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第73話 生存主義者 エスケル=ワーグナー戦①

「なんという吉日だろうね? 前世から赤い糸で結ばれているような。運命とかそんなオカルトチックな事僕は信じていなかったけど。まるで僕を出迎えるかのように地下から来てくれたこれを偶然の一言で表すのも……」


 銀次の右腕が銀の鞭となり、その先は鋭利な刃となり眼前の敵に対して振り下ろされる。それを防護服に身を包んだ鈍重な体では当然回避できるわけもなく、斬り殺した。かのように思えた。


「無粋だな。人が女性と語らっている間ぐらい待てないものなのかね? まあ別に劣等種が僕の生に対する冒涜を許すぐらいの度量はないといけないと男として……」


 銀次の攻撃は確かに眼前の男を殺すには充分な威力があった。確かに直撃した筈のエネルギーは、その防護服によって散らされた。


(これも能力……? いや、あの防護服、そこらの既製品(レディメイド)とは訳が違うようだ)


 ペンタゴン地上一階。此処は全世界の建築物でも最高のセキリュティを誇る。米国の軍事上最重要拠点なのだから。そこにテレポートなどという能力で侵入してくる際の非常用プロトコル。()()()()()()()()。即座に拳銃で武装した警備局員が制圧に来る。銀次の顔はペンタゴン内では大尉として登録されているが、ノルンに関しては死亡登録してある。その際顔を偽造してあるため、敵か味方かわからない。


 しかし、上からの要請では防護服を着た人間を射殺しろ、とのことで9mmパラベラム弾は吸い込まれるように白い来襲者に対して放たれる。しかしそのどれも防護服を突破することは叶わなかった。


「ははは! 非能力者風情が僕にどうこうできるとは思い上がりも甚だしい。このエスケル=ワーグナーの雄姿、しかと目に焼き付けておくんだよ、ノルンたん」


 覚束ない動作でポケットの中から何かを取りだそうとするエスケルに対して銀次は守勢に回る。それと同時に切羅にも緊急連絡。来夢の事は椎口に任せて急襲者への情報分析を頼んだ。爆発物を想定し横にいるノルンもまとめて薄膜装甲にて守り切る。ただ、彼が取り出したのは何の変哲もない石ころだった。


 それを通路左右から銃撃してきている警備員めがけて投擲する。あまりにもか弱い力では届かなかったのか、それは目標の眼前で床に落ちる。刹那、それは肥大化し、巨大なタンクローリーへと変貌する。通路には当然収まりきらず、破損した積載部分からはガソリンが漏れ出している。その脅威に気付いた警備員は焦り退避をしようとするが、どこから現れたかもわからない火のついたマッチ棒が空中に突如出現し、引火。爆音とともに一階エレベーターホールが爆炎に包まれる。


 それの暴威より逃れられたのは三名。銀次とノルン、エスケルだけだ。甲高く、幼稚で耳障りな嘲笑が銀次たちの耳に入る。


「流石! ドイツの科学力はサイコーだねぇ。防刃、防弾、防爆、防火。防毒性能まであるんだから」


 そこでノルンは携帯していた「バフポーション」を一息に飲み干し、エスケルの眼前に躍り出る。常人の10倍ほどの身体能力を有したムエタイ必殺の上段蹴り、マスクで顔が隠れていてその容貌は窺えないが、銀次の直感は彼が確かに笑った気がした。


「ノルン! 先走るな! 敵能力がまだ……」


 格闘能力では頭一つ。いや三つは飛び抜けてエスケルよりもノルンのほうが強い。それは立ち居振る舞いやここまでの身体能力から推察できた。しかしノルンは対人戦闘の覚えはあっても、対能力者戦の心得がまるでない。しかも今回は相手方が襲撃してきている形となっている。ノルンの顔も割れていたため、どこまで情報が洩れているかもわからない。


 故に銀次は初撃の一発を入れて斃せない敵だとわかった時点で撤退を決め込むことにしていたが、それを彼女に伝える前に動いてしまっていた。


 彼がそれを受ける、手で受け止めるほどの反射神経もなかったのか、不格好にも頭部で受けることになっていたが。


「捕まえたぁ……」


 (ぬめ)りのある泥水のような声でそう呟くと、銀次にも何が起こったかわからないままエスケルもノルンもその場から消滅する。忽然とその二名は姿を消し、現場に残ったのは、タンクローリーと、崩れた壁面。燃え盛る炎。そして立ち尽くす銀次だけだった。


■■■ 存在(ファントム)しない階層(フロア) 地下29階 ブリーフィングルーム


 ノルンを除いた銀次一行とSirは即座に作戦会議を行っていた。銀次はノルンを奪取された責任で、Sirは報告が直前になった責任で、心痛な面持ちをしていた。両名とも忸怩(じくじ)たる思いが渦巻いていた。


