及び情報戦のカウンターである。「佐藤太郎」が最後に吐いたメッセージ。大阪府堺市「ヒューマントイズ(株)」から依頼されて、ここまでの異常現象の資料を集めてこいとのことで、かの会社に白羽の矢が立った。つまり裏を返せばヒューマントイズも何か重要な情報をつかんでいて、それがヒットマンを依頼するのに相応しい状況だった、と推察できる。


「子供に玩具を作る会社が裏で、ヒットマンを、ねえ。弥速、ガワだけじゃ測れないものだな」

「それは、そうね。ジェーンの持つぬいぐるみにもその会社の作ったものがあるんじゃないの?」

「もう、改造済み……。万事、解決」


 四人掛けの対面する席の片方にはメアリーとジェーンが、反対側にはエドワードと大きなスーツケースが簡易なテーブルを挟んで座っていた。親指を立て半目でグッドのサインを作るジェーンに、首をすくめ、手をひらひらと振るメアリー。それを見ながら、コーラを飲んでいるエドワード。


「ジェーン女史が監視カメラをハッキング。本社を襲撃し社長を尋問、情報を抜く。これは私が一人で行う。逃走経路に関しては下水を使う」


 エドワードはスマートフォンを取りだして、マップ機能を起動した。


「そこから数キロ地点を合流地点としておく。そこにはもうすでに盗難車を手配してある。手痛い出費だが、情報いかんでは事務所に戻れることがかなわなくなる可能性もある。そこで自由に動ける盗難車だ」


「私は何をすればいい?」

「サーバールームへの侵入と警備員の暗殺。及びジェーン女史のサポートだ」


「私が上階を目指すのに対して、君たちは地階へと行ってくれ給え。予定通り、USBを差し込んだら監視システムをダウンさせる彼女特製のウィルスがあったな? それでことが終われば脱出し、派手に爆破してくれ。それが陽動になる」


「それが終われば、悠然と作戦ポイントまで徒歩で移動してくれ、町中の監視カメラやNシステムを避ける技術はもう十分に備わっている」


 この作戦はほぼテンプレート通りのエドワード達の砦落としである。足りない部分はアドリブで、といった具合に彼らの作戦は立てられている。長年の暗殺の経験で、即日お礼参りといった大仕事を新幹線に乗りながら立てられるわけだ。


『次は大阪、大阪。お降りのかたは忘れ物にご注意ください』


 新幹線のアナウンスが流れる。丁度いいタイミングだ。エドワード一行は荷物をおろし、降車していく。真ん中に鼠色の髪をしている、ストライプのスーツを着ている英国紳士。左目のモノクルとループタイによって一層彼は日本人離れした風貌をかもしていた。


 背の高い彼の両隣を歩いているのは両者とも十代中ごろ、黒いゴシックドレスに身を包んだ美少女二名である。一人は黒髪を肩程まで伸ばしたセミロングで活発そうな印象を与える少女で、頭の後ろで手を組みながら歩いている。もう一人は三つ編みのおさげが特徴的な大人しそうな少女である。両腕でヒューマントイズ社のぬいぐるみを抱えて、何かにおびえるようにビクビクと歩いている。


 □□□ ヒューマントイズ(株)本社前


 三人は白昼堂々、正面突破で入り口から入っていこうとする。しかし守衛の一人に止められる。


「ちょっと、ちょっと。お三方、本日は一体どういったご了見で?」

「いやね、私の娘がここのオモチャの大ファンで、ぜひ一度社内見学したいと言ってきかなくてね」

「そういった事でしたか。お呼び止めして申し訳ありません。どうぞ」


 ヒットマンをよこして即日報復に来られるとは思いもよらないだろう。しかも、「佐藤太郎」の携帯電話からは「作戦成功、社内見学という名目で情報を受け渡しに行く」とメッセージを送っている。付け焼刃でいつばれるかわかったものではないがいくらかの目くらましにはなるだろう。


 エントランスに入ると流石大企業の一階だと舌を巻く。ガラス張りの壁にホールの中央には噴水さえこしらえてある。ここからは別行動となる。作戦通りに地下への階段を下りていく二人のゴスロリ少女と、受付につかつかと歩いていくエドワード。