「問題のエスケルですが、能力名【ワープナー】一つ目の能力が、自身を地球上の好きな場所へとテレポートできる能力です」

「断続的に、急襲を掛けられていたのに、気付かなかったのはこれが原因だな。最初に警備室全てが落されている。毒物の散布により、監視カメラ全てを見られないようにするためか」

「ええ……。一時的にですが、単独でペンタゴンに喧嘩を売るのならばテレポートはこの上なく悪辣な能力です。そして私はまだ第一の能力にしか言及していません」


 Sirが切羅の話を聞き、頭を抱える。好きな場所へのテレポート。事前に準備が必要でかつ、扉をくぐらないと移動できない【パンデモニウムの宮殿】を上回る能力者だと分析していた。これが相手ならば、前線も防衛線も無視して本丸への襲撃が可能となる恐るべき能力だ。そしてそれが能力の一端だと切羅は言っているのだ。


「二つ目、スワップ、とでも言いましょうか。何かの物体を他の何かと入れ替える能力です。ペンタゴン地上戦では小石をタンクローリーと入れ替えていましたね、これは彼が触れているものと、別の何かを交換できるようです。その別の何かは無生物ならば条件無視で地球上から呼びよせます。生物に関しては制約がかかっているみたいですが、エスケルに承諾した人間ならば可能みたいです」


「つまり、アレがタンクローリーでなく……」

「鋭いですね、マグマでもあり得たわけです」


 Sirの言葉の先を読んで発言する切羅。タンクローリーの代わりにマグマだまりから大量の溶岩を溢れだしたら、国が滅亡する。


「天災級ってことッスか? 雪や理武留みたいに」

「いや、その上だな、国を滅ぼしかねない能力。“戦争級”が正しいだろう。(ワン)と同じくな」


 椎口の楽観的意見に対して、銀次が厳かに口を開く。かつて国を滅ぼしかけたのはグレイ、(ワン)、そして今回のエスケル。その中でも生存能力に関してはピカイチである。


「とりあえず読み取ったのは能力の詳細だけでしたがこれでいいですか。後弱点もあるので、それはメモにまとめた後提出します」

「今回は人質を取られているからな、早急に動かなくてはいけないのも頷ける。しかも我たちの情報がどこから漏れたのかも不明なまま。にしても先ほどの会話から抜けているのはそれだけか。どうした物か」


 来夢が赤と緑の瞳を切羅に向けて、慎重に行くべきだとの態度を崩さない。


「72時間の壁、という言葉をご存知ですか? 誘拐や災害で行方不明になった人間の生存率は、三日を前後に急激に低下します。その上今回は能力者相手なので定石は通用しません。もっと早い可能性も十分考えられます」


「その点ならば安心できるんじゃないか? 彼は彼女を医者にすると言っていたから即座には殺されないと思う。それでも心配なのに変わりはないが」


(十数分ください、それでできる限り情報を抜いて見せます)


 録音からの記憶遡及については銀次しか知り得ない。故にこれ以上の情報の吐露は銀次にしか渡さない、特にSirもいる場面ならばなおのこと慎重にならざるを得ない。よって耳打ちで銀次にだけその情報を伝える。


(わかった。ただ、【ユグドラシルの果実】を量産されるのも困る。それがばらまかれると優位性が格段に落ちる。僕はすぐにでも出立する)


(わかりました)


「では、早急にご命令を、Sir。今回は今までにも増して、緊急性が高いです」

「……もちろんだ。私の権限によりただいまを以て【ワープナー】討伐作戦を開始する!」


■■■ ???


 質素を通り越し、無機質で殺風景な部屋の中に、ノルンと一人の男性が存在する。防護服を外した男性の髪は金髪で、ブクブクと太っている。醜悪にも歪んだ口の端からは興奮からか唾液が滴り、ノルンと同じく碧眼は、美しい彼女の物と比ぶべくもない。実際に色を感じてしまうほどに淀み、濁り、腐った魚のような瞳をしている。


 椅子には後ろ手に縛られたノルンが座らされており、その目の前で右に左に歩きながら端の涎を啜り取り、冷静につとめているつもりなのだろうか。襟を直し唐突に話し始める。


「モテる奴と、モテない奴っているよね。僕自身そんなことは瑣末なことと捉えているけれどそれでもやっぱり、理不尽には憤りを感じてしまう訳だよ、僕みたいに根拠を以て思考するタイプの人間からすると、あぁ、そうだね、憤りは過ぎた表現だったかな、絶妙に居心地が悪いというかね? 整然と並んだ列を崩されているような、ね? 気分が悪い訳だ」