「どうされました、お客様。本日は一体どういったご用事で?」

「アポイントを取っている『佐藤太郎』なんだが、社長に繋いでくれないか?」

「佐藤? 失礼ですが外国の方とお見受けされますが……」

「……帰化しているんだよ」

「失礼いたしました、かしこまりました」


 受付嬢の他にも多数の社員が忙しそうに携帯で電話をしながらベンチに座っているのを横目にエドワードは無事地下へと彼女たち二人が入っていくのを見届けていた。受付嬢は社長に取り次いでいるようで、受話器を取っている。


「ではご案内いたしますので、こちらへどうぞ」


 エレベーターホールへと通され、人のよさそうな男性社員が案内してくれるようだ。スーツの上に社員証を身に着けたその人が先に乗り、続いてエドワードが乗り込む。そのまま笑みを絶やすことは無く、男性は最上階のボタンを押し、扉は閉まっていく。


□□□ 地下 一階


 ここは警備室とサーバールームを兼ねている部屋と非常用発電室、それといくつかの休憩部屋がある、ヒューマントイズ本社でも“地味”なフロアだ。一般の社員は勿論、外部の人間が入り込むことなど滅多にない。せいぜい、年に一度のサーバー点検の時に業者が来ることがある程度のものだ。


 陽の光が入らなく、蛍光灯も最新式の物を使っているが薄暗く、人気のない通路を警備するのにいったいどんな理由が必要なのだろう、それに“こんな物騒なもの”まで持たされて。と警備主任は愚痴をこぼしながら歩いていると、ふと、蛍光灯に照らされ蹲っている少女を一人発見する。腕にはクマのぬいぐるみが抱えられており、眼からは大粒の涙を流しながら、静かに泣いている。


「どうしたんだ! 君! 社員の家族か……ッ?」


 背中に誰かが張り付いている。身長差からして子供だろう。足を回し警備主任の腰を後ろからホールドし、左腕で首に手を回し、右手には鋭利なナイフ。子供の“おいた”にしては趣味が悪すぎる。


「な、何を……」

「警備室の現在の人数、およびカードキー、パスコードを教えろ」

「お嬢ちゃん? だ、ダメだよこんな事したら。お母さんに言いつけ……」


 警備主任の右耳が飛んでいく。


「が! ッぁア!!」

「次は頸動脈だ。繰り返す。警備室の現在の人数、およびカードキー、パスコードを教えろ」

「……二人! 俺を除いて二人だ! カードキーは俺の右ポケット!! パスは546824!! 助けてくれ!」

「……ご苦労」


 回転しながら首を切り裂き、メアリーはそのドレスに一滴の穢れも残すことなく、警備主任を殺害した。ふわりと重力を感じさせないほど、軽やかに着地し、遅れて彼の体が前のめりに倒れ血を溢れさせる。


「メアリー。カードキー、あった。あと、こいつ。武装、してる……。拳銃(グロック)

「まあ、探偵事務所に殺し屋送り込んでくるだけあってそれなりの準備はしてるんだね。にしても日本の民間企業って銃は持っちゃだめだよね?」

「多分、イギリス、でも。だめ……」

「まあ、細かいことはエディに任せて、私たちは警備室を制圧するよ。……にしても二人……。二人か」

「どうか、したの? メアリー」


 小首をかしげ、ジェーンがおさげを揺らしながら訊ねる。


「いや……。ここ落とされたら、俄然不利になるし、銃を携帯しているほどのセキリュティなのに少なすぎると思って」


 ジェーンがサーバールームの扉にパスコードを打ちこんでいる間、メアリーは瞑目していた。そしてほぼ間を置くことなく「答え」に辿り着く。


「“上”か……!」


 サーバールームの扉が開き、そこには画面を見ている勤勉な警備員と居眠りをしている不真面目な警備員が二人。


 事実に気付き、急ぎ通信機でエドワードにすでに武装警備員が上階に回されていることを伝える。と同時に奇襲をかける。


「主任っすか……? あれ? 子ど……も」


 振り向きこちらを確認する警備員の視界に入るや否や、大きく踏み込みメアリーは後ろ回し蹴りを勤勉な警備員の首を掠める。掠めただけだ。クリティカルヒットではない。にもかかわらず彼の首からは大量の血液が噴出する。メアリーの履いている黒いブーツのかかと部分からは鋭利な刃が鋭く光っている。画面が主な発光源であるその薄暗い部屋でさえ、刃の光は薄く輝いていた。