 虫が鳴くようで、非常に聞き取りにくいが、凡そ言葉らしいことを発していることはノルンにも分かった。


「どうして暴力的な人間だったり、顔の整った人間ばっかりモテるんだろうねえ? 事実そうなってるよねえほんとに。そこで僕は常々、疑問に思う訳なんだよね。なんでなのって」


 起伏の少ない、感情の籠らない弁が、それでも少々熱が入っているらしく、音量を増す。


「ある時こんな意見を聞いた。人間も動物だから本能で強い遺伝子を求めるんだ。ってね。いやぁ、確かに一理ある。と思ってしまったね」


 ガク、と機械じみて頭を縦に振る様子は、どうやら頷いているらしかった。


「でもさ、おかしいよね? 人間の強さっていうのは他の動物には類を見ない投擲能力と知能の高さだよ。特に頭脳さ。人間は熊のような強靭な爪も、ライオンのような鋭利な牙も持っていない。今現在、地球の支配種族が人間であるのは先ほど言った2点の能力が優れているわけだ。つまり種の定向進化を目指すならば、頭の良い人間は性的な魅力を本能レベルで感じさせる筈だろう? 勿論頭脳のスペックが同じ程度ならば、より腕っ節の強い方、顔の整っている方に流れるのは仕方のない事だと思うんだけどさ」


 更に、音量が増してゆく。


「比重の問題なんだよ、そうだろう? 今の現代で女性が男性に求める条件に、脳みその出来ってのが余りに軽んじられているよねえ」


 一呼吸、二呼吸置いて、再び口を開いた。



「僕と同じく頭のいいノルンたんならわかるだろ? この意見に関して何か反論とかある?」


 猫撫で声、を想像して具現化することに失敗したような、甘ったるい声は、粘着性の触手の様にノルンの鼓膜から入って身体の隅々を内側から撫で回した。


 怖気がする。ノルンの不愉快さは想像を絶する。



「何が言いたいか知りませんけれど、貴方がモテないのはちゃんと分かりましたので、その口を閉じてください」


 侮蔑、が適切であろう視線がエスケルを刺す。


「不愉快デスので」


 その言葉が耳に入った瞬間。エスケルは自分の脳が沸騰しているような錯覚を覚える。怒りで肌が粟立ち、ノルンに向かって飛沫をまき散らしながら詰め寄っていく。


「やっぱり他の馬鹿女と同じだったか! このクソ売女がァッ!!」


 ノルンは既に後ろ手に縛られた状態から脱していた。素人が結ぶ簡単な拘束ならば抜け出る技術は身に着けている。弾かれるように椅子から跳びかかり、未だ身体能力を向上させた上段蹴りがエスケルの首元に迫る。あの耐久度のスーツがなければ今度こそ蹴り殺せる、と。


 一瞬、エスケルは怯み、半歩下がるが、彼は手持ちの小石を空中に放る。


 エスケルの命を刈り取らんと迫るノルンの右足は、丸太のように太い腕にて遮られる。


 一つ、その人物は、小石から変貌した男だ。


 一つ、その巨躯は天を衝くように高く、この部屋に存在するには些か窮屈すぎる。


 一つ、髪は整えられず、髭も伸びっぱなしで、身なりを気にしている様子はない。


 一つ。その眼は、憤怒と憎悪、あらゆる負の感情を内包した、狂気の双眸だ。



 彼の事を分析する刹那、その大男は鞭のようにしなる前蹴りをカウンターとしてノルンに浴びせていた。


 ノルンは無造作に放り投げられたマネキンのように。地を跳ね、腕が折れ、足が折れ、壁面まで叩きつけられる。バフポーションの効果が持続していてこれだ。もしもなかったらと思うと、ノルンの背筋を嫌なものが這いずる。


「あー、医者を殺しちゃダメだろ。“フジノミヤ”。まぁ、生きていれば達磨でもいいんだが」


 幾分か冷静さを取り戻したエスケルは、粘着質な気味の悪い笑みを浮かべながら吹き飛ばされたノルンまで歩いていく。


「契約を結んでくれればさっきの事は聞き流そうじゃないか、ノルンたん」


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― 新着の感想 ―
コイツにつくのか 「天誅!」とかやってたのが馬鹿みたいじゃないですか
[一言] いやこれまた……面倒な手合だな……能力もおつむも!
[良い点] ここまで一方的に被害を受けたのは、今までほとんど無かったので衝撃であり新鮮ですね。 でも、銀次君なら何とかしてくれるでしょう。 [一言] 本人なのかはまだわかりませんが、本当に富士宮が出て…
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