 メアリーの戦法は音のしない暗殺に特化した、「暗器」使い。その少女の見た目と卓越した身体能力から繰り出される暗殺術は、すでにエドワードの足元には届く程になっている。日本に存在する暗殺者を上から数えて、両の指の数には入るだろう。


「なんかあったんすか? 先輩? うおッ!」


 先輩警備員が倒れる音で目を覚ました彼はその勤務態度とは裏腹に異常事態への対応は人並み外れていた。即座に拳銃を取りだし、制圧しようと銃口を向ける。しかし撃たせはしない。仮に撃たれても拳銃程度ならばナイフで捌ききる自信はあったが、音で敵が来るのは阻止したい。ドレスの下に仕込んだ投げナイフを投擲。それは肋骨を綺麗に避けて心臓に突き刺さる。ほぼ即死だった。


「制圧、完了……ぶい」

「ピースしてる場合じゃないよ、早く、ウィルスを……」

「もう、やってる。後はぬいぐるみおいて、指定箇所、遠隔で起爆すれば。問題、なし」


「サーバールーム、電気室、後は非常階段だね。私にはわからないからジェーン頼むよ」

「おけ、まる」


『エディ、こちら完了。もうそっちに“本隊”が行っている』

『おや、心配してくれるのかい? メアリー女史。やっぱり普段の暴力は愛情の裏返しだったわけだ。こういうのって日本のスラングでなんて言ったっけか。つ、つ? ツンドラ?』

『死んどけ』


■■■ 二分前エレベーター内


「いやあ、我が社の見学など、いつぶりですかね? 久しく聞きませんね」

「珍しいものなんですか?」

「ええ……。あ『佐藤』様、靴ひもがほどけておりますよ」

「ん?」


 エドワードが下を向く。その隙に社員は拳銃を抜いていた。と同時にその手首が爆ぜる。苦悶の表情で叫び声をあげる。


「……殺気を隠せていると、思っていたかね?」


 エレベーターが途中で止まる。エドワードはその男性の首に手を回し、自身を守る盾とする。開くと同時に拳銃弾がエレベーターに向けて斉射される。殆どは外れたが数発はエドワードの立っている位置に着弾。しかし肉壁によって防護される。


「おいおい、オモチャ会社なのに“それ”は本物かい」


 武装だけ揃えても、一流の暗殺者であるエドワードには素人がどうこうできるものではない。特に室内。狭所戦闘ではエドワードの右に出るものはいない。連射される見えない弾丸。それは単なる十円玉。8人いた警備員を、唯の貨幣を「弾速と同程度」に射出して皆殺しにした。何がどういう原理で、そんな神業を可能にしているのか、MI6をして終ぞ判明しなかった。ただ、硬貨を指で弾く。それだけで、8人の警備員は死に至ったのだ。これが英国諜報員最強の実力。「元」という枕詞がつくが。


「8人殺すのに、80円の出費。銃より余程安上がりだ。お勧めだよ諸君」


 死屍累々、誰一人、返答はない。


「……おっと。皆死んだのだった」


 エドワードはおどける様にモノクルを中指で押し上げた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] エドワード、メアリー、ジェーンは3人共に危険人物ですが、今のところは能力者ではなさそうなのが意外でした。これから銀次君達とは違う視点で、どういう話が展開されるのか楽しみです。 [一言]…
[一言] おもちゃ会社にGLOCK装備の警備員とかそこら辺の外国企業より良いですね、ポリマーフレームだからおもちゃとは確かに言えてます。 動作が複雑な拳銃よりナイフの方が正確で確実ですのでジョンウィッ…
